崇高なる思い
パチパチと木が燃える音が聞こえてくる。そういえば、顔にあたる空気が少し冷たい。そうか、暖炉がついているのか。そんなことを思いながら、ラーナは目を覚ました。
視界に入ってきたのは、不安気にのぞきこむカイリの顔だった。でも少し前に見た覚えのある、ボロボロのカイリではなく、普段通りのカイリだった。
「カイリ…」ラーナがかろうじて声に出した。
カイリの顔がパァっと明るくなり、目は少し潤んでいるようだった。
「よかった…」カイリが優しい顔になって微笑んだ。こんな顔はめったにお目にかかれないだろう。
「ラーナ様、起き上がれますか?まずはお茶を飲みましょう。」そう言ってカイリはラーナの背中を支え、カップを口に運んでお茶を飲ませた。
「私…一度…」ラーナはしゃべろうとするも、喉に力を入れることができず、うまくしゃべれない。カイリが、
「はい、一度目を覚まされたんですよ。皆大喜びでした。そしてまた眠られたんです。大丈夫だとわかっていても、また目を覚まして下さるか不安で…。横におりました。」と胸をなでおろすように言った。
外は薄曇りで、木々の葉が風で揺れていた。今日は冷えそうだ。暖炉に火がつけてあるのも納得がいく。
「ラーナ様は再度丸一日眠っておられました。あれから11日経ちました。それだけお体がダメージを受けていたのでしょう。」カイリがうつむいて言った。そしてすぐに顔をあげて、ラーナをまっすぐに見て口を開いた。
「ラーナ様、この度は私が至らないばかりに…」カイリがそこまで言った直後、ラーナは右手をカイリの口に押し当てた。そして首を横に振って、次にカイリが言わんとすることを制した。
「違う…謝る必要、ない。」か細い声で、ようやく言っているようだった。
カイリはグッと唇を噛みしめ、そのままラーナの右手を握りしめた。まるでその手にキスされているようで、ラーナは少しドキッとした。カイリはしばらくその手を離さなかった。
それから月の薬草茶はもちろん、穀物を煮込んだものや、果物をすりつぶしたものなど、消化の良いものを食べさせてもらった。………カイリから。
ラーナが臥せっている間は、ほとんどカイリが看病にあたった。責任を感じているからだろうが、リアとサラもいることだし、そんなに付きっ切りになる必要もないのだが…。
「カイリ…。私、大丈夫よ。…お仕事、あるでしょ?」と言い終わるかわからないうちに、カイリが、
「私にはラーナ様を守る義務があります。それでなくても私のせいでこのような状態になられているのに、あなたを放って他のことなどできません。目の前にいてくださらないと、私が落ち着かないのです。」と早口で言い放った。そして、
「さぁ、もう少し召し上がってください。」と、スプーンをラーナの口元に持ってきた。ラーナが、あーん、と口を開けるのを、少し嬉しそうに見ている気もする。
『この前から、いろんな意味でカイリが近い。遠慮がなくなったというか…、何か吹っ切れたような感じにも見えるような…。』ラーナにとっては謎だった。
そんな介護生活を数日続けるうちに、ラーナの体力は徐々に回復していった。
ようやく立ち上がることができるようになり、皆と一緒に食事がとれ始めたころ、ハザンにミリーネの様子を聞いた。
「最近では瞼が少し動くようになったんです。思わず、目を開けるんじゃないかとのぞき込んでしまうんですが…。」
『まだ目覚めてはいないのね。』
「ラーナ様、しばらくはミリーネのところへはいかなくて結構です。」カイリがピシッと言った。
「お体もまだ完全に回復されたわけではありません。今はまだご自分のことだけお考え下さい。」
『そうなんだけど…気にもなるしな…。でもこの調子じゃ、何を言っても無意味だろうなぁ。』ラーナは黙って食事を続けた。
そうしてまた数日が過ぎたあと、ようやくカイリから外出許可が下りた。先日は、
「外の空気が吸いたい。」と言ったら、窓を全開にして、
「さぁ、思う存分どうぞ。」と冷たい風を顔に受けて終わった。いくら体が心配だからと言って、これはあまりにもひどいと、ラーナはしばらくふてくされた。だがそれもカイリにしてみればなんのことはなく、どちらかと言うと、そのふくれた顔も喜ばれていたように思うラーナだった。が、翌日めげずに、
「散歩に出かけたい。」と言うと、意外にあっさり許可が下りた。先日のふてくされ抗議が効いたのか?そして当然といえば当然だが、
「私も同行致します。」ということだった。外出の準備が終わって待っていると、
「では行きましょう。」と言ってカイリが部屋へ迎えにきた。
玄関まで行き、カイリがドアを開けると、外にはおそらく村人全員が待ち構えていた。
「ワーーーー!!ラーナ様!!御無事でよかった!ありがとうございます!」など、多くの歓声とお礼の言葉を浴びた。中にはすすり泣く声もあった。
『ああ、この人たちは、本当に聖女のことを、私のことを、思っていてくれるのね。』ラーナの瞳がウルッと光った。つい最近までは存在さえ知らなかった人間を、聖女と崇め、ここまで思えるという、その崇高な思い…。
『この村のことを知ってしまった以上、私はこの村の人たちをないがしろにはできない。』ラーナは思った。




