忍ぶ想い
憧れ、崇拝、雲の上の存在…そんな気持ちが、何か別のものに変わってきたのは…いつからだろうか。
彼女を最初に見つけたのは、殿下だった。しかも、会ったこともない彼女を…。
深緑の瞳に、琥珀色の髪をした少女が登城したときには、美しい少女だ、とだけ思ったのを覚えている。ミリーネの数年前の、まだ元気な頃の姿を思い出した。ただそれだけだった。
少女は成長し、気付けば見目麗しい女性になっていた。そして殿下は彼女の虜になっていた。
王子たるもの、そのように一人の女性に入れ込むことは、はっきり言って危険だ。側近としては細心の注意を払って、二人の様子を見ていたつもりだ。
しかし彼女は、真っすぐな人だった。目の前の人間を対等に見ることができる人だった。そして誰に対しても、裏表がなかった。彼女が将来王妃になるのであれば、王宮は安泰だろう…そう思っていた。
そんな彼女が、聖女だった。
いつ現れるかもわからないと言われながら、もしかしたらという期待も捨てきれずに、ただただ必死に待ち望んだ聖女だった。
それなのに、私は彼女に気付くことができなかった。出会っていたのに…。見抜くことができなかったのだ。
悔しかった。そして情けなかった。
第二王子の末裔として、この世に生を受けてから、この命はいずれ現れる聖女のためにあるものと生きてきた。それなのに…気付いたのは、彼女が放つ光を見てからだった。
しかしそれ以上に、感動と喜びが勝っていたのも事実だった。これで私のこれからの人生に、意味ができたのだ。陰ながら聖女を守る。これはルオナ村に生まれた者にとって、最高の栄誉なのだ。本来ならば、その使命だけを胸に、進んでいきたかったのだが…。
少し前から、村からの知らせが頻繁になっていた。ミリーネの状態が日に日に悪くなると。
私とミリーネは、第二王子の直系の末裔であり、村にとっても重要な立場だ。村はその血を絶やさないためにも、必死でミリーネの看病を続けている。
特にミリーネの婚約者でもあり、私の幼馴染でもあるハザンは、彼女を愛するが故に王宮にまで私を急かしにきた。
「聖女様が現れたということは、神のお導き、もしかしたら第二王子のお導きかもしれないんだぞ!ということは、ミリーネを救って下さるために降臨されたのかもしれないだろ⁉」そんな自分勝手な考えをまくしたてて来た。普段は頼りになる男だが、ミリーネのこととなると、ただの一人の男だ。
妹を救いたいのは私も一緒だ。だがそれを聖女に強要することは、我々の使命に反する。悩んでいた私が、強硬手段に出たのは「ミリーネを失ったら、俺はもう生きていく意味がない。」と言うハザンの言葉だった。後追いでもしそうな表情を見て、正直、こんな男が村長なのかとがっかりもした。だがそんな村長でもルオナ村は彼を失うわけにはいかなかった。私は彼に約束させた。
「聖女様を村へ連れて行く。ただし、ミリーネの命がつながろうとそうでなかろうと、村長の座を軽んじることだけは許さない。どちらに転ぼうと、村長の役目だけは全うしろ。もしこの約束を違えるのであれば、私はお前とミリーネの結婚を認めない。そしてお前の墓は、ミリーネの側にも、ルオナ村にもおかない。」
聞き終わったハザンは真っ青になり、約束を守ると誓った。さすがに最後の言葉にはこたえたようだった。
そして様々な根回しをして、ようやくラーナ様をルオナ村にお連れすることができた。私に裏切られ、つんけんするものの、結局私のケガまで治癒し、この村までついてきてくれた。ラーナ様はやはり聖女様であり、お優しい方なのだ…。そんな方を苦しめていることが、私を苦しめた。
彼女は、こんな山の中へ無理やり連れてこられても、自分を見失うことなく、凛とした姿で立っていた。私は彼女から目が離せなくなっていった。眠っているミリーネに対する優しさ、森の中の自然に対する畏敬の念と、その美しさに魅せられる瞳…。すべてが神々しく、慈愛に満ちていた。私の心は次第に、聖女様を守らねばならないという使命から、ラーナ様を守りたいという、愛おしさに変わっていった。




