物語の続き
カイリが語った物語の続きはこうだった。
その後王子は数人のお付きの者を連れて、城を出ていった。聖女リーシャを思い出すたびに涙する王子は、彼女と過ごした町にも帰ることはできなかった。そしてたどりついたのがルオナ村だった。ルオナ村とはあとからついた名前で、もともと何もなかった森を開拓して造った村だった。後に食料の調達などで時折降り立っていたラビアで、ひとりの娘と出会い結婚した。時を経てルオナ村の人口は徐々に増えていった。
王子には目的があった。
『聖女は必ず生まれ変わる。そしてその時こそ、絶対に聖女を守ってみせる。それこそが、リーシャに対するせめてもの償いだ。』
王子はその思いを胸に、強大な村を造ることに力を注いだ。次に聖女が現れるのは何百年先になるかわからない。そのいつ訪れるかわからない未来のために、村を存続させなければならない。
王子は連れてきていた騎士の力を村人たちに伝授させ、鍛錬も怠らなかった。いずれ聖女を守るための力を、知識を、子々孫々受け継いでいかねばならない。その思いだけで、村を造っていったのだ。
「そして私が、第二王子の子孫なのです。」カイリの言葉にラーナは思わず、
「え!?」と、素っ頓狂な声を出して思考が停止した。しばらくしてようやく頭が再起動したラーナは思った。
『カイリから出てくる気品や身のこなしは、やっぱり勘違いなんかじゃなかったんだわ。』
「幼いころからずっと、この村は第二王子が聖女を守るために造り上げたもので、自分たちは聖女を守るために存在しているのだと、教え込まれてきました。」
ラーナは何か言いたかったが、声を出せなかった。聖女のための人生…そう思うと、なんともいたたまれない気持ちになり、うつむくことしかできなかった。
「何百年も先の目的に向かって、村を存続させていく。皆同じ目標を持ち、違えることなく、お互い鍛錬、精進して行くのです。私たちはこの村に生まれたことを誇りに思っています。」
優しい風が吹いて、月の薬草がそよいでいる。
「聖女様が現れたとき、いち早く察知できる場所は王宮です。ここでは得られる情報がありません。そこで私は、まず伯爵家の養子となり、王宮勤めができるよう知識をつけ、鍛錬に励みました。運良く出仕するようになってからは、聖女様の再来を待ち続ける日々でした。」そう言いながら、カイリはラーナを見つめた。
「登城するようになってすぐに、聖女リーシャの石碑を見つけ出しました。そしてある日、あなたが石碑に迷い込んできたのです。思わず身を潜めて、あなたが立ち去るのを待っておりました。ところが…あなたが石碑に触れた途端、強烈な光が迸りました。」
『ああ…あのときすでに気付かれていたのね。』ラーナは目を伏せた。
「私は…喜びと感動でしばらく体が震えて、あの場から動くことができませんでした。いつ現れるかもわからない聖女様が、私と同じ時代に生を受け、しかも目の前でご自身が聖女であられることを証明されたのです。」
『…あのとき、そんなつもりはこれっぽっちもなく、ただただ自分もびっくりしただけだったんだけどな。』
カイリが静かに続けた。
「そしてレイノルズ様が指輪を作る際に指を怪我されたとき…」
『あ…もしかして…』
「ラーナ様に会われたあと、痛みが引いたと言われてました。」
『やっぱり気付かれていたのか…』
「ラーナ様が聖女であることは、疑いようもないことでした。ただ私には、明確な事実を目の当たりにする必要があったのです。」
『それであんな強硬手段にでたのね。』
カイリはゆっくりと足元へ視線を移した。
「この月の薬草は、先祖がたまたま見つけたものなのです。薬効に気付き、大切に育ててきました。月の薬草は、日光だけでは十分な薬効が得られないのです。月の光、特に満月の光を浴びて、その力が十分に高まります。まもなく満月なので、その翌日、今育っているものは収穫されます。その後は乾燥させ保管するのです。月の薬草のお茶、お味はいかがでしたか?」うっすら笑顔にもとれる顔で、カイリが聞いてきた。
「飲んだことのない不思議な味だったけど、美味しかったわ。体に染み込んでいく感じがしたの。」ラーナが言った。
「月の薬草は、治癒の力があるのです。疲労感がたまった体には、回復力を高める効果もあるので、昨夜からラーナ様に飲んでいただいているのです。まぁ、あなたの力には到底及びませんが。」カイリの言葉に、
「そんな大切な薬草を、外部の人間に簡単に飲ませていいの?」ラーナが心配気に聞いた。カイリはクスっと笑って言った。
「あなたは外部の人間などではありません。言うなれば内部の、しかも中心的存在なのです。そしてこの月の薬草は、あなたのためにあるのです。聖女は人を治癒することで、自身の体力を失います。それを助けるためにこの薬草はあるのだと教えられました。私たちも、体調を崩したときにお茶にして飲むのですが、飲まないときに比べると、回復の早さが違います。」
『確かに、お茶を飲んだ朝は体が楽だった気がする。今日も体が軽い。きっと薬効は事実なのだろう。』
しばらく二人の間には、風が鳴らす木々の葉が重なる音と、月の薬草がなびく音だけが響いた。カイリも何やら物憂げにうつむいたまま、黙ってしまった。ラーナもそのまま森の音に耳を傾けていた。長い長い沈黙のあとで、カイリが口を開いた。
「ラーナ様、もう少しお付き合いいただけますか?」




