秘所
窓から差し込む光で目が覚めた。
食堂と同じく、木の温もりを感じる部屋とベッド、それからクローゼットにテーブルと、最低限度の調度品がある。そして広めの床に高い天井、やはりここは来客用に作られたものだろう。窓を開けると、冷たくて新鮮な空気が入り込んできた。山の気温は低く、吐く息も若干白い。だがいつもよりも研ぎ澄まされた、気持ちの良い朝だった。
ここルオナ村に連れてこられて二日目。まだ何ひとつ情報を得ることはできていない。しかし村長があの若さというのが引っかかる。思い出す限り、まだ年長者もいたはずだ。なぜあのように若いハザンが長なのだろうか。そしてどちらかというと村長というより、王宮の騎士団員を思わせる風貌だった。
「コンコン」ノックの音がした。
「ラーナ様、お目覚めでしょうか?」カイリの声だ。
「ええ。」ラーナが返すと、
「では、失礼致します。」と、昨日の女性二人が入ってきた。カイリはドアのところで待機しながら言った。
「リアとサラです。こちらでのラーナ様の侍女をさせていただきます。」二人が頭を下げた。
「ご準備が終わりましたら、食堂までお越しください。」と言うとカイリは去って行った。リアとサラが、
「ラーナ様、よろしくお願い致します。早速お召し替えをさせていただきます。」と言って着替えさせられた。村の服ではあるが、二人が着ているものよりも、質の良いものでできているのがわかる。肌ざわりもいい。さらに…サイズ感があまりズレていないのが不思議だ。白の上下ツーピース、その下にはくるぶしまである黒い薄手のパンツをはかされた。上からエプロンのような緑のワンピースを重ねて、茶色のブーツを履いて出来上がりだ。奈央の記憶から言葉を借りてくるとしたら、ヨーロッパの民族衣装風と言った感じだ。
食堂に行くと、昨夜ほどの量ではないにしても、結構な朝食が並んでいた。
「またみんなでいただきましょうね。」という有無を言わさぬラーナの言葉で、カイリ、ハザン、リアとサラも含め、5人での食事となった。リアとサラは少し楽しそうにも見えた。
「ラーナ様、昨夜はゆっくりお休みいただけましたでしょうか?」ハザンが聞いてきた。
「ええ。おかげさまで、久しぶりに熟睡できたわ。」
「それは良かったです。」と、ハザンは胸をなでおろした。
食事の終わりに、カイリがお茶を持ってきた。
『昨夜も出されたお茶だ。お茶を楽しむ余裕もなく飲んでしまったけど。』そう思いながら、ラーナはお茶の香りを楽しんでいた。爽やかな、強すぎないハーブのような香りだ。味はまろやかでスーッと体中を満たすような、不思議とおいしいと感じるお茶だった。
「月の薬草のお茶です。」カイリが言った。
『!? いろんなことがあり過ぎて忘れていたけど、門外不出の貴重な薬草じゃなかったっけ!?それをこんなに簡単に飲んでしまっていいの!?』ラーナの動きが止まったのを見て、カイリが続けた。
「あなたには、飲んでおいてもらわねばなりません。」
ハザンも、リアとサラも、動きを止めて目を伏せた。悲壮感漂うその様子を見て、ラーナは思った。
『ああ、ここに私が連れてこられたわけがあるのね。そしてそれは、ちょっとやそっとではおそらく到達することのできない、大がかりなことなのだろう。』ラーナはため息をつきながらティーカップを置いた。それを見てカイリが言った。
「このあと、村を案内致します。」
といっても、端から端まですぐに歩いて終わるくらいの小さな村だ。ラーナは散歩のような気分で出かけた。森の空気が心地よくて、どちらかというとピクニックのような気分にもなる。
『テスとハンナにサンドイッチ用意してもらって、レイルと二人で、景色を楽しんで歩きたかったな。』ふとそう思い涙が出そうになったのを、グッとこらえた。
村は山の形状に沿ってできているようで、傾斜が多かったが、階段などでうまく舗装されていた。そしてこの静かに流れる小川のおかげで、生活には困らないようだ。ラーナが通るたびに村人たちが頭を下げる。
「村長にしては、ハザンは若くないかしら。長って、もっと年配のイメージなんだけど。」歩きながらラーナが尋ねた。
「村を物理的に守る意味で、ここでは村長は若者の中でも、力も知識も優れているものが務めます。ちなみに長老方もおりますよ。村長も長老が認めた者しかなれません。ですので年長者の知恵と、村長と村人の力で村を切り盛りしている、という感じですね。」カイリが答えた。
『なるほどね。』
村を抜けると、しばらく森の中を歩いた。
『どこまで連れて行くのかしら。』黙ってついて行くと、広い畑のような場所に出た。それでも決して拓けてはおらず、周りは森に囲まれている。ただ見える空の面積が増えた。そして端の方から湧水が流れる音がする。きれいな空気と清らかな水と、降り注ぐ陽の光…。この絶好の土地で育てられているもの…全部同じ種類の葉っぱに見える。
「月の薬草です。」カイリが言った。
『!? 門外不出のものを人に言っていいのかしら?』ラーナが驚いていると、カイリがフッと笑った。
「あなたになら問題ないのです。そもそもこれは、あなたのために作られたものなのですから。」
「もともと、私たちは、ルオナ村は、あなたのために存在しているのです。」
月の薬草を見ながら、カイリが言った。ラーナは返事をしなかった。先ほどからのカイリの言葉が、全くもって理解不能だったため、しようがなかったのだ。
「ここは、第二王子の終の棲家だった場所なのです。」ラーナとカイリの間を、冷たい風が通り抜けた。
『!? 今のグリナリア王国に第二王子はいない。ではカイリが言っている第二王子とは…。』ラーナが息を飲んでいると、カイリが答えをくれた。
「やはりご存じのようですね。そうです。聖女リーシャの夫になるはずだった、あの第二王子です。」
「…王子は聖女が亡くなったあと、行方不明だったと聞いたわ。」ラーナがようやく口を開いた。
「あの話には、王家には伝えられていない続きがあるのです。」
カイリは静かに、ゆっくりと語り始めた。




