秘境
カイリの御者ぶりが長けているせいか、聞いていた予定よりも早く目的地に到着した。ラビアを発ってからというもの、森に分け入り、ようやく馬車一台がギリギリ通れる道なき道を、ただひたすら山の奥へ向かって進むという…ラーナにとっては過酷な旅だった。だがカイリが、ラーナの寝食をしっかりと提供したことで、そんな旅でも耐えることができた。そしてそんなカイリの態度が、とにかく不可解だった。
「到着しました。」
カイリに連れてこられたところは、周りを森に囲まれ、その真ん中に清らかな小川が流れる、山と山に挟まれた小さな集落だった。ポツポツと小さな家が、おそらく50軒前後あり、家の小さな煙突からは煙が出ていた。木々の緑色の中を、白い煙が、わずかに見えている青色の空へと昇って行った。
『こんなひっそりとした森の奥に、人が住んでいるなんて…。』ラーナは感動にも似た驚きの目で周囲を見渡した。そんなラーナを見て、カイリが言った。
「私の故郷、ルオナ村です。」
「え!?」カイリの横顔を見上げると、遠くの山を見ている目が、どこか儚げで、何かしら愁いを帯びているように見えた。
『いったいなぜ、私をここまで連れて来たのかしら…。』と、思うと同時に、ラーナの目の前に跪く人々が100人ほどいることに気が付いた。ラーナが息を飲んでいると、最前列にいた30代と思われる短髪の男が、カイリに聞いてきた。
「このお方なのだな?」
「そうだ。ラーナ様だ。だが細かい話は明日だ。長旅で疲れておられる。すぐに湯の準備をしてくれ。その後早めに夕食をとっていただき、ゆっくりと休んでいただく。」カイリが言った。そして男は視線をラーナに移して言った。
「ラーナ様、遠いところをよくぞおいでくださいました。この村の長を務めております、ハザンと申します。湯の準備はできておりますので、これよりご案内致します。」すると横から若い女性が二名出てきて、ラーナを湯殿へと案内した。
『もう…何が何だかわからない。心も体も限界だわ。』ラーナは言われるがまま、されるがまま、湯あみをし、髪の毛を丁寧に乾かしてもらい、清潔そうな服を着せられ、客間のような部屋へ案内された。丸太で作られたシンプルな部屋には、暖炉もあり、歩くときしむ床も趣があった。おそらくこの集落の家を見る限り、今ラーナがいる場所が、大きい造りの建物であり、大きめの部屋であることは想像できた。広いテーブルにはたくさんの食事が並んでいた。当然のことながら、王宮で見る食事とはまったく違うが、ひとつひとつが客をもてなそうと、丁寧に作られていることはわかる。
「ラーナ様、どうぞこちらへ。」とカイリが椅子をひいた。そばにはハザンと、先ほどから一緒の女性二名が立っている。ラーナは黙って腰かけた。
「村の者がラーナ様のためにと準備したものです。お口に合うかわかりませんが…。旅でかなりの体力を使われたと思います。お早い回復のためにも、たくさん召し上がってください。」カイリがそう言いながら、いろんな料理をつぎわけてくれた。
『と言われても…四人に見つめられながら一人で食事なんて無理だわ。』
「カイリ…私が一人で食卓につくことが苦手だということ、忘れたのかしら?」視線は料理のまま、ラーナが言った。
「存じ上げております。ですが私たちは…」ようやく視線をカイリに移し、ラーナは彼の言葉を切った。
「ではここにいる皆、こちらに座りなさい。皆が食事をするというならば、私もいただきましょう。」
そして妙な空気の中食事が終了し、ラーナは寝室へと連れて行かれた。連日の疲労と、久しぶりのベッドということもあり、床に就いて数秒で眠りについた。
これからのことなど、考える余裕もなかった。




