出発
『おしりが痛い。』
馬に乗った騎士二名と共に、馬車移動三日目に突入していた。王宮仕様の馬車のため、一般的なものより衝撃は少ないが、連日となるとさすがに、その振動に体が耐えられなくなってくる。お尻のために十分すぎるクッションを準備して出立したのだが、そろそろどうにかしたい。自動車がどれだけ快適だったのか、ありがたさが身に染みたラーナだった。
旅自体は、用意周到なカイリの手配でスムーズに連泊、いよいよラビアの町まであと少しというところまで来ていた。
「まもなく宿に到着です。」カイリの声が聞こえたと同時に、少し先にラビアの町並みが見えて来た。ずっと先の緑の山々を背景にレンガの集落が広がっている。町中に入っていくと、住人の笑顔が多く目につく。ここの民の生活が豊かであることを察して、ラーナは気持ちが明るくなった。町はさほど大きくはないが、活気にあふれていた。
『この旅が観光旅行で、この町が最終目的地だったらどんなに良かっただろうか…。』ラーナはその次の何かを考えると憂鬱でしかたがなかった。
小さいが、女将が元気な清潔感のある宿が、今日の宿泊所のようだ。目立つのを避けるため、今回ラーナは町娘風の装いで移動している。とはいったものの、馬車も護衛もいる集団だ。若干目立つのは避けられなかった。さらにラーナの気になることが一点…
『全員町人風の着こなしだけど、特にカイリから漏れる気品が庶民ではないわ…。』人のことは言えないラーナだったが、カイリから不信感だけではなく、何かしらの匂いを感じ取っていた。
宿の食堂で夕食をとっていると、カイリが皆に言った。
「ここまでの移動、お疲れ様でした。明日からはラーナ様のもと、薬草採取及び調査の開始となります。通常の仕事と違い、骨の折れる作業とはなりますが、よろしくお願い致します。明日からの活動の労いの意味も込めてお酒を用意しました。出発は早朝を予定していますが、今日は早い夕食なので、皆さん遠慮せず飲んで下さい。」
皆の目が輝いた。旅の疲れと、食事と酒のおいしさも相まって、楽しい夕食となった。
そして翌朝、テスと騎士二人が起きてこなかった。いわゆる二日酔いの爆睡といった感じだった。それぞれの部屋にカイリが用意していた手紙を置いて、ラーナはカイリと二人で出発となった。
『カイリの有無を言わさぬ態度で、黙ってついてきてはいるけれど……ここまでの流れがあまりにもスムーズ過ぎる。』ラーナはこの一連の結果が、カイリにとって都合がいいことに不信感を抱かずにはおれなかった。
『昨日のお酒…。今思えば、二本あったお酒の瓶…テスと騎士たちが飲む瓶と、私とカイリが飲む瓶が違った気がする。それにほんの少ししか飲んでないけど、私にはカイリがついでくれていたわ。……何かしたわね。』ラーナはチラリと横に座るカイリを見て思った。相変わらず涼しい顔だ。
本当は後ろのキャビンに乗りたいのだが、脱走防止のためか、運転するカイリの隣に座るよう指示された。手綱さばきはなかなかのものだ。
「あの三人はどうなるの?」どうしても気になってラーナが聞いた。
「ランデール伯爵家で待機してもらいます。伯爵家には少人数ながらも騎士団があります。騎士二名にはそこでの指導員としてしばらく働いてもらいます。テスも公爵家の侍女ですので、伯爵家にて手腕を披露してもらいます。彼らが目覚めるころには、伯爵家から迎えの者が来る手筈です。」カイリが前を向いたまま言った。
『…そこまで考えていたから、彼らを同行させることにためらいがなかったわけね。さすが…と言っていいのかしら。しかし三人にはかわいそうなことをしてしまっている…。特にテス、不安だろうな。』ラーナは心配で胸が痛んだ。朝起きたら主人がいないのだ。精神的に追い詰められるだろう。
「彼ら…きっと困ってるわよ?急に主人がいなくなった上に、知らない伯爵家に取り残されるんだから。やっぱり連れてきた方がいいんじゃないかしら?」ラーナが不安気に言うと、カイリが淡々と答えた。
「彼らには置手紙をしてきたので大丈夫です。何度も起こしたが起きなかったこと。今出発しなければ薬草採取のタイミングを逃すこと。上の方々には報告せずにおくので、私たちが戻るまで伯爵家で世話になること。これらのことを記載してきました。おそらく彼らは大人しく待機してくれるはずです。」
『…そうでしょうね。寝坊して主人に置いて行かれた、なんて上に報告された日には首を覚悟しなきゃだもんね。それよりは待つでしょうよ。』ラーナはつくづく、カイリがいかに緻密な人間なのかを思い知らされた。




