画策
ラーナの前に腰かけたカイリが、一冊の本をテーブルに置いた。本には、1ページ1ページ毎に草花の挿絵と、その説明が書きこまれている。図鑑のような内容だった。そしてカイリが後方のとあるページを開いて見せた。
「月の薬草、という植物をご存じですか?」ラーナは首を横に振った。
「この国の北方にラビアという町があります。そこを抜けた山の奥深くに集落があり、私が知る限りでは、そこにしか自生していない植物です。」ラーナは黙って聞いていた。
「この月の薬草を取りにいくための外出許可を、陛下にいただいてください。」
「は?」ラーナはようやく声を出した。
「ラビアまでは馬車で三日、そこから目的地までは数日かかります。戻ってくるまでに、最低一か月はかかると心得て下さい。」カイリは淡々とした様子だったが、ラーナは訳が分からなかった。
「できるわけないでしょ?」
「できるようにしていただきます。」カイリはそのまま続けた。
「薬学の勉強を始められたラーナ様は、薬草に興味をもたれたのです。そして学んでおられるうちに、ラビア付近に薬効の高い薬草があることを耳にします。そこでラビア方面に土地勘があり、多少の薬草知識も持つ私をお供につれて、調査の旅に出ます。往復に費やす時間、また現地での調査に費やす時間、合わせて約一か月は必要になります。しかしどうしてもその薬草を研究したいラーナ様は、陛下にしばらくお暇をいただくようお許しをもらいに行くのです。」
「………」ラーナは言葉が出てこなかった。理解が追い付かないため、言葉にすることは不可能だった。
「ちなみに、月の薬草のことは、陛下の御前ではもちろん、それ以外でもお話に出されませんようお願い致します。この書籍は我が家に代々伝わるもので、本来ならば門外不出のものです。が、ラーナ様には都合上お伝えしたまでです。この月の薬草の存在が知られれば、国民は目の色を変えて乱獲へと向かうでしょう。…あなたのお力にも、同様のことが言えますね…。」ようやくラーナがひとこと言い返した。
「そしてその私の力を、あなたが真っ先に乱獲しようとしているのね。」
「………」カイリは黙って目を伏せた。何かを隠すように。何かを見られないように。
許可は予想外にあっさりと降りた。その後の家族の説得の方が大変だった。フィルは自分もついて行くと、最後まで食らいついてきた。それよりも骨が折れたのがレイノルズの説得だ。
『なぜだ⁉未来の皇太子妃がそんなことをする必要はない!何があるかもわからないものに、俺なしで行かせるわけにはいかない!絶対に許さないぞ!』という力強い?インクで紙が、ところどころ破れている手紙が何通も送られてきた。
今の時期でないと採取できない薬草があること、どうしても自分で見てみたいということ等々……これっぽっちも希望していないことを切に訴え、なんとかしぶしぶ了解を得た。この時点でもう、ラーナは自分がなぜこんなことをしなければならないのか、何をしているのか、どうでもよくなっていた。いわゆるカイリのいいなりだ。
出発も間近となり、細かい調整もほぼ終わってきた。が、同行者の人数だけが最後まで足を引っ張った。カイリからは、
『お供は私一人で十分です。どうしても許可が降りないならば、最小限にして下さい。2~3人までです。薬草のことを人に知られるわけにはいかないのです。』と言ってきた。結果、仮にも皇太子の婚約者が、お供はカイリ一人、というわけにもいかず、護衛が二人とテスが同行することとなった。
『薬草の事、この三人には知られることになる…。カイリは平気なのだろうか?』と、ラーナは必要のない心配をしていた。
季節は秋がさらに深まってきているころだった。木々の葉は、もうほとんど残っておらず、風は冷たく、上着なしには寒さも感じるくらいだった。
「ラーナ様、防寒対策だけはしっかりとお願い致します。」と、脅迫している相手に気遣いを見せて来た。まぁ目的を果たすまでは元気でいてもらわないといけないのだろう。ラーナは、これからの長旅だけでなく、知らされていないそこから先のことを思い、とてつもなく気が重くなってボソッと呟いた。
「そう思うんなら、私を連れ出さないでよ…。」
何も言わないカイリと、何もできないラーナ…。
二人の間を静かな影が支配していた。




