着手
すぐに出仕するのも釈然としなかったため、あれから3日間は自宅療養の名目で登城しなかった。とは言え脅迫されている身、どこでどういう仕打ちが来るのかとハラハラもした。ただ、すぐすぐカイリの言いなりになるのだけは避けたかった。あちらにも策があるのかもしれない…と思わせ、少しでもこちらに有利な状態で、事を進められるようにしたかった。ちなみに策はひとつもない。
結果、引きこもっていても良い案は浮かんでこなかったので、覚悟を決め出仕することにした。ハンナに荷物を頼み、先に部屋に行ってもらい、ラーナは聖女リーシャの石碑に足を向けた。景色は緑色から枯葉色に変わっていた。この日は猫たちもいなかった。石碑の前で感謝と祈りを捧げ、しばらく石碑の隣に座っていた。そっと石碑に触れると、やはり光り始める。すぐに手を放して思った。
『この光の意味…やはり私が聖女リーシャの力を受け継ぐ者、ということになるのだろう。だとしたらなおさら、知られてはいけなかった…。』ラーナは膝を抱え、顔をうずめた。
「リーシャ様…私は、どうしたらいいのでしょうか?」
部屋へ戻ると、ドアの前でカイリにばったり会った。長い黒髪はきれいにひとつにまとめられていた。
「ラーナ様、おはようございます。体調が戻られたようで安心致しました。」となんら変わらない調子で言ってきた。
「おはよう、カイリ。傷の具合はどうかしら?」と、ラーナも負けじと通常運転モードで、包帯の巻かれたカイリの手を見ながら返答した。
「お気遣い痛み入ります。あと2~3日もあれば完治するかと。」
『うそばっかり。そんな簡単な傷じゃなかったわよ。油断させといて、私を出し抜く気かしら。そうは問屋が卸さないわよ。』自分では気付いていないが、ラーナは意地悪な姑のように睨みをきかせていた。そんな睨みなど気にも留めず、カイリがドアを開け、二人はハンナがお茶を用意してくれている部屋へと入った。
お茶を飲んで一息つくと、カイリが切り出した。
「本日は薬学の予定になっております。図書室へ足をお運びいただきますが、よろしいでしょうか?」
『今日は薬学の先生が不在にも関わらず、図書室に誘導するってことは、いよいよ拷問の時間が始まるということね。いいわよ、乗ってあげるわ。』
「わかったわ。カイリも一緒だし、ハンナは部屋で待っていてくれる?その間、お昼寝でもしててね。」ラーナが言うと、
「お掃除!しておきます。」とハンナが言い返した。
『真面目だなぁ。テスがこの前お昼寝してたことは、黙っていてあげよう。』
そもそも図書室の利用者はいつも少ない。今日もまだ利用者を見かけていない。そんな広々として、どこのテーブルも使い放題というのに、奥の資料室に連れて行かれた。そしてなぜか資料室だけに付いている、ドアの鍵を閉められた。
『さすがにこれはバレたときにまずいのでは…。狭い部屋に一応、王子の婚約者と二人きり。カイリもただでは済まされないはずだ。』そう思っていると、さすがにカイリも思うところがあったのか、小窓を開け始めた。
『そんな小さい窓、開けたところで何の意味もないけどねー。』まだ姑感覚が取れないラーナ。
『こんなところに連れて来たということは、よほど人には聞かれたくないのね。まぁ、その方が私も都合がいいけど…』そう思いながら、椅子に座ろうとしたラーナは、テーブルの脚に自分の足をひっかけ体制を崩した。
『た、倒れる!』その瞬間、目の前にカイリの腕が出てきて抱き留められた。
「お怪我はありませんか?」その声を聞いて、ラーナは何か割り切れない、靄の中にいるような気分だった。同時にカイリの左手のふとした動きが気になった。ラーナは彼の左手を掴んで、包帯をほどき始めた。
「ラーナ様、おやめください。」カイリが制しようとしたが、ラーナが一言放った。
「おだまりなさい。」長い包帯の下にあった傷は、完治には程遠いように見えた。
「邪魔したら許さないわよ。」と言うと、治癒を開始した。ラーナは両手でカイリの手を包んだ。光はやや強めだが、目を閉じるほどでもなく、ただ前回よりは時間をかけた。光が消えるころには、手の傷は跡形もなく消えていた。
カイリがためらいながら何かを言おうとしたが、
「私が勝手にやったことだから、何も言わなくていいわ。それにしても、あなたも大胆ね。自分の欲望のために、わざとしたんでしょ?そのケガ。」
無言のカイリに視線を向けることもなく、ラーナは椅子に座りながら言った。
「さて、本題に入りましょうか。」




