自失
少し前までは青々としていた木々の葉が、今ではすっかり枯れ果ててしまった。さらに木枯らしが吹き、木々も何やら少しずつ服をはぎ取られるかのように、寒々しい姿になってきている。午前中レイノルズのところに行っていたカイリによると、レイノルズ指揮のもと河川の取水工事は順調に進んでいるという。ラーナはホッと胸をなでおろした。そっちの方は良しとして、こっちの方が少し心配だ。というのも…ここ最近、カイリの様子がおかしい。テスやハンナは気付かないようだが、ラーナは何か違和感を覚えていた。何より気になるのは、席を外すことが多くなった点だ。二人にそう言うと、
「寒くなってきたので、お手洗いの回数が増えたのでは?いわゆる老化でしょうか?」と言ってきた。……カイリは二人よりも年下だ。そんなわけない。
「今日も殿下からラーナ様宛への手紙を預かって参りました。」カイリがそう言って、懐から手紙を出した。その動作も、いつもより機敏さに欠ける。
「ねぇ、カイリ。大丈夫?最近様子が変よ。何かあった?私にできることがあったら言ってね。あなたは私にとっても大事な人なんだからね。」その言葉にカイリは、一瞬体を小さく揺らしたようにも見えたが、テスがお茶の準備をし始めたのもあり、雰囲気がうやむやになった感じがした。
「ありがとうございます。特にこれといって何かあるわけではないのですが…。そうですね、最近気が散漫になっているかもしれません。ご心配をおかけして申し訳ありません。」カイリが頭を下げた。
「なんでもないならいいのよ!私の気にし過ぎだったみたいね。テスにお茶を入れてもらって、ゆっくりしましょう。」ラーナがそう言うと、テスがティータイムのセットをワゴンに乗せて運んでくれた。
「では先にお手紙の封を開けておきますね。」と、カイリがナイフを取り出した。
「そんなのあとで自分でやるからいい…っ……!!カイリ!!」ラーナが叫ぶと同時に、カイリの手のひらからポタポタと血が落ちてきた。テスは青ざめて立ち尽くしている。
「止血を!!テス!タオルを持ってきて!それからキレイな水と包帯の用意を!!」ラーナの声にテスはようやく動き始めた。
『まずいわ…出血が多い…。早く力を使いたいけど、どうすればっ……』ラーナが止血し始めると、テスが部屋から飛び出していった。
『仕方ない、少し強引だけど…』
「カイリ、ソファーに行って横になりましょう。傷は見ない方がいいわ。しばらくこれを被って目を閉じてて。」ラーナは治癒がしやすいように周りを固めていった。テスが帰ってくるまで…時間はあまりない。カイリがタオルを被っているのを確認してから、治癒を開始した。完治させてはいけない。それに光が強すぎてはカイリに気付かれる。かといって弱すぎると、テスが来るまでに間に合わない。その塩梅を考えるあまり、治癒は困難を極めた。
『いっそのこと完治させた方がよっぽど楽だわ!』そう思いながら、治癒を続けていると、手首にそっと何かが触れた。
カイリがこちらを見て、ラーナの腕を掴んでいたのだ。
「血は、もう止まったと思います。」カイリの声を、聞いたか聞いてないのか、聞こえていないのか…
ラーナはただただ呆然とカイリの顔を見ていた。光はもう消えていた。カイリの手のひらにはやや深い傷が残っている。
ラーナの目は開いてはいるものの、もはやもう何も見ていなかった。瞳は絶望の色で埋め尽くされ、身動き一つとれなかった。
バタバタバタ…とテスが廊下を走ってくる足音がした。カイリはそちらに少し視線を走らせた後、ラーナの耳元でささやいた。
「大丈夫です。あなたの力のことは、誰にも言いません。私の言うことを聞いて下されば…。」
ラーナはようやく、ハッと我に返った。と同時に、全身から力が抜けるのを感じた。それからのことは、覚えていなかった。




