始まりと苦悩
カイリがラーナの側仕えとして出仕し始めて以来、何かと事がスムーズに運んだ。スケジュール管理はもちろん、空き時間の効率化、父の手伝いが優先と判断した場合にはそちらに誘導したりと、わかっていたことではあるが、さらなる有能ぶりが明らかになってきた。
『なかなかの切れ者だわ。』ラーナは感心するばかりだった。
秋の風が、涼しいから、肌寒いに変わってきた頃、ラーナはカイリとテスと三人でお茶の時間を楽しんでいた。
「カイリ、聞いていいかしら?」
「はい。」
「カイリはなぜレイノルズの側近になったの?」素朴な疑問だった。カイリはお茶のカップを置いて、静かに語り始めた。
「もともと私は平民の出なのですが、父が懇意にしていただいていたランデール伯爵家の養子になりました。伯爵のもとで様々な仕事をしているうちに能力を買われ、ある日伯爵が国王陛下に謁見を賜る際に、私も同席したことが始まりでした。」
『平民出身とは思えない身のこなしだなぁ…。上品さも兼ね揃えてるから、言われないとわからないわね。』
「その日はたまたま幼いレイノルズ殿下も列席されていました。陛下は、その日一日私が殿下のお世話をすることを所望されたのです。」
『へぇ、そんな出会いだったのかぁ。』
「お世話を終え、退出のご挨拶に伺ったところ、陛下から是非殿下の側近に、とのご要望がありました。」
『陛下、カイリを気に入ったのね。』
「結局のところ、殿下のやんちゃぶりで、なかなか側近候補がおらず、たまたま登城した私が、たまたま無事にお世話を終えたことで、白羽の矢が立ったというわけです。このたまたまのおかげで、私はその先から多忙を極めることになります。運命とはおそろしいものです。」
「ぶふっ!」ラーナもテスも思わず噴き出した。
「そんなやんちゃな殿下がある日から変わり始めました。おそばで見ていた限り、おそらくラーナ様の兄上フィル様がご友人と話されているのを、じっと聞いていたことが始まりだったかと…。」
『なぜ?』
「フィル様がされていた話題が、ラーナ様のことだったのです。楽しそうに話されるそのご様子を見て、殿下はラーナ様に興味を抱いたのかと思います。」
『そ、それが始まり!?』
「殿下は何事にも能力が高くおいででしたので、共に学んでゆくご友人探しに苦労されておいででした。そこに同年齢の公爵令嬢がいると知ったときには、ひらめいたんでしょうね、ラーナ様をご学友にすることを。」
『そこは家族の想像通りか…。』
「ところが病弱なラーナ様は、なかなか出仕されなかった。日に日に殿下の苛立ちが増していきました。」
『ご、ごめんなさい。』
「結果、ラーナ様に会いたいというお気持ちが募り過ぎ、あのような醜態をさらしたというわけです。」
『クリスガルド公爵家突撃訪問事件ね。』
「私が思いますに、もう殿下はラーナ様に恋をしておいででした。見たこともないご令嬢に恋をするなど、最初は半信半疑でしたが、今思えば…あれは明らかに恋ですね。」
テスが両手を赤い頬にあて、はぁ~、とため息をついている。
『…やっぱり、将太の…いやレイルの?魂が、私を探していたのかしら?』ラーナは少し遠い目をして聞いていた。
「そしてあとはだいたいのご想像はつくかと…。ラーナ様が出仕される日が決まったときには、一日見たこともない笑顔で過ごされ、ラーナ様が謁見の日に泣いて倒れられた日は、何を話しかけても返答がなく、抜け殻のようでした。それからラーナ様が正式に出仕されるまでにはたくましい男になっておくと、多方面に渡り努力をされ、あなたが最初に出仕されたときには、嬉しさのあまり眠れなかったようです。」
話を聞き終わる頃には、ラーナの心臓は恥ずかしさと切なさで、不思議な音を立てていた。
「出会う前から惹かれ合うような、こんな恋があるのかと…懐疑的に見ていた私だったのですが、ずっとお側でお仕えしていて確信致しました。運命とはあるのだということを…。少なくともレイノルズ殿下とラーナ様は、運命で引き寄せられたのだと…私は感じました。」
ラーナはいつの間にか涙していた。自分でもなぜ泣いているのかわからなかった。ただカイリの語り口が物語のようで、話に引き込まれただけかもしれない。でもなぜか、心にじんわりと染み入ってきた…特に『運命』という言葉が。『運命』でレイノルズを愛していると言ってもいいのだろうか?でも確実にラーナの胸の中には、レイノルズへの想いが灯っているのはわかる。それがなんなのか…。愛と言っていいのか…。将太への愛を勘違いしているのか…。苦しさが押し寄せてきて、涙が止まらなくなった。




