婚約
王宮では婚約の儀の準備が着々と進められていた。儀式が挙行される日までは会うことを許されたため、レイノルズは頻繁にラーナのもとを訪れた。今日も昼下がりにカイリと共にやってきた。すぐに人払いをするので、最近ではもう侍女たちはもちろん、カイリでさえ、レイノルズが入ってくるといつの間にやら消えていた。そしてその当人はそんなことは視界に入らない様子で、すぐにラーナを抱き寄せて口づける。
「明日はいよいよ婚約の儀だな。」レイノルズが耳元で呟く。ラーナが、
「やっぱり少し緊張するな…。」ため息まじりで言った。
「簡単に終わるぞ?王宮内の神殿で、神に宣言するだけだ。」と、今度は両手でラーナの頬を包んだ。
ふと、レイノルズの左手人差し指に包帯が巻いてあることに気が付いた。
「どうしたの!?その指!」ラーナが慌ててレイノルズの左手を握りしめた。
「たいしたことではない。少しへまをしただけだ。」というが、結構厚めに巻いてあるように見える。ラーナは急ぎ部屋を見渡した。
『完治させることはできない。力を加減して治癒すれば…』ラーナはレイノルズの左手を握って、テーブルに誘導した。
「レイル、せっかくだからお茶でもいかがかしら。」言いながら、握った手からはすでに微量の光が出ていた。レイノルズの視線はテーブルに向けられていた。席に着く直前で光は消えた。
ラーナはホッと息を吐いて、隣の部屋にいるテスとドアの向こうで待っているカイリを呼び、お茶にすることにした。
お茶が終わりレイノルズとカイリは部屋を出た。廊下を歩きながらカイリが聞いてきた。
「お伝えしなくてもよかったのですか?殿下がされていることと、そのケガのことと…」
「言わなくてよい。しかもケガなんてかっこ悪いだろ?終わったあとに伝えるからいいんだよ。その頃にはケガは治ってるはずだ…。」レイノルズは包帯の巻かれた指を見た。
「……痛みは、いかがですか?」カイリも包帯に視線を移して聞いてきた。
「それがあまり減ってはいな……、」レイノルズは言葉を止めた。
『朝までは少し動かすのにも痛みがあったはずだ。だが今は若干痛みが残っているものの、動かすことができるようになっている。』
「……どうしました?」カイリがレイノルズの顔を覗き込んだ。
「…いや、なんでもない。少し痛みが引いた気がする。」
「…それはよかったです。婚約の儀での指輪の装着、せっかくの儀式故、心配しておりました。」カイリが言った。
「これはもしかしてラーナに会ったからか?」レイノルズが指を見つめて真剣に言った。
「もしかして…ラーナからの愛の力なのか?」紺碧の瞳はきらめいている。
「………」カイリは嫌そうに、そんなレイノルズを見ている。
「そうかもしれませんね。」カイリは棒読みした。
パァァッとレイノルズの顔が明るくなった。
『この王子はラーナ様のこととなると、まったくもって盲目だ。』カイリはため息をついて、王子の後ろを歩いていった。
婚約の儀は神殿にて滞りなく行われた。参加者は両家の家族のみ。フィルの目は朝から真っ赤だ。
相手を婚約者として認める、そういった旨の文言が記載された用紙に、各々がサイン、そして最後に国王からのサインが入り、それを持って婚約が認められる。そして用意された指輪をはめて終了だ。この国では結婚の儀ではお互いが指輪を交換してつけるが、婚約の儀では自分自身で指輪をつけ、自分自身に誓うことになっている。レイノルズの指はほぼ完治しているようで、ラーナは密かに安心して、自分がつける指輪に目を移した。
ラーナは無意識に思い出していた。将太がくれた、婚約指輪のことを。それに比べたら今回の指輪はゴールドだが、飾りもなくシンプルな造りだ。
『いけない、思い出しちゃ!こんなときに将太が見えたらどうなるか、自分でもわからない!』ラーナは気を入れ直し、指輪を手に取った。そのとき指輪の内側に、何かが小さく彫られているのを見つけた。
『愛している RからLへ』
ラーナの目から涙があふれた。
『もしかして、これはレイノルズの手作り?この指輪を作るのにケガをしたの?王子が自分で作ったの?普通しないのに…』涙が止まらない。
すでに自分の指輪をつけたレイノルズが、優しく微笑んで言った。
「俺の渾身の力作、つけてくれないのか?」
『うー、つけたいけど…涙で見えない…』
レイノルズがハンカチでそっと涙を拭ってくれた。ようやく指輪をつけたところで、レイノルズに抱きしめられた。
「これでようやく、ラーナは俺のものだ。」




