嫉妬
ラーナとレイノルズはダンスのレッスンを受けていた。先生の手拍子に合わせて、リズムを刻み、お互いの息を合わせる。
「パン、パン、パン!はい、そこでターン!パン、パパパン、…」もうずっと二人で練習しているので、どんな曲が流れてきたとしてもお手のものだ。レッスン終了後、先生が言った。
「お二人とも相変わらず素晴らしいですね!私の方が勉強になっちゃう!」ちなみにジーノ先生は男性だ。
「ありがとうございます。あの、先生!もうすぐ成人のお披露目会なので、ご意見を伺いたいのです。先生にはいつも見ていただいてるので、私の癖を良くご存じかと思って。他の方と踊る際に気を付けることとかありませんか?」ラーナが質問した。それに対してジーノが質問で返した。
「実は私もそれが気になっていたんです。お二人でダンスされるのに慣れ過ぎていて、別の方と踊るときに大変なのではないかと…。お披露目会まで残りわずかしかないですが、お二人とも他のお相手を探されて練習されては…」終わらないうちにレイノルズが割って入った。
「ラーナは俺とだけ踊っておけばいいだろう?」顔が怒っているのがわかる。
「はぁ~。ダンスは同じ相手と何度も踊ってはいけないとご存じのはずです。」今度はそばにいたカイリが割って入った。
「だから、俺とのダンスが終わったあと、誰とも踊らず見てればいいだろう?」レイノルズの言葉に、カイリが若干苛立ってきた。
「殿下、殿下とのダンスが終了したあと、ラーナ様が誰からも誘われないとお思いですか?」レイノルズはフンッと横を向いて黙った。そして続けて言った。
「あなたも同じですよ、殿下。婚約者もいない皇太子が目の前にいるのです。多くのご令嬢が群がるのが目に見えています。そしてそのお立場上、ラーナ様以外とは誰とも踊らない、というわけにはいかないのです。ラーナ様が出仕される前は、一応形だけでもご令嬢たちと踊っていたではないですか。それを思い出して下さい。」レイノルズはそっぽ向いたままだ。
「じゃあ、殿下は以前の経験があるとして一安心。だったらラーナ様だけでも踊ってみてはいかがかしら?とりあえず今日はカイリ様と。」ジーノが言った途端、レイノルズとカイリの動きが止まった。しかしラーナは違った。
「それはありがたいです!カイリ、お願いしてもいいかしら?」ラーナの言葉に、目が泳ぐカイリ。レイノルズの方は見れなかったが、どんな表情をしているかは容易に想像がついた。カイリは考えた。そして結論を出した。レイノルズにとっておそらく良いと思われる結論を。カイリが、
「ではラーナ様、私と踊っていただけますか?」とお辞儀をして、右手を差し出した。ラーナも微笑んで、
「喜んで!」と、その手をとった。
ラーナとカイリは、予想以上に息の合ったダンスができた。ジーノが惜しみない拍手を送った。
「お二人とも素晴らしかったですわ。特にカイリ様のリードには驚きました。ラーナ様も動きやすかったのでは?」と振られてラーナも言った。
「はい!先生のおっしゃる通り、とても踊りやすかったです。少し自信が持てました。カイリ、ありがとう!」
「お役に立てて良かったです。」しかしカイリの声は暗かった。それに気付いたラーナが、
「カイリ?どうかしたの?」と尋ねた。
「私たちのダンスの途中、レイノルズ殿下が帰られました。はぁ。」
「え!?」ラーナとジーノが同時に声を上げた。
『ほんとにいなくなってる。ダンスに必死で気付かなかった…。カイリは良く気付いたわね。』ラーナは深く感心した。
その頃すでに自室にいたレイノルズは、どうしようもない感情と戦っていた。
『ダメだ…カイリと踊っているのを見ただけで、はらわたが煮えくり返りそうだった。お披露目会で同じことが起こったら、俺はどうなるんだ?』
「ですからラーナ様を婚約者としてお迎えすることを、早くからお勧めしていたのです。」カイリの声が聞こえた。知らないうちに部屋に入って来ている。返事を返す間を与えず、カイリが続けた。
「何度もノックしてお声がけもしたんですよ。お返事がないので心配で、失礼ながら勝手に入らせていただきました。」レイノルズは大きなため息をついただけで、何も返さなかった。
「なぜ、婚約に踏み切らないのですか?そうすることで、お二人にとってのこれからの障害が大きく減るでしょう。殿下もわかっておられるはずです。」
「…………」
黙秘を続けるレイノルズ。そしてカイリが一言、放った。
「ショータ」
バターンッ!と、腰かけていた椅子を倒してレイノルズが立ち上がった。
「なんで知ってるんだ!?」驚愕するレイノルズに対して、カイリはあっさり答えた。
「何も存じあげてはおりません。」レイノルズは口を半開きにしたまま、立ち尽くしていた。倒れた椅子を立て直しながらカイリが言った。
「やはり、ご自分では気付いておられなかったのですね。いつも、特にボーっとされているときは、時折呟いておられますよ。『ショータ』と。それがラーナ様に関係あるのでは、と推察していただけです。」
「…………さすがだな。」レイノルズがボソッと呟いた。
「恐れ入ります。それで殿下、『ショータ』とは何なのですか?」
「…………わからないんだ。」レイノルズはカイリに経緯を話した。
「そうでしたか。…殿下は、『ショータ』の正体は人、しかも男性とお考えなのですね?」カイリに言われて、レイノルズは目を伏せたまま聞いた。
「なぜ…そう思うんだ?」
「物の名前と決めつけてしまえば、気持ちは楽なはずです。しかし殿下にはそう割り切れない何かがあられる。その理由はさておき…。もし、人の名前だったとしたら、ラーナ様にとってどういう人間なのか。そしてもし、それが男性であれば、ラーナ様とどういう関係であったのか…。そう考えると、ラーナ様の中に『ショータ』という忘れられない男性がいるのでは…と、殿下は考えておられるのでしょう。」
レイノルズの心は、まるでカイリに整理されていくようだった。
『確かにそうだ。ラーナの中に『ショータ』がいるままで、婚約することはできない。彼女に何かしらを聞くまでは…。そう思っていた。』
「殿下、ラーナ様に忘れられない相手がいたとして、あなたはそんなラーナ様を丸ごと愛するという選択肢は、持っておられないということですね?」レイノルズは息がつまり、言葉がでてこなかった。
「そんな…ことはない…」ようやくかすかな声で答えた。
「いいえ、結果としてそういうことになります。」レイノルズは答えなかった。
「ラーナ様を見ている限り、今のところ『ショータ』はラーナ様の周りにはおりません。殿下のお話から察するに、そのときの年齢を考慮しても、一般的に考えて『初恋の人』が妥当なところかと思います。」
「…………」
「ラーナ様に、尋ねてみられてはいかがですか?『ショータはラーナ様の初恋の相手、もしくは忘れられない男性』ではないかと。」レイノルズは首を横に振って言った。
「ダメだ。また倒れてしまうかもしれない。そうなればもう、俺はラーナに会うことができなくなる。ラーナが自分から言ってくれるまで、待つしかない…。」
「では、ラーナ様が一生話すおつもりがないとしたら…。殿下、あなたは他の方を見つけて結婚せねばなりません。あなたはこの国の王子なのですから。そして、その将来を見据えるのであれば、お披露目会で、あなたは他の誰かと踊る方が良いでしょう。もしくは踊らなくてもかまいませんが、ラーナ様は違います。あなたが結婚相手にラーナ様を選ばないのであれば、開放して差し上げなければなりません。手放して、他の男性との幸せな結婚へと進ませてあげることです。そのためにも、お披露目会でラーナ様を独り占めするような真似は避けるべきです。」
カイリが理屈を並べてくる。しかもそのすべてが…間違っていない。レイノルズはだんだん息苦しくなってきていた。
「何がいけないのですか?もうすでにあなたは、『ショータ』を胸に秘めているラーナ様を愛してしまった。今更それを否定できないでしょう?そしてそれを今掘り返したとして、殿下もラーナ様も幸せになれるのでしょうか?殿下、あなたは『ショータ』の正体を知りたいという、ご自身の自己満足のためだけにに、ラーナ様の心を、人生を、かき乱すのですか?」
いつの間にかレイノルズは涙していた。涙の意味は、わからなかったが、ポロポロととめどなく落ちて来た。
「良いではないですか…。心に『ショータ』が残っていたとしても。これから殿下がラーナ様に誠心誠意向き合っていけば、ラーナ様にとって、殿下の方が『ショータ』以上の大きい存在になっていくはずです。」レイノルズはしばらく、涙を流したまま、窓の外をながめていた。そして思った。
『そうか、そうだな。俺がずっとラーナのそばにいれば、『ショータ』のことは忘れてしまうだろう。その手があったんだな。』レイノルズがようやく落ち着いてきたころ、カイリが追加した。
「あ、でも、『ショータ』のことが理由で、ラーナ様が殿下を拒否した場合は知りませんよ。もしくは『ショータ』のことは全く関係なく、殿下を拒否されるかもしれませんけどね。」最後にカイリがニヤッと笑ったのだけは気に食わなかった。だがカイリのおかげで長年の胸のつかえが取れた気がした。
『俺はただ、『ショータ』を気にせず、ラーナに好きだと…伝えれば良かっただけなのか…。』
その日の夜は、久しぶりにぐっすり眠れた。




