光と影
授業が少ない日、ラーナは父の仕事を手伝いながら、王宮の様々なことを学んでいる。百聞は一見に如かずとは本当だ、とラーナは思った。陛下のスケジュール管理はもちろん、財政、税金、食物の管理、議会運営、国民の生活状況調査…それはそれは考えることが山積みだ。もちろん部下に仕事を分け与え、動いてもらってはいるが、最終的な判断は父にあるようだ。こういったことは、実際に目にしてみないとわからない。ラーナもその山積みの仕事の中から課題をもらい、どう対処していけば良いか勉強させてもらっている。間違うことも多いが、その時の父の教えがありがたい。初めは敬遠していた王宮だったが、自分も父のように王宮を支える人間でありたいと、ラーナは思うようになっていた。
今日も父のもとを訪れると、一人ソファーにぐったりと横になっていた。
「お父様!?どうされたのですか?」慌てて近寄ると、父がうっすら目を開けた。
「ラーナか、大丈夫だ。疲れのせいか少し頭痛がな。しばらくの間休んでから仕事に取り掛かるよ。」と言って、また目を閉じた。
「そうでしたか、そういえば近隣国から訪問があるともおっしゃってましたよね。お忙しいはずですわ。私は少し本棚の資料を見せていただいてもよろしいですか?」と、ラーナは書籍がびっしり詰まった本棚に足を向けながら言った。
「ああ、ゆっくりしていくといい。私はしばらく…眠るとするよ…。」もう今にも消え入りそうな小さな声を聞いたかと思うと、それはすぐに「スーーー」という寝息に変わった。
『よほど疲れていらっしゃるんだわ。』
ラーナは本棚に向かっていた足を止め、静かに父の方に向きを変えた。足音を立てずに近づくと、枕元で膝を付き、きょろきょろと周りを確認。両手を父の頭にかざし、祈った。すぐに小さめの光が放たれ、父の頭全体を包んだ。そしてしばらくすると光が消えた。父はそのまま気持ちよさそうな寝息を立てている。
『よかった。眉間のしわが消えてる。きっと痛みは取れたはず。これですっきり起きれるわ。』
安心したラーナは、そーっと部屋を出た。
『本当は、お披露目会のことも、一応相談しようと思ってたんだけど…。また今度にしよう。』
自室に向かう廊下の窓から、爽やかな風が吹いてきた。何やら風に呼ばれている気がした。空は雲一つない青色が広がっていて、絶好のピクニック日和だ。
『よし、中庭に行こう。』足が軽快に跳ね上がろうとした瞬間、
「お嬢様!」ハンナの声がした。見るとゼーゼーと肩で息をしているハンナが少し離れたところに立ちはだかっていた。
「移動されるときは、必ずお伝えくださいって申し上げておりますよね!?」
『あ、忘れてた。』
「『てへっ♪』はもう通じませんよ!」
『ダメかぁ』
「授業がないので、御父上のところかと私が踏んだからよかったものの、公爵令嬢がお一人でブラブラされるものではございません!」
「でもハンナ、城内なんだし、少しくらいいいんじゃないかしら?」
「少しだろうが、微々たるものであろうが、ダメなものはダメです!」ハンナ、鼻の穴が大きくなっている。
「ハンナ、なんだかジルに似て来たわね。」ラーナの何気ない言葉に、ハンナがカチーンと凍り付いた。ジルは結構な御年の小言が多いメイド長だ。メイド長に近づくというのはある意味誇らしいことだが、ある意味、だ。まだ30代のハンナにとっては、ショックが大きかったらしい。
こうなると素直に謝るしかない。そして甘いものでも食べさせて許してもらうのだ。
「ハンナごめんなさい。侍女に心配かけた私が悪かったわ。この間メルリーナ様においしいお菓子をいただいたの。一緒にいただきましょう!」おいしいお菓子、のあたりから、ハンナは息を吹き返した。
「そうそう!外がとても気持ちよさそうだから、お昼は中庭でいただいてもいいかしら?先に行ってるから、用意してきてくれる?もちろんハンナの分もよ!」と言ったところで、なんとかハンナの機嫌も戻ったようだった。
ラーナは先に一階の外廊下へと降りた。日陰だと、風が少し冷たく感じた。
庭に出てしばらくすると、目の前に黒猫が現れた。
「あら?どこの子?王宮で飼われてる子は確か首に鈴が…んーないわね?迷子?」というラーナにすり寄ってきたかと思ったら、すぐに離れて、ラーナのことを振り返りながら、また離れて、を繰り返して遠ざかっていく。
「ん?私についてきて欲しいの?」
「にゃーん」
「そうなのね、どこに行くの?」とラーナは猫のあとについて言った。猫がやってきたのは、城内にしては珍しい、木々の生い茂った、ちょっとした森の中だった。さらに奥に入ると、白猫がいた。
「にゃあ」そう言う白猫に黒猫がすり寄る。
「あらあら仲良しなのね。」ラーナがそう言って見ていると、白猫の様子がおかしいことに気付いた。
『あまり動かない…』
ようやく歩いたと思ったら、片方の後ろ足を引きずっていた。
「ケガしてるのね!?」慌てて駆け寄り、地面に膝をついたときに目に入ったものは、石段だった。木々の葉が多くて視界を遮っていたせいで、そこに気付けなかった。そしてそれは石段ではなく、大きな石碑の台座だった。
「石碑って……もしかして…」そこには何も刻まれていなかった。ラーナはこれが、聖女リーシャを弔った石碑であることに気付いた。
『こんなところに…そうか、目立つわけにはいかないか。』そう思いながら、石碑の前に跪いた。そして胸の前で両手を組んで目を閉じた。
『聖女リーシャ様、この国を救って下さったこと、そして見守っていて下さったこと、心から感謝致します。』そしてそっと、石碑に触れた。突然、触れたところから目も開けられないほどの光が放たれた。
『光が森からもれる!』焦った瞬間、
「にゃん!」黒猫がラーナに飛びかかった。地面に倒れこんだラーナの手からは、すでに光が消えていた。
『大変なことになるとこだった…』ラーナは青ざめていた。
「助けてくれたのね、ありがとう。」というと、黒猫は座っている白猫にすり寄り、次にラーナを見た。
『ああ、どういうわけかわからないけど、この子は私のことを、私の力のことを、知っているのね。』
ラーナはあたりを見回し、白猫を抱えた。そして念のため石碑の後ろへと移動し、白猫の足を治癒した。
『このくらいだと、手のひらサイズの光ですむ。さっきの光はなんだったんだろう…。』
元気になった白猫はぴょんとラーナの腕から飛び降りた。問題なく歩けているようだ。
「良かったわね。」
「にゃーん!」二匹はそう言って、森の奥へ去っていった。
「さて…、私は…、あああああああああああああ!ハンナ!!」
この頃ハンナは、バスケットを持ち、怒りで顔を真っ赤にしながら、中庭近辺をグルグルとラーナを探しさまよっていた。
ラーナは中庭へとダッシュで向かった。
森の中にあった人影に目もくれることなく。




