助言
「キーンッ、カキーン!」城内の端にある王家専用の練習場では、剣を交える音が響いていた。「ガキッ!」両者目の前には、交差されたお互いの剣が主を勝利に導くために、しのぎを削っている。
お互いの汗が見えるほどの接戦の中、
「ラーナ、いい加減あきらめたらどうだ?力で俺にかなうわけがなかろう…フゥ…」
「わかっているわよっ、ハァ…ハァ…でもあきらめてたらいつまでも勝てないでしょ!私はレイルを守る立場なんだからっ、強くならなくちゃ…」
途端レイノルズがフッと力を抜いた。思わず前のめりによろけたラーナの頬にレイノルズがキスをした。
「俺の勝ち。」と言って、ころびそうなラーナを抱き留めた。
「ひ、卑怯よ!」照れと怒りで慌てふためくラーナを抱き寄せながら、
「何が卑怯だよ。お前が変なこと言うからだろ。俺はお前に守ってもらおうなんて思ってない。俺がお前を守るんだ。」
「あー、ゴホンゴホン。」遠くからわざとらしい咳払いが聞こえた。
「殿下、ラーナ様、誰かに見られる前に離れて下さい。」カイリの指導が入った。
「人払いしてるだろ?お前も含めて人払いしとくんだった。」そう言うレイノルズに、
「私まで払ったら、誰が殿下のお守りをするんですか?」カイリが嫌そうに言う。
「何がお守りだ!俺はもう16だ!世話は必要ない!」言い返すレイノルズに、
「ほう、そうですか。では今回の件、陛下にご報告申し上げておきますね。『こんなことや、あんなことがあったあとに、もう世話はいらないと言われました。』と。」カイリが言った。しばしの沈黙。
「悪かった。今の話はなしだ。」ふてくされるレイノルズ。
「当たり前です。私はいつも正しいのです。」ふんぞり返るカイリ。
これが最近の日常だ。
ラーナとレイノルズは16歳になった。宮廷へ出仕するようになってから、二人は同じ家庭教師から共に学び、教養を身に付け、社交界に必要なことも習得してきた。今や二人は、立派な淑女、紳士に……なりそうな感じだ。
予定外だったのが、ラーナの希望で、剣術が学習内容に入ったことだ。レイノルズは反対したが、
『どうせレイルは剣の練習があるんでしょ?だったら私も一緒に練習したいわ。王子に万が一のことがあったときに、役に立てない側仕えなんて嫌よ。』と我を張るので、仕方なく教科に組み込んだ。以前から指導を受けていたせいか、そこそこ腕は立つ。しかし女性の力では、男性に勝つのは至難の業だ。だが教師に負けても、レイノルズに負けても、ラーナは練習に参加した。レイノルズはそれが不服だった。まずもって万が一のときには命に代えてもラーナを守るのは自分だ。しかし王子の立場である以上、それを口に出すわけにはいかない。
『いつもそばにいる私が、王子を守らねばならない。』ラーナの考えは至極当然のことなのだ。そこは百歩譲って良しとした。が、
ラーナが突然『騎士団の動きを見たい』と希望した。そのせいで剣の稽古は、たびたび騎士団専用の練習場で行われることもあった。ラーナにとっては、騎士同士の戦いの動き、騎士団長や上位の腕の立つものから指導を受けることが、新鮮で良い体験になったようだ。しかし、大人の女性になりつつあったラーナが、稽古着を身に付け、体の線をあらわにし、琥珀色の髪を高く束ね、深いグリーンの瞳に真剣な光をともして剣をふるう姿を、騎士団の連中が見て、何も思わないはずがない。ラーナと模擬戦をしたものの中には、彼女に見とれて負けてしまう者もいたほどだ。
レイノルズにとっては実に面白くない授業だった。そこでレイノルズは剣の指南役を雇い、別メニューを組み、密かに一人だけ剣の指導を受けていた。ラーナを騎士団の練習場に行かせないために。早く騎士団並みに強くなって、自分がラーナに稽古をつけてやれば問題ない。その動機はレイノルズの腕前をメキメキ上達させていった。
ラーナはいつの間にか、自分より遥かに強くなっているレイノルズを不思議に思ったが、彼に勝ちたい一心で勝負を挑んでくる回数が増えて来た。よって騎士団への通学は自ずと減った。このことは騎士団全員のモチベーションを一気に下げたらしい。が、レイノルズの知ったっことではない。
二人は城に戻って自室で着替えた。ラーナは城に一室専用の部屋をもらい受けた。そのおかげで出仕も勉学も問題なく進めることができた。出仕のときにはテスとハンナが交代でついてきてくれている。ラーナの状態を二人とも把握しておくことが大事だと言い張り、結果交代でついてくることになった。
「テス、二人でお茶にしましょう。入れてもらえるかしら?」ラーナの声に、
「もちろんです、お嬢様!とびきり美味しいお茶をお入れしますね。」嬉しそうなテス。
ラーナは相手が誰であれ、一緒にお茶の時間を共有しようとする。テスもハンナも、この時間が大好きだ。このときのために、二人は町まで下りて、味が評判の店を調べては茶菓子を買ってくる。今日も珍しい茶菓子を出してくれた。テスの入れてくれたお茶によく合っていて話も弾む。ちょうどお茶が終わる頃、ラーナの部屋にノックの音が響いた。
「ラーナ!練習終わったんでしょ?私の相手もして欲しいわ!」入ってきたのはメルリーナだった。出仕し始めてから、こうやってちょくちょく遊びにやってくる。
「あら、お茶の時間だったかしら?まぁ!何か美味しそうなもの食べてらっしゃるのね!テス!私にはありませんの?」メルリーナは遠慮を知らない。だがそんなメルリーナのことが、ラーナは大好きだ。国王陛下から譲り受けた赤茶色の髪に、陛下と同じ深い茶色の瞳。陛下に瓜二つだ。王女殿下の立場でありながら、飾らない性格で、裏表がない。時々、上から目線の話し方をするのが玉に瑕だが、それも相手のことを思って苦言を差していることが多い。ラーナはメルリーナの強さに、ひそかに憧れていた。
「テス、メルリーナ様に同じものをご用意できるかしら?」
「もちろんです、お嬢様!メルリーナ様もゆっくりなさっていって下さいね。」
「まぁ、ありがとう!お言葉に甘えますわね。」
そうやって、二回目のお茶会が始まり、メルリーナが別の話題を振ってきた。
「そういえば成人のお披露目会に来ていくドレスは決まりまして?」
「!?」ラーナが息を飲んだ。
「その様子だと、忘れていましたわね?」メルリーナの言う通りだった。
「まもなくですわよ。ドレスはなんとかなるとして、エスコートしてくださる方にはちゃんと約束を取り付けておかなきゃダメですわよ。」
「エスコートって…してもらわなきゃダメなんですか?」ラーナが弱弱しく尋ねた。
「エスコートなしで広間に入ってくるなんて、目立ちますし、寂し過ぎますわよ!」メルリーナが目くじら立てている。
「基本女性の方は楽ですわよ。婚約者がいればその方、いなければ家族や親戚、友人にお願いしてもいいですわ。ただ男性はちょっと大変ですわね。婚約者がいない方は、お母様やお姉様とご一緒に入場というものは敬遠されがちですの。ですから早くからご友人にお願いされる方が多いですわ。」
それを聞いてラーナはホッとした。父か兄に頼めばいいのだ。
『?そういえばフィルのお披露目会はどうだったのかしら?引きこもり過ぎてて、全く気にしていなかったわ。』勘の鋭いメルリーナが、
「フィルのお披露目には私が付き添いましたのよ。」
「メルリーナ様が!?」
「私はその一年前にお披露目を終わらせていましたの。でも私のときも、エスコートはフィルだったのよ。」
『知らなかった…。私が引きこもっている間に、世界はこんなにも動いていたんだ…』何やらラーナがダイナミックに事を捉えて呆けているのを見て、メルリーナがため息をついて言った。
「ラーナ、きっとあなたのことだから、ご家族にエスコートをお願いすればいいと思っているのでしょ?」
『そうですが?』
「そんなあなたに良いことを教えて差し上げます。まずもって御父上、クリスガルド公爵はお披露目会が滞りなく終わるよう、一日お忙しくされているので、エスコートは無理です。」
『じゃあ、フィルが…』
「フィルは私をエスコートしなければなりません。」
『え!?なんで?』
「私も主催者側ではありますが、出席しなければなりません。そういうときはいつもフィルに側にいてもらいます。」
「あの…メルリーナ様、その日一日くらいは他の方ではダメです…」聞き終わらないうちに、
「ダメですわよ。私の立場上、釣り合いが取れるのはフィルくらいなのです。これだけは譲れませんわ。」
「そんなぁ…」ラーナは半べそかいている。
「そんなぁ…ことだろうと思ったからこそ、早めに聞いておこうと思ったのです。今日お話ししてよかったですわ。」メルリーナがドヤ顔をしている。
『どうしよう…男性の知り合いなんて、レイル以外にいないわ。』ちょうどのタイミングでメルリーナが提案してきた。
「レイルに相談してみてはどうかしら?彼の友人や、騎士団の仲間もいるでしょうから、紹介してくれるはずですわ。でもまぁさすがに公爵令嬢のあなたのエスコートですから、誰でもいいわけではなくてよ?」
ラーナは気持ちが床まで落ち込んでいた。
『でもあきらめるのはまだ早い!レイルに相談してみよう!』




