嘘
中庭全体に少し強めの風が吹き抜けた。ラーナは舞いそうな琥珀の髪を両手で押さえた。レイノルズは微動だにせずラーナを見ていた。
「何のことでしょうか?」ラーナは平静を装いながら答えた。
「あなたが倒れる間際に言った言葉だ。覚えてないのですか?」レイノルズは顔色を変えずに聞いた。
「あいにく私には何のことだか…申し訳ありませんが覚えておりません。動揺していたようなので、何か別のことをお伝えしようとして、殿下にはそう聞こえたのかもしれませんね。」ラーナは努めて、レイノルズの目を見て話した。嘘がバレないように。
レイノルズは黙ったまま、ただラーナを見つめていた。ラーナにとって、この時間は永遠にも感じ取れた。時計があるわけではないのに、秒針の音が聞こえるようだった。
『早く何か言って!そして早くその言葉を忘れて!』ラーナは心の中で叫んだ。思いが届いたのか、ようやくレイノルズがため息交じりに言った。
「そう…ですか。」言葉とは裏腹に、レイノルズは納得していないようだった。
『だがこれ以上掘り下げて聞くわけにはいかない。この前のようにまた倒れられてはかなわない。そのようなことになれば、もう二度とラーナと会うことはできなくなるだろう。それだけは避けねば…。』
「では、ラーナ嬢に二つお願いがあります。」レイノルズは気を取り直したようにラーナに微笑んだ。
「私にできることであれば…。」ラーナは表情を変えないように返事をした。
「『ショータ』の意味を、もし思い出すことがあれば、私にも教えて下さい。」笑顔でありながら、目は真剣そのものだ。ラーナはその言葉に反応しないようにすることが精一杯だった。
「善処致します。」と、一言だけ返した。そして、
「もうひとつは何なのでしょうか?」と尋ねた。早く話を変えたい一心だ。
「私たちの二人の間では、敬語はやめよう。」レイノルズの提案にラーナは少し戸惑った。
「あなたのことは、ラーナと呼んでいいかな?私のことはレイルと呼んでほしい。」ようやくラーナが、
「失礼ながら殿下、それにはお応えできかねます。殿下はよろしくても、周りが聞いたときにどうなることか…。私のことはラーナと呼んでいただいて結構ですが、」レイノルズが言葉を遮った。
「だから、私たち二人きりのときのみ、にしよう。」
『なるべく二人きりにならなければいいのか…。』ラーナの心を見透かすように、レイノルズが言った。
「これからは毎日一緒に学んでいくからね。二人きりの機会も多い。すぐに慣れるさ。」
「しかし殿下っ…」言いかけたラーナの唇に、レイノルズの人差し指が触れた。
「だから、レイル、だ。」
あまりに突然のことに驚きながらも、ラーナは首まで真っ赤になっている。それをみたレイノルズは嬉しそうだ。
「ほら、言ってみてごらん。」
「………ィル……さま…」ラーナは顔から火が出そうな勢いだ。
「んー、聞こえないなぁ。」レイノルズは楽しくなってきた。ラーナはプチ切れた。
「レイル様!…っ、こ、これでよろしいですか!?」
「んー、おしいね。『これでいい?』だよ。」と言いながら、今度はそっとラーナの手を握った。
『こんなんじゃ、こっちの身がもたない!』危うく座っていた椅子を倒しそうになったところに、スナイパー・フィルが慌てて駆け付けた。
『お兄様、見ていてくれたのね。でも、なんだか恥ずかしいわ。』ラーナの赤い顔を見たフィルは、息も荒く大声で叫んだ。
「レイノルズ殿下!そろそろお時間かと!お迎えに上がりました!」
「えー、まだ大丈夫だよ。ラーナとも話したりないし。」レイノルズの言葉にフィルがどう返そうか考えていると、ちょうどいいタイミングでカイリが来た。
「いえ、殿下、帰城のお時間が近づいております。陛下もご心配されるかと。」カイリの釘を刺すような言葉に、若干苛立ちつつも、レイノルズは従うしかないようだった。
「…わかった。」レイノルズが席を立ち、フィルがホッとしたのもつかの間。レイノルズは同じく席を立ったラーナの横に来て、
「ではラーナ、今日は君に会えて嬉しかった。明日から城で会えることを楽しみにしているよ。」と言って、ラーナの右手の甲にキスをした。
ラーナは手まで真っ赤になり、フィルは怒り?で我を失いそうだった。カイリはため息をついて、
「殿下、参りましょう。」と、レイノルズを連行していった。
そのまま中庭での解散となり、その場にはラーナとフィルが残された。呆然とするラーナを見て、フィルは、
「あーーーーー!俺のラーナがぁぁ!」と叫んだ。
『お兄様の私じゃないわよ。』ラーナはようやく我に返った。
『今回、将太の姿を見ることはなかった。殿下が『ショータ』の話を出したときには、さすがに焦ったけど…。まさか殿下に聞かれていたとは…。ますます気が抜けないわ。でも…今世の将太は、ちょっと違う人みたい。もちろん、別人だけど…中身がちょっと、強引な気がする。』そんな将太、ではなくレイノルズも悪くない……と、思っている自分自身に、ラーナは気付いていなかった。




