名案
会いたいと思い始めて、もう何年の月日が流れたのだろうか。謁見の間の重厚な扉が開かれ、入ってきたのは確かに、願ってやまなかったラーナ・クリスガルドだった。レイノルズはラーナから目を離すことができなかった。ようやく会えた彼女は、想像以上に愛らしく、知性あふれる気品を漂わせていた。
『ああ、これから毎日彼女に会えるのか。何を話そう。まずは彼女の好きなものを聞いていくのが良いだろうか。』レイノルズは努めて気持ちを静めながら、ラーナとの対話を待った。そしてついに、王に紹介されたレイノルズにラーナが視線を向けた。
『やっと、やっとだ、彼女が私の目を見てくれた。この日をどんなに待ち望んだことか。』そしてレイノルズが挨拶を始めるや否や、ラーナの瞳は大粒の涙で埋め尽くされた。レイノルズは心臓が凍り付く音を聞いた気がした。
『なぜだ?なぜ泣くんだ?』成す術もなく立ち尽くすレイノルズの横に、マシュリとフィルが駆け寄った直後、ラーナは倒れた。寸前でマシュリが抱き留め、三人は急ぎ帰宅の途についた。レイノルズはしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。同時に、自分でも理解不能な感情と戦っていた。ラーナの涙を見た瞬間、なぜか痛いくらいに胸が締め付けられた。初めての痛みに胸を抑えてしまう自分がいた。そしてあの場にいた者の中で、レイノルズだけが聞き逃さなかったラーナの言葉。彼女がレイノルズに対して、初めて放った言葉『ショータ』。彼女の口からその言葉を聞いた瞬間、押さえていた心臓の音が跳ねた。聞いたことのない言葉…でもなぜか懐かしい響きがして、胸を締め付ける…。
「やはり緊張していたのだろうか。」王がそばに寄ってきたが、返事ができなかった。レイノルズの動揺を心配した王は、ひとまずお茶を飲もうと促し、ようやく二人はその場を後にした。
ラーナが意識を取り戻したと聞いたあとも、気持ちが晴れなかった。『ショータ』が気になって仕方がなかった。城内の図書室で調べてみたが、『ショータ』という言葉を見つけることはできなかった。
『どうしても知りたい、あのときの言葉の意味を…。だが、これは彼女から直接聞く以外に方法はなさそうだ。会って聞きたいが、次はいつ会えるだろうか…。』
夕食も喉を通らないレイノルズを見て、姉メルリーナが横からフォークを伸ばしてきた。ブスッ!瞬時にレイノルズの皿にあった肉が奪われた。メルリーナがその肉を頬張っていると、
「メルリーナ、はしたないわよ。」王妃が注意してきた。
「だってお母様、もったいないわよ。どうせ今日も残すわよ。その前に私が食べてあげてるの。感謝して欲しいくらいよ。」メルリーナはふんぞり返った。
「レイノルズ、まだ悩んでいるのか?前にも言ったが、あれはお前のせいではないのだ。そんなに気に病む必要はないのだぞ?」父が慰めるように言ってきた。
「そうよ!ラーナちゃんも元気になってきたって、ロゼッタから聞いたし。心配いらないわ。」母コーネリアも元気づけるように明るい声で言った。
「父上、母上、姉上、ご心配をおかけしてすみません。」そう言ったものの、依然として肩を落としたままだった。
「いい?弟よ、よくお聞き!この美しき姉、メルリーナが直々に!ラーナちゃんと仲良くなれる方法を教えてあげるわ!」自分で自分を美しいと言うところや、なぜか偉そうな態度も気になるところだが、レイノルズの目がようやく輝いた。
「どう…すれば良いのですか!?」レイノルズは真剣にメルリーナに向き合った。王と王妃も固唾を飲んで見守っている。
「ケーキよ!!」メルリーナが叫ぶ。
「!?」三人が呆ける。
「名付けて、ケーキと花束を持ってラーナちゃんをお見舞いに行く大作戦よ!!」
…………室内が静寂に包まれた。そして、その題目は…名付けられてはいない。しかしそんなことはどうでもいい。王が静寂を破った。
「メルリーナ、だいたいの想像はつくのだが…念のために説明してくれるか?」
「よろしいですわ!お父様、お耳の穴は良くお掃除されてまして?お話し致しますわよ!」
「メルリーナ、おしゃべりもはしたないわよ。」母の教育的指導を遮り、藁をもすがる思いでレイノルズが割り込んできた。
「姉上!早く教えて下さい!」メルリーナは不敵な笑みを浮かべて話し始めた。
「元来女子というものは、甘いものとキレイなものに目がありませんの。それもそのはず、女性の体は日々ストレスと戦いながら生きているのです。月のものが心身と深く関わっているために、人によっては一か月の大半をベッドで過ごす方もいますの。そんな女子の心を昔から癒してきたのは、甘いものです!一口食べるだけで、怒りも飛んでいくほどです。そして心を落ち着かせるのは、花、ですわ。見た目の華やかさだけでなく、その香りも神経を休ませてくれます。そう…このように甘いものと花束で相手が油断したところを、捕獲!ですわ!!」
「……………」三人とも口が半開きだ。沈黙を破ったのは、メルリーナ本人だった。
「なんですの?質問なら受け付けますわ。どこからでもかかってきてくださいませ。」王妃がようやく、若干苛立ちながら言った。
「捕獲してどうするの!?」そして誰からも返答がないのを見届けてから続けた。
「締めの言葉はさておき、同じ女性の立場からすれば、それ以外はあながち間違ってはいないと思うわ。あえて締めを変えるとすれば、甘いケーキと、バラの花束を持ってお見舞いに行き、ラーナちゃんがリラックスした状態で会話ができれば、レイノルズも前進できるのではなくて?」
「おお、なるほど!そういうことか…。レイノルズ、見舞うということは悪いことではない。当たって砕けろだ。やってみたらどうだ?まぁすでに砕けてるしな。これ以上砕けることはなかろう。」父、ようやく口を開いたと思ったら、結構毒舌だ。
「その反応、私の説明のあとに欲しかったですわ。」メルリーナは不服そうだ。
「姉上、ありがとうございます。早速やってみます!」すべてを、一人じっと固まって聞いていたレイノルズが嬉しそうに言った。
天井まである長い窓からは、今にも消えそうな三日月が見えていた。遠くからフクロウの声が聞こえた。『ああ、ラーナも同じ月をみて、同じ鳴き声を聞いているのだろうか…そうであって欲しい。』
レイノルズは夜空を見上げてそう思った。




