それぞれの転生
目が覚めた時には自分のベッドの上にいた。部屋には温かな光が差し込み、窓の外には青い空が広がっていた。周りには誰もおらず、服は着替えさせられていた。
『今は…朝?どのくらい眠っていたんだろう…』ラーナは体を起こして、そのままベッドの上で起こったことを思い返し始めた。
『間違いなく将太だった…。なぜわかるのか、なんて自分でもわからない。私自身の魂が、自ら火を噴いた感じに襲われた。そしてレイノルズ殿下に被さるように、将太の姿が現れた。まるでレースカーテンの後ろにいる様な将太が…幻影か何かの様な…。でも幻ではないと断言できる。私の魂が、将太の魂を見つけたんだ。私たち…同じ場所から同じところへ、二人で転生していた…。そして…将太の魂は、私を忘れていた。私に…気付きもしなかった。なんて残酷なんだろう…』ラーナはまた涙してしまった。そのときガチャっとドアの開く音がして、母と兄が入ってきた。
「ラーナ!」母が叫んで駆け寄った。苦しいくらいに抱きしめられながら、母の目に涙があふれていることに気付いた。フィルも安堵と疲労の複雑表情をして、泣きそうになっていた。
「お母様、お兄様、心配かけてごめんなさい。」ラーナも涙をこらえてようやく言った。
「ぐったりしたあなたをお父様が抱きかかえて帰宅したときには、心臓が止まるかと思ったわ。このまま目が覚めなかったらと思うと…生きた心地がしなかったっ…。」母の手が震えていた。
「ほんと、俺もようやく生き返った気分だよ。無事でよかった。」フィルが手を握ってきて、続けた。
「ラーナ…聞いてもいいか?何が起こったんだ?あのとき、レイノルズ殿下はお前に話しかけていただけだった。そしてお前は突然、硬直したようだった。そのあと何も言わずにただ涙を流して…倒れたんだ。」
フィルの言葉に、母も不安気にラーナを覗き込んでいた。
「私にもわからないの…。でも、大丈夫だと思っていたつもりだったんだけど…今思えば、極度に緊張していたのかもしれない…。それがなぜあんな風になったのかは、ごめんなさい…わかりません。」ラーナの目に、また涙がたまっていた。
『これは、本当のことを言えないことへの謝罪の言葉。少なくとも今は言えない。』そう思った瞬間、まだドアがバターンッ!と開いて、今度は父が入ってきた。早馬も早ければ、父も早い。
「ラーナッ!」母と同じだった。ツカツカと入ってきて、ラーナを思いっきり抱きしめた。母よりも力が遥かに強いため、酸欠で白目をむきそうだった。気付いた母が父を引きはがしたが、その父の目は涙で潤んでいた。
『ああ…私は前世のことで、今世の家族にこんなにも心配と迷惑をかけている。』ラーナは苦しかった。前世のことからようやく解放されつつあった…。それなのにその心の平穏が崩れた今、ラーナはもう一度一人で考えるときが来た…と深い深い海の底へと、胸にある何かが沈んでゆくのを感じた。
ラーナは丸一日ほど寝ていたらしい。目が覚めて家族と話したあと、ハンナとテスが半泣きでラーナの世話をした。
「もう!お嬢様は我慢し過ぎなんです!登城が嫌なら嫌と正直におっしゃれば良かったのです!そしたらこのテスが旦那様にご報告申し上げて、先延ばしするなり中止するなり、どうとでもなったのでございます!」と息巻きながら、テスは泣いていた。ハンナがやれやれと言った感じで、
「どうとでもなるわけないでしょ?さ、お嬢様、少しでも召し上がってくださいませ。丸一日食べていらっしゃらないのですから。まずは体力でございます。」と、消化に良さそうな食事を部屋のテーブルへと運んでくれた。二人に感謝しながら食事を終えると、今度は父が一人でやってきた。侍女たちはお辞儀をして部屋をあとにした。父に促され、ラーナはまたベッドに戻った。近くに座った父が、静かに話し始めた。
「陛下と殿下には、私から謝罪しておいた。お二人ともお前のことを大変心配しておいでだった。もとから体が弱かったっことと、極度の緊張で体が参っていたのだろうと伝えてある。」
『お父様も私と同じように言ってくださってたんだ…ほんと頼りになるなぁ。』
「…落ち着いたら、また登城して欲しいとのことだ。」
『え!?…もうあきらめて下さるのではと、少し期待していたんだけど…』
「娘にあんなことがまた起きれば、私の心臓は何個あっても足りないと伝えたんだが…。殿下が、次はそうならないように自分が努力すると…。」
『……なんでよ。私のこと全部忘れたくせに、なんでそんなこと言うのよ!?そもそも原因は将太がっ…いや、レイノルズ殿下が……もうこの際どっちでもいいわ!!』ラーナはうつむいて、握っていた拳がふるふると震えるのを見た。
「なぁラーナ、ほとんど会ったことがないレイノルズ殿下が、なぜあんなにもお前にこだわるんだろうな。」父はラーナに尋ねているようで、答えを求めているわけでもなく…力のない声でそう呟いた。それは王家からの強制力に対して、もうなすすべがないことへの、少しあきらめにもとれる声だった。ラーナは何も言えなかった。
『レイノルズ殿下に生まれ変わった今、すべて忘れていたとしても、彼の魂が…将太の魂が…私を探しているのかもしれない…。だとしてもだ、前世の記憶がない彼に、本当のことを言っても信じはしないだろう。そして言ったところでどうなる?どうにもなりはしない。』
「結論から言って、お前の宮仕えはもう決定したも同然だ。陛下も殿下もお前を望んでおられるのは明らかだ。殿下の学友兼お付きのものとして、殿下、そして王家を支えるため、城に通うことになる。となると、もう我々家族の五か条その四、を遂行することはもはや不可能だ。だが幸い、お二人は心根の優しい方であられる。お前が力を隠している限り、これはありがたいお話ではあるんだ…。あとは、流れに身を任せるしかあるまい。」父は少し寂しそうに、だが心はもう決めている、といった口ぶりだった。父の言うことは、概ね正解なんだろう。ラーナは、
『割り切る必要がある。しかも早急に。』と自分に言い聞かせた。
『私が前世の記憶を持っていなければ、何ではない話なのだ。奈央としての記憶を思い出さなければ、すべて上手くいく…だろうか?殿下を見て、将太を思い出さないことなんて、できるのだろうか?いや、そうしなければならない。最初は無理でも、きっと慣れるはずだ。あとは力を決して使わないこと!』ラーナはキッと顔を上げた。それを見て父も、ラーナの思いをくみ取ったようだ。そして言った。
「実は…お前に聖女リーシャの話をしたことは、時期尚早だったのではないかと後悔していたんだ。」
「なぜですか?」ラーナは首をかしげた。
「私とロゼッタが配慮しながら、力の制御を学んでいけば…そしてその力のことを、口外しないように伝えれば…それだけですんだ話だったんだ。聖女リーシャの話をすることで、余計にお前を怖がらせた。そしてそのせいでお前は倒れたんだ。…すまない。」いつも自信に満ち溢れ、意気揚々と家族を導いてくれる父が…うなだれていた。
「そんなことありません。お父様。」ラーナは父の手を握って言った。
「本当のことを話してくださったから、なぜ力を見せてはいけないのか、心から理解できました。その歴史を知っていたから、今まで真剣に学んでこれたのです。もし知らなければ、自分でもどうなっていたのかわかりません。今こうやっていれるのも、お父様のおかげなんです。謝らないでください。」にっこり笑うラーナにつられ、父もなんとか笑顔を取り戻した。
『前世を切り離すしかない。私が愛していたのは将太。そしてそれはもう別の場所で終わった話。将太の魂を持っていようとも、レイノルズ殿下はレイノルズ殿下だ。彼に前世の記憶がないことは当然のことで、私には責める権利もない。……それなのに…失礼なことをしてしまったな…。今度謝らなきゃ。』父に抱きしめられながら、ラーナは思った。




