訪問
家族で一致団結し、細心の注意を払いながら6年の月日がたった。ラーナは10歳になった。家族で守るべき、五か条の御決め事、ならぬ五つの約束をしっかり守りながら、ラーナは成長していった。地下室での母との力の訓練はもちろん、公爵家長女として、あらゆる分野の知識と教養を身に付け、マナーを学び、ダンスの練習をし、護身のためにと剣術まで指導を受けていた。もともと奈央の記憶が残っているせいか、飲み込みも早く、成長は著しいものであった。そして内面だけではなく、外見も目を見張るものがあった。母の栗色よりもほんのり薄く、オレンジ色を足したような、琥珀色に近いしなやかな髪の毛。そして母の翡翠色よりも濃い、深いグリーンの瞳。ラーナはおそらく誰の目からみても美しかった。この見た目もあって、父も母もあまりラーナを連れて出歩くことはなかった。10歳ともなれば、親に連れられて王城に挨拶に行く子息や令嬢も多かったのだが、ラーナは目立つことが必至だったため、人目にさらすことが憚られた。以前父が、
「陛下からラーナのことを聞かれたときには冷や冷やしたよ。ご長男のレイノルズ殿下と同じ歳ではなかったか、とお尋ねになったんだ。話を変えるのに大変だったよ。」と母に愚痴をこぼしていたのを聞いたことがあった。時々聞く王家の話から、現陛下がお優しい方だということは感じ取れた。前に聞いた聖女リーシャの話から、王家はおそろしい人たちの集まり、くらいに思っていたラーナだったが、王家に対する印象が少し変わってきた。だがやはりラーナにとって、避けた方がいい場所であることに変わりはなかったため、王城に心惹かれることなどは一切なかった。
ラーナと違って、フィルはすでに王城へ立ち入ることを許されていた。公爵家長男としての学びの他、貴族の役職や仕事も世襲制のようなものだったので、父について王城に行き、王女殿下や他の令息たちと学び、親睦を深めていった。
「今日はレイノルズ殿下ともお会いしたよ。父上が言われていた通り、ラーナの年齢を尋ねてこられたよ。隠すわけにもいかないから正直に答えたけど…。俺は最近思うんだ。お前のことを隠すことで、余計に怪しまれるんじゃないかって…。」フィルがラーナの部屋でため息をつきながら話した。
その数日後、ちょっとした事件が起きた。
テスと一緒にブランコの丘で本を読んでいたラーナのもとに、馬に乗ったフィルが息を切らせてやってきた。ひどく慌てた形相をして、
「ラーナ!俺と一緒に来い!急いで帰るぞ!テス、悪いが先に帰らせてもらう!」と言ってラーナを馬に乗せて屋敷へと向かった。屋敷の玄関に着くと、ラーナが尋ねた。
「お兄様どうかしたの?」兄の顔を見るに、何か良くない事が起きている、ということはわかった。
「今その話をする暇はない!お前は体調をくずして休んでいる、ということにする!いいな?」フィルの様子にうなずくことしかできずに、急いで部屋に向かった。同時に後ろから馬車の音が聞こえて来た。
「急げ!でもあわてる様子は見せるな!」『そんな無茶苦茶な…』と思いながらも、ラーナは落ち着いた様子で部屋へと入っていった。
事の詳細は夕食のときに判明した。
「今日王城で突然、レイノルズ殿下がうちの屋敷で歓談したいと希望されたんだ。」フィルが言った。父も母も知っているのだろう。慌てることなく聞いていた。侍女たちもいるこの部屋では、話す内容も考えなければならない。
「そうだったのね。今日は私も外出していたから、ハロルドたちは大変だったわね。ありがとう。」母が言うと、テーブルのそばでワインの準備をしていたハロルドが、
「とんでもございません。」と軽く頭を下げた。実際ハロルドも侍女たちも緊張の中、殿下をもてなすために最善を尽くし動き回ったらしい。通常王家からの訪問となれば、数日前に通達がくる。それがその日のうちに突然に、というのは非常に強引で、本来王家のあるべき姿ではないのである。権力を盾にした行為と取られても文句は言えないだろう。そしてその犠牲を強いてまで、クリスガルド家に押し掛けた理由はなんだったのか。…間違いなくラーナであろう。
夕食後、地下室で家族会議が開かれた。窓からは、悲しげな薄い雲に囲まれた満月が見える。月明りでは足りないので、父がロウソクに火をともした。議題はもちろん、今後の対策、特にレイノルズ殿下への対応についてだった。四人がそれぞれ席についてから、フィルが徐に話し始めた。
「おそらく今日来られた時に、レイノルズ殿下は一瞬、ラーナの姿を見られたと思います。」フィルが続けて言った。
「ラーナが部屋に入り、扉を閉めたとき、そちらの方を見られて『今日妹君はどうされたんですか?』と言われたんです。」皆が黙った。
「父上、母上、これ以上は…不敬に取られるのではないでしょうか?これから先、ラーナの存在を隠し通すことは不可能に近いかと思います。」フィルが苦しそうに言った。父もため息をついて答えた。
「お前の言う通りだろうな…。」悲しげな表情がロウソクの明かりで揺れている。父は続けた。
「ともあれ、ここまでは皆のおかげで順調だったんだ。これからはあのとき決めた五つを、臨機応変に駆使していかねばならないということだろう。一番大事なのは、四、だ。」
四、ラーナを他人と二人きりにしないこと。
「レイノルズ殿下は以前より、共に王城で学ばれる学友を探されていた。ご検討されているうちに、ラーナに白羽の矢が立ったのだろう。仮にも公爵家長女で最低限度の教養はある。そしてご自身とラーナは同じ年齢という共通項もある。それだけでも十分な理由だが…、おそらくラーナの美しさが、お耳に入ったのではなかろうか。」父の目に影が落ちた。その後ようやく母が口を開いた。
「…どこで聞かれたのかしら?ラーナは屋敷の外にはほとんど出かけたことはありませんのよ?」
皆、再度沈黙した。そして父が目を光らせ前を向いた。
「とにかく、これからはラーナを一人にしないことだ。おそらく今後は、ラーナに謁見を促されるだろう。レイノルズ殿下からか、陛下直々にか…。いずれにせよ、これ以上断ることはできない..。よってフィル、ラーナが王城に上がるときには、必ずそばにいてやってくれ。私も可能な限り動けるようにしておくが、お前の方が身軽だからな。」フィルはうなずいた。
「茶会などの誘いはロゼッタに任せる。」
「わかりましたわ。」ラーナを見ながら、母もうなずいた。
「ラーナ、治癒の力はどれくらい操れるようになった?」父からの突然の質問にラーナは焦って答えた。
「五割…六割…くらいでしょうか…。」それに母が笑顔で付け加えた。
「それ以上だと思うわよ。あと少し頑張れば、完璧に操れるようになると思うわ。」ラーナは少しためらうように微笑んだ。これから先のことに、不安しかなかった。奈央であったころにはなかった環境に、戸惑いしかなかった。
うつむくラーナの不安げな顔を、他の三人は静かに見つめていた。




