9話 過去の因縁と小さな決意
話をした翌日、姉上と子供達。俺とクリス、護衛も連れての大所帯で買い物に出た。
オセッテーノ伯爵家から行商の市が開かれている広場まで20分もかからない距離。
その間、馬車の窓の外に広がる景色に、クリスは目を輝かせていた。
それを、皆が静かに見守っていた。
馬車を下りた俺達。クリスは露店が立ち並ぶ姿を初めて見たんだろう、俺の袖をぎゅっと掴んで嬉しそうに笑う。
「ひと、い、っぱい」
「そうだな。いっぱいだ。だから――」
俺は服の袖を握っていたクリスの手を外した。
外された事に不安げに瞳が揺れたが次の瞬間、クリスの頬は真っ赤に染まった。
俺がしっかりと手を握ったからだ。
「こうやって手を繋ごう。離れないように。伴侶になって初めてのデートだろ」
「デ…ト」
クリスは首まで赤くなり俯きながらコクコクと頷く。
そんな様子を一緒に来た面々が面白そうに見ていた。
「あら、リカルドあなた、朴念仁だったのに、少しは改善したのね」
「そうですわ。今の言葉は良かったですわ」
「叔父さんセリフ臭過ぎない?幼子たぶらかしてる感じ」
順に姉上、サラサ、グリーンのセリフ。グリーンの反応酷すぎる。
「お前ら…」
そんな俺の手をクイクイと引くクリスが、俺の顔を見てニコッと笑った。
「デート…う、れし…い」
そう素直に伝えてくれるクリスが可愛くて胸がほわりと温かくなる。ついつい頬が緩み、
「そうか、嬉しいか。俺も嬉しい」
お互い笑い合い、そして露店をみて歩く。
最初は雑貨や日用品が多く、クリスに必要そうなペンをグリーンと相談しながらクリスは選び、夜着に着るチュニックをサラサや姉上に押されるように選ぶ。
皆がクリスにこれが必要、あれが必要だと言われ、楽しそうだけど少し疲れが見えてきたころ、食欲をそそる匂いが充満する区域に入って来た。
ジュウジュウと肉が焼ける匂い。
シナモンの香りの揚げ菓子。
呼び込みの声が飛び交い、通りはさらに熱気に満ちていた。
クウゥゥゥゥ
小さな音が隣から聞こえてきた。クリスは真っ赤になって俯いている。昼前だし、食欲が刺激されるのは仕方ない。
「昼食にしようか?」
俺のセリフに、クリスだけでなく子供達の目が輝いた。
「流石にお前たちが食べ歩きはダメだろう…」
俺のセリフに、子供達からブーイングが出る。クリスも少ししょんぼりぎみになったのを見て、俺は溜息をつき姉上を見る。
「ふふふ。少し行ったところに広場があるわ。そちらで食べましょう」
姉上の楽しそうなセリフにクリスを含め子供達は笑顔で手を上げた。
「お許しが出たぞ。食べたいものを買って集合しよう。クリスは俺と一緒な」
「は、い」
俺達が手を繋いでソースの良い匂いが辺りに充満している、肉の串焼きの屋台に並んで、注文していると、どこかから突き刺さるような視線を向けられた。
クリスと繋いだ手に力がこもる。
クリスの手がかすかにふるえている…
視線の正体がこの子にはわかっているんだろう。
俺は軽く視線を巡らせた。少し離れた店前で伯爵家のあの兄弟たちがこちらを睨みつけてきていた。
緊張している空気を壊したのは屋台のオヤジさんの元気な声。
「いっぱい買ってくれたから、可愛い坊ちゃんにおまけだ」
そう言ってクリスに差し出されたのは肉の違う焼き串。戸惑いながらクリスは
「あ、りが、と…ござ、いま、す」
いつものようにたどたどしくゆっくりと返事をすると、屋台のオヤジさんが豪快な笑顔で、
「おお、お礼が言えて偉いな坊ちゃん」
そう褒めてくれたことで、少し震えて萎縮していたクリスの力が、少しだけ抜けた。
おやじさんに軽く礼を言って進もうとした時、奴らがこっちに向かってこようとしているのに気づいた。
俺がすかさず奴ら側の位置に身体を向けて、握った手を反対の手に変え、力強く握りなおす。
その手をクリスもしっかり握りなおしてくれた。
「や…だ」
横から拒絶の言葉が入って来た。俺がクリスの方に視線を向けると、俺の方を見てしっかり、
「あの、ひ、と…た、ち…いや」
自分の気持ちで、自分の言葉で、拒否する事が出来た。
「そうだな。皆と合流しよう」
俺は胸の奥に込み上げるものを感じながら、笑って姉上たちとの合流場所に足を進め、グリーンとサラサ。護衛騎士と合流した時、後ろから怒鳴るように声を掛けられた。
「お前ら待て!」
クリスは俺の手を握り、元兄たちに視線を向けた。
「お荷物!この伯爵家の恥さらしが、お前がなんでこんな所に居るんだ」
グリーンとサラサが俺たちの前に出る。
「あら、ケッチーニッダ伯爵子息様方は、ずいぶんなお言葉です事。」
「そうだな。もう成人もされているのに、礼儀作法も分からず目下の者から声を掛けるなど。ホントに嘆かわしいですね。叔父様」
「目下…だと…」
「そいつは俺たちの元料理人で―――」
「アッシュホールド侯爵家の子息ですよ叔父様は」
「「なっ!」」
「そしてあなた達が”お荷物”なんて呼んだ方はその伴侶」
「”目下”の意味がお分かりかしら?」
クリスの元兄たちはぐぬぬと歯噛みした後、一目散に逃げて行った。
奴らの背が人込みに消える。
――その時になって、ようやくクリスの手から力が抜けた。
「お前達…」
俺が呆れた声を出すと、二人が得意満面に振り返った。そして、
「言ってやりましたわ!」
「言ってやった!」
二人して貴族の子供達にあるまじき拳を握りしめ達成感に震えていた。
「私達のクリスを虐めたいじめっ子にモノ申したかったのですわ」
「すっきりした!」
二人の頼もしい言葉を聞いて横に居たクリスは、俺の手を放し二人に駆け出し
両手を広げ、ギュウっと二人に抱き着いて、涙を流しながら、
「あ、り…がと…う」
その言葉は、もう震えていなかった。
そんなクリスを、二人共優しく抱きしめ返した。
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