6話 選択と新しい自分
陽光が真上から降り注ぐ昼食時、鼻歌交じりに昼食の乗ったトレーを持って、クリスが寝ている俺たちの部屋に入った。
室内の小さなテーブルに湯気の立つスープが入った食事を置いて振り返りクリスに笑いかけた。
「今日は先生から固形物摂取のお許しが出たから、食べやすく切った肉が入った、トマトスープにしてみたぞ」
そんな俺の顔を、クリスは困惑気味にじっと見つめていた。
見慣れないものを見るように、少しだけ首を傾げて。
「リ…ド?」
「ん?どうしたクリス?」
大きな目を広げとても驚いていると表情が告げている。
……あ、そうか。
俺は顎に手を添えて、いつもあるモノが無い事で気が付いた。
髭を剃ったせいか。
「悪いな、少し顔が変わっただろ」
俺の言葉にクリスはコクコクと大きく首を振っている。
髭を剃ったせいか。
数年ぶりの顔に俺自身も見慣れないから、クリスが戸惑うのも仕方ない。
結婚したという気分的にも少し浮かれた気分もあったと思う。
しかし…数年ぶりに髭無しの顔になった事で、髭の無い俺と初対面のクリスを困惑させてしまったようだ…
そんなクリスの前に、ずいっと香ばしい緑色のパンが入った籠を置く。
クリスは首を傾げていた。
「み…ど、り?」
小さくつぶやく声も、仕草も可愛くてついつい口元がほころぶ。
「薬草のヨモギを練り込んだパンだ」
俺の言葉に目を見開き、小さくちぎって口に含んでは目を輝かせている。
「美味しいか?」
俺の質問にコクコクと頷いているクリスに俺は質問してみる。
「柔らかい白いパンと、この緑のヨモギパン。クリスはどっちが好きだ?」
俺の質問に咀嚼していた口の動きまで止まって、固まっていた。
そんな姿に俺は苦笑しながら、
「明日の朝のパンどっちにしようか迷っているんだ。クリスならどっちにする?」
俺の言葉を聞き目をパチパチと瞬きそして手に持っていたパンを指さした。
「そっか。じゃあ明日の朝もヨモギのパンにしような」
俺がいつもの、顔を見る様に覗き込むと、クリスは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
あれ―――?
なんで?別人みたいに見えるせいか?俺…髭が無いとクリスに嫌われちゃう?
それは困る。伸びるまでまだしばらくかかる
そんな事を思っていると、コンコンと部屋の扉を叩く音がした。
「どうぞ~」
俺の返事と共に部屋の扉が開き、そこには姉上と子供が二人立っていた。
3人がクリスが座るテーブルまで来ると、姉上が優しい声で自己紹介を始めた。
「紹介が遅れてごめんなさい。
私がリカルドの姉のエルリーシア・オセッテノ。
家族としてこれから宜しく。クリスさん」
そう言ってそっとクリスの手を握った。
クリスは怖がることなく、姉上の顔を眩しそうに見ていた。
そして、横の深緑の髪色の少年に視線を向けると、少年が口を開いた。
「僕はグリーン・オセッテノです。貴族学院中等部2年13歳です。よろしく」
見上げる背丈の少年を見て手に力が入ったのか、姉上が心配そうにクリスを見ていた。その視線に気づいたクリスが姉上に視線を合わせ、ニコリと笑ってから、グリーンに向かって頭を下げた。
そのグリーンの前に飛び出してクリスの前に出てきたのは、クリスと同じくらいの背丈の姪っ子。
「私はサラサ・オセッテノ。11歳よろしくお願いしますわ。クリス姉様」
「「え……?」」
クリスの小さな声と、俺の声が重なった。
俺達の漏らした声にサラサが固まった。
「え?」
クリスは困った顔で俺を見てきて、俺も困った。ひとまずは誤解を解かなければ……
俺はコホンと軽い咳を出してから皆に告げる。
「あーーーえっと、クリスは16歳の男性だ」
「え?リカルド叔父様の伴侶って聞いていたから……
勘違いしてごめんなさい」
サラサが素直に謝ってくれて、そして改めて呼びなおしてくれた。
「じゃあクリス兄様ですわね。よろしくですわ」
サクサク話していくサラサに俺は感心して褒めると
「サラサは随分しっかりしているな───」
「あらもうお茶会などに行くと皆このようなものですわよ?」
サラサは胸を張って そう言い切った。そんなサラサに押されているクリスを見ながら、グリーンもクリスに声を掛けた。
「なークリス、少し髪切ったらどうだ?
髪パサついてるし、前が見にくくないか?」
伸びきっている髪は視界の邪魔にもなるので俺も切るのには賛成だが、クリスはどうだろうな?そう思いながら二人を見守ってみると、
「おじさんも朝から髭を母様に剃るように言われてて変わっただろ。
おじさんがお兄さんになって僕びっくりしたよ。
気分きっとよくなるよ。違う自分になるみたいで」
グリーン…言い方がひどい。……おじさん?
俺、そんなに年食って見えるのか……。
少しショックを受けていると、か細い声でクリスに呼ばれた。
「リ…ド…」
これはどうしたら良いのか困ってる表情だな。
「クリスが選んだらいいんだよ。どうしたい?」
俺の言葉にクリスの目が揺れた。自分の髪の毛をイジイジと弄りながら俺の顔をもう一度確認する。
「今のまま変わらないクリスでも良いし、俺みたいにすっきりしても良い。どうしたい?」
優しく言葉を紡ぐと俺の袖を引っ張って、
「……切、る」
小さな声だった。
小さいけれど初めて自分で自分の事を決断した声だった。
俺は嬉しくてニコニコしながらクリスに声を掛けると不思議そうな顔をされた。
「楽しみだな」
「た、の…しみ?」
「そうだぞ。俺の伴侶が変身した姿、楽しみだな。」
俺の言葉を聞いた途端、クリスは顔だけじゃなく、耳や首まで、真っ赤になった。
「クリス兄さま……可愛いですわ」
「そうねぇ、リカルド。こういう子が好みだったのね」
「姉上、サラサ……勘弁してください」
食事が終わると、椅子に座ったクリスの髪に姉上がシャキシャキとハサミを入れる。
長く伸びて傷んだ髪が、パサリ、パサリと床に落ちていく。
そのたびに、
この子があの家で耐えてきた時間が、
少しずつ切り離されていくように見えた。
姉上が手鏡をクリスに渡して自分で見てと声を掛けました。
鏡を見て自分の瞳が青かったことをクリスは驚いていました。
自分の目を指さしながら、
「ハク、シャク…さま、と…おな、じ?」
俺は首を振りました。そして頭を優しくなでながら、
「クリスの瞳は、青い海の様な色だよ。元気になったら見に行こう」
俺の言葉を聞いて頷きながらクリスは、俺の腕にしがみ付いて、声を殺して泣いた。
――ようやく、自分の顔で泣けたのだと思った。
髪で顔を隠し、
瞳を伏せて生きてきた日々は、もう終わり。
新しい髪で、
新しい顔で、
この子はこれからを生きていく。
読んで頂きありがとうございます(❁´ω`❁)
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