11話 家族になろう
室内からは姉上の柔らかな声音とバスコのハキハキとした声が聞こえてくる。その中に、低く落ち着いた声が混じっていた。
俺は懐かしいその声に、クリスと繋いでいた手に力が入り、クリスが心配げに下から俺の顔を覗き込んでくる。
その愛らしい顔に、思わず頬が緩む。
久しぶりに会う父上がこの扉の中に居る事に緊張しつつも、覚悟を決め、
俺はクリスに向かって頷くと、部屋の扉をノックした。
「リカルドとクリスです」
「入って」
姉上の声が聞こえ扉を開ける。
室内に足を踏み入れると、
——そこに、懐かしい父上の姿があった。
俺と同じ麦わら色の髪を後ろになでつけ髭を蓄えた父上。
家を飛び出した…あの時と変わらない姿―――
そんな父上は、俺の姿を見るとガタリと立ち上がり、駆け寄って来たかと思うと、力強い腕で、俺を抱きしめた。
父のその腕に、気恥ずかしくも…懐かしさがこみあげて、クリスの前で目尻を濡らす。
「…お久しぶりです、父上」
「まったくだ、この親不孝者が。
――――しかしお前が無事でよかった」
そう言って一層力強く抱きしめる。俺が少しの苦しさに父上の手を叩くと父上が腕の力を緩めてくれた。そして父上は、あの時言えなかった言葉を、ようやく口にした。
「あの時、友を失った…お前の気持ちを慮ってやれなかったことを、私は後悔しているよ…」
「父上…」
俺達はお互い無言で抱き合った。
その俺たちの姿をクリスは、繋いだ手のまま、優しい目で見守っていた。
そんなクリスに父上が気づいたのか、少し照れながら、俺から離れ、紹介を促してきた。
「ところで…お前の伴侶を私に紹介しておくれ」
「―――はい」
クリスと繋いだ手を少し持ち上げてから、
「クリス・アッシュホールド。
俺の、可愛くてしょうがない……大切な伴侶です。」
俺の言葉に真っ赤になりながらも、笑うクリスも、頑張って言葉を紡ぐ。
「ク、クリ…ス、で、す…お、ねがい、し…ます」
頭を下げた彼の目の前に、父上は視線が合うように片膝をついて、
「クリス君か。……ずいぶんと小さいな」
その言葉に緊張して、びくりと肩が跳ねたクリス。
そんな彼に父上はつらつらと話し出す。
「我が領は鹿肉が獲れるんだ。山も海も近くにあってな、魚も獲れる。旨いものが一杯ある領地だ」
「りょう、ち?」
不思議そうに問い返すクリスに、父上は鷹揚に頷くと、俺に視線を向けて笑う。
「そうだぞ。最近邸内の庭でいろいろな野菜も育てている。色々料理を作れる」
「父上……」
その言葉に、思わず唇を噛んだ。
「だからね、リドと一緒においで」
父上は、クリスと俺が繋いでいる手をそっと包み込み、優しく笑った。
「私たちはもう家族なのだから。だから君の家は我が領地、我が屋敷だ。いっぱい食べていっぱい動いて、大きくなったらいい」
クリスの瞳が揺れ、一度俺を見上げると瞳から雫が落ち、彼の頬を濡らしていく。
笑いながら涙を流し、こくりと頷き、震える肩を俺にあずけた。
小さな声がした。
か細く頼りない声。
「は、い…」
涙を流しながらも笑うクリスが、どうしようもなく愛おしかった。
俺は彼の手を握り、
この小さな手を、もう二度と傷つけないように守り抜くと決めた。
そんな俺の決意に気づいてか、父上はにこやかに立ち上がり、俺とクリスの肩を叩く。
「明日には領地に向かおう。面倒な輩がここにきてはエリーに迷惑が掛かるからね」
そう言って姉上を見ると、姉上はコテンと首をかしげながら頬に手を添えて不思議そうな顔をしている。
「あら?我が家からの抗議文が不服で来るのかしら」
「抗議文?」
姉上の言葉に俺は困惑した。何の話だ?
面倒な輩ってケッチーニッダ伯爵家の事…だよな?
俺の困惑げな顔を見て、姉上は困った子ねっと言わんばかりの顔をする。
「グリーンとサラサから聞いていますわ。昨日無礼者に絡まれた事。
その事について、礼儀の有無についてきちんと釘をさしておきましたのに」
姉上?何しているんだ?俺はさらに困惑げに姉上を見ると、父上からも
「あぁ、私からもしっかり釘をさしておいたよ。」
え?いつ?なんで?俺の脳内は”?”がいっぱい飛んでいる。クリスも二人の言葉を聞き少し不安そうに俺とつないだ手に力が入る。
「きちんと、しっかり。前伯爵を通しても。」
父上の笑みに迫力が増した。あれ…これは前伯爵閣下にも怒っておられるのか…
「姉上?…父上?」
「私達、家族を侮辱されてやり過ごす程軽い存在ではありませんのよ」
姉上もニコリと笑う。迫力のある顔で…こわ…
その姉の言葉に父上も鷹揚に頷く。
「そうだな。学園内の貴族の横暴もここ何年も王家を巻き込んで取り組んでもらっているんだ」
「それは…」
「あんな悲しい事が、もう起こらないように。若者の未来を考えての改革だよ」
そうして俺が12年前に貴族という地位を捨てて飛び出した理由
学院内での上位貴族の横暴。その事で友人が死んだ。
その”学院”そのものの在り方を改変するため父が働きかけてくれていたと俺は今日初めて知った――――
今日は俺はダメだな―――
ボロリ、ボロリと瞳から大粒の涙が溢れ落ちる
喉が痛い。
締めつけられる喉からようやく声を絞り出す
「父…上…」
父上達の言葉を聞いたクリスは、涙を流す俺を見て、
「あ、あの…あり、が、とう、ござい、ます」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
それを見て、俺はクリスに続き、姉上と父上に頭を下げた。
「……ありがとう、ございます」
そう言って泣き崩れた俺を、
小さな伴侶が、そっと抱きしめてくれた。
12年胸に残り続けていた滓は、
優しい家族と、小さな伴侶の温もりに、静かに溶かされていった。
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