14 空白のログイン画面
あの日から数日が経過しても、私はキンドレッド・ソウルズ・オンラインのアプリを起動することができずにいた。
夜の暗い部屋の中でベッドの上に仰向けになりながら、スマートフォンの黒い画面を見つめ続ける。
電源を入れる勇気が出ないのは、画面の向こう側に先輩の冷たい拒絶が残っているような気がしたからだ。
大人しく回復だけしてて。
網膜に焼き付いたその一文が、目を閉じるたびに鮮明に蘇り、私の胸の奥を鋭利な刃物で何度もえぐり取っていく。
先輩の言うことは正しかった。
ゲームの攻略という観点において、私のプレイスタイルは完全に間違っている。
後衛で支援に徹するべきヒーラーが、防御力も持たずに最前線へ飛び出して倒れ続けるなど、ただの足手まといでしかない。
けれど、私が最前線に出たかった理由は、ゲームを効率よくクリアするためではなかった。
現実の世界で、親の期待や周囲の重圧という目に見えない敵から絶え間なく攻撃され、手のひらが豆だらけになるまで一人で戦い続けている彼女を、少しでも休ませてあげたかったのだ。
せめて仮想の空間でくらい、私が彼女の前に立ち、すべての障害を打ち砕いて彼女を守り抜きたかった。
その祈りを込めて手にしたのが、彼女が私のために用意してくれた、あの鈍色のメイスだったはずだ。
しかし、私が振るったその武器は結果として彼女の負担を増やし、現実の苛立ちを増幅させる原因になってしまった。
私と彼女を繋ぐ証だったはずのメイスは、今や私と彼女の決定的な力量の差と、どう足掻いても対等にはなれないという残酷な現実を突きつける、ただの冷たいデータの塊へと成り果てていた。
私はスマートフォンをベッドの隅へと放り投げ、掛け布団を頭まですっぽりと被った。
息苦しい暗闇の中、自分の愚かさと無力さに押し潰されそうになりながら、ただ朝が来るのを待つことしかできなかった。
気まずい思いを抱えたまま、学校での数日間が過ぎていった。
季節は七月の半ばを迎え、一学期の終わりである夏休みはもう目と鼻の先に迫っていた。
校内はどこか浮き足立った空気に包まれており、すれ違う生徒たちの顔には長い休みへの期待が浮かんでいる。
しかし、私の心だけは梅雨の真ん中に取り残されたかのように、重く沈み込んでいた。
昼休み、図書室へ向かうために渡り廊下を歩いていた時だった。
前方から、数人の友人たちに囲まれて歩いてくる先輩の姿が見えた。
綺麗に切り揃えられた内巻きのボブヘア。
誰に対しても分け隔てなく向けられる、太陽のような明るい笑顔。
私を見つけて、先輩の足の動きが一瞬だけ止まったように見えた。
その瞬間――私の体は反射的に縮こまり、視線を足元の床へと強く固定してしまった。
挨拶をしなければならない。
謝らなければならない。
頭の中では理解しているのに、声が出ない。
先輩が私に対してどのような感情を抱いているのかを想像するだけで、足がすくんでしまうのだ。
先輩は私のことなど、ただの役立たずで自分勝手な後輩だと見限ってしまったに違いない。
あの鋭い拒絶の言葉を思い出し、私は逃げるように歩調を速めた。
すれ違う一瞬、私の鼻腔を爽やかなシトラスの香りが掠め去っていく。
背中に先輩の視線が突き刺さっているような気がして、冷や汗が制服の下を伝い落ちた。
振り返る勇気などあるはずもなく、私はただ早足でその場から遠ざかることしかできなかった。
孤独な思い込みが、私を暗い穴の底へと引きずり込んでいく。
その日の放課後、空模様は唐突に反転した。
午前中まで照りつけていた強烈な夏の日差しは、どこからともなく湧き出た漆黒の雲によって完全に遮断され、世界は夕闇のように暗く沈み込んだ。
空気を切り裂くような鋭い閃光が窓の外を白く染め上げ、数秒遅れて、腹の底を揺るがすような重たい雷鳴が轟いた。
それを合図にしたかのように、天の底が抜けたような凄まじい豪雨が地上に叩きつけられ始めた。
容赦のない雷雨だった。
私はホームルームが終わるとすぐに鞄を持ち、昇降口へと向かった。
外に出ることはおろか、数メートル先の景色すら白く濁って見えないほどの雨量だ。
アスファルトを打ち付ける水の音は、耳を塞ぎたくなるほどの暴力的な音量を伴っている。
昇降口には私の他にも雨宿りをする生徒が数人いたが、時間が経つにつれて家族の迎えの車に乗り込んだり、諦めて雨の中を走り出したりして、一人、また一人と姿を消していった。
気づけば、薄暗い昇降口に残されているのは私一人だけになっていた。
長傘は持っていたが、この落雷の危険がある中を歩いて帰る気にはなれず、私は下駄箱の冷たい金属の扉に背中を預けて、ただぼんやりと外の景色を眺めていた。
ふと、背後の廊下から近づいてくる足音が聞こえた。
運動靴が床を擦る音。
誰かがこちらへ向かってきている。
無意識にそちらへ視線を向けた私の全身が、氷水を浴びたように硬直した。
そこに立っていたのは、栞先輩だった。
テニス部の指定のウェアを身に纏い、肩にはいつもの大きなラケットバッグを提げている。
ポニーテールに結い上げられた髪の毛先が、歩くたびに小さく揺れていた。
グラウンドは瞬く間に泥沼と化し、この雷雨では屋外での部活動など到底不可能だ。
部活が急遽中止になり、練習着のまま途方に暮れて昇降口まで降りてきたのだろう。
先輩の足が止まった。
周囲には誰もいない。
雷鳴と激しい雨音だけが、私たちを包囲する密室の壁のように機能している。
逃げ場はなかった。
数日ぶりに正面から視線が交錯する。
先輩の大きな瞳が、驚きと――そして、何かを躊躇うような複雑な色を帯びて揺れ動いているのがはっきりと見えた。
私の心臓が、痛いほどの早鐘を打ち始める。
何を言われるのだろうか。
ゲームのことか、それとも廊下で無視してしまったことか。
謝らなければならないと言葉を探すが、喉の奥が干からびたように張り付き、どうしても音にすることができない。
永遠にも等しい数秒間の沈黙が、二人の間に横たわった。
再び空が鋭く発光し、昇降口の薄暗い空間を白日のように照らし出す。
続く雷鳴が建物を震わせた直後、重苦しい空気を切り裂くようにして、先に口を開いたのは先輩の方だった。
「茉莉花ちゃん」
雨音に負けないほどにはっきりと、けれどどこか迷いを孕んだ低い声だった。
私の名前を呼ぶその響きには、いつも私に向けられていた明るい温もりはなく、代わりにひどく切実な感情が込められているように聞こえた。
私は下駄箱から背中を離し、両手でスカートの生地を強く握り締めた。
雨の匂いと、先輩から漂う微かなシトラスの香り。
夏の嵐が閉じ込めたこの狭い空間で、私たちはついに避けられない現実と向き合うことになったのだ。




