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STR全振り脳筋ヒーラーは恋をする  作者: 白月つむぎ


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13 拒絶の言葉

 七月も中旬を過ぎると、教室の窓から吹き込む風は完全に夏の熱を帯びていた。


 黒板の前に立つ教師が、名前を呼びながら一枚ずつ答案用紙を返却していく。

 受け取った生徒たちの反応は様々だったが、私の胸の内はこれまでにないほどの達成感と高揚感で満たされていた。


 私の手元にある数学と英語の答案用紙には、平均点を大きく上回る数字が赤いペンで書き込まれていた。

 これまでの私からすれば、奇跡に近い点数だ。

 赤点回避どころか、クラスの上位三分の一に入る成績を収めることができた。

 すべては、あの休日に栞先輩が丁寧に勉強を教えてくれたおかげだった。


 放課後、私は浮き立つ心を抑えきれずに二年A組の教室へと向かった。

 廊下で私を見つけた先輩は、私の手にある答案用紙の点数を見ると、自分のことのように喜んでくれた。


「すごい! 茉莉花ちゃん、本当に頑張ったね。あたしの教えたところも完璧に解けてる」


 太陽のような笑顔で手放しに褒められ、私は照れくささで俯くことしかできなかった。

 先輩自身の成績を尋ねると、彼女は少しだけ誇らしげに学年上位の一桁の順位だったことを教えてくれた。

 文武両道、という言葉はまさに彼女のためにあるのだと改めて実感する。


 私たちは互いの健闘を称え合い、最高の気分で別れた。

 このまま、先輩との甘くて幸せな時間がずっと続いていくのだと、私は疑いもしていなかった。


 その日の夜。

 自室でキンドレッド・ソウルズ・オンラインにログインした私は、噴水広場で待っていたザワの様子がいつもと違うことにすぐに気がついた。


 挨拶のチャットが素っ気なく、動きにもどこか落ち着きがない。

 フィールドに出て簡単な敵と戦ってみても、彼女の防御のタイミングは雑で、明らかに何かに苛立っているように見えた。


『先輩、どうかしたんですか? 何か、嫌なことでもありましたか?』


 安全地帯で休息をとっている最中、私は思い切って尋ねた。

 しばらくの間、キャラクターの頭上の入力アイコンが点滅を繰り返し、やがて重苦しい言葉が画面に表示された。


『……今日、家に帰ってからお母さんと喧嘩しちゃって』


 私は息を呑んだ。

 あんなに素晴らしい成績を収めていたのに、喧嘩になる理由が見当たらなかった。


『せっかく学年一桁の順位を取ったのに、一位じゃないと意味がないって怒られたの。テニスを言い訳にするなって。あたし、あんなに頑張って、大会も勉強も両立したつもりだったのに』


 画面越しの文字から、先輩の悔しさとやり場のない怒りが痛いほど伝わってくる。

 完璧を求められるがゆえの残酷な仕打ち。

 先輩の努力を一番近くで見てきた私にとって、それは許し難い理不尽だった。


 何か慰めの言葉をかけたいけれど、私には親の期待に応えるという重圧の経験がなく、薄っぺらい言葉しか浮かばない。

 だから私は、ゲームの世界で彼女を助けることを提案した。


『先輩。今日、新しく実装された高難易度ダンジョンに行ってみませんか? 強いボスを倒せば、少しは気晴らしになるかもしれません』


『高難易度……うん、そうだね。今のムシャクシャした気分なら、ちょうどいいかも!』


 私たちは準備を整え、深淵の門と呼ばれる禍々しい装飾が施されたダンジョンへと足を踏み入れた。

 最深部で待ち受けていたのは、巨大な鎌を携えた死神のようなボスだった。


 戦闘が始まった瞬間、私はステータスをすべて筋力に振った聖職者としての役割を果たすべく、手にした鈍色のメイスを構えて最前線へと飛び出した。

 現実の世界で傷つき、理不尽な思いをしている先輩をこれ以上戦いの矢面に立たせるわけにはいかない。

 私が彼女の前に立ち、すべての敵を粉砕して彼女を守り抜くのだ。


 私はボスの巨大な体に近寄り、重たいメイスを力任せに振り下ろした。

 しかし、これまでのフィールドの敵とは違い、高難易度ボスの体力ゲージはほんの僅かしか減らなかった。


 次の瞬間――ボスが手にした大鎌を大きく薙ぎ払った。

 回避する隙もなく、私の操作するキャラクターの体は虚空へと吹き飛ばされた。


 画面の端にある私の体力ゲージが、一撃でゼロになる。

 回復も防御も捨てて物理攻撃力にすべてを注ぎ込んでいた私のキャラクターには、ボスの強力な範囲攻撃を耐え抜く耐久力など微塵も残されていなかった。

 画面が暗転し、戦闘不能を知らせる文字が表示される。


『マリちゃん! ちょっと待ってて、今蘇生アイテム使うから』


 ザワが敵の攻撃を盾で受け流しながら、貴重な消費アイテムを使って私を復活させてくれた。

 体力が僅かに回復して立ち上がった私は、再びメイスを握り直した。


 ここで下がるわけにはいかない。

 先輩に苦労をかけないために、私がダメージを与えなければ。


 私は再びボスの正面へと突撃した。

 しかし、結果は同じだった。

 ボスの重い一撃を浴び、またしても私は冷たい石畳の上に倒れ伏した。


 戦闘不能と蘇生。

 それが三度繰り返された時、ボスの攻撃の合間を縫って、ザワのキャラクターが完全に動きを止めた。


『マリちゃん、ちょっと待って』


 チャット欄に表示された文字は、普段の先輩の口調とは明らかに異なる、硬く冷たい響きを持っていた。


『このボスは、さすがにそのプレイスタイルじゃ無理だよ。攻撃力が高すぎて、マリちゃんが倒れるたびに蘇生させてたらこっちがもたない』


 真っ当な攻略の指摘だった。

 冷静に考えれば、最前線で倒れ続けるメンバーを抱えて高難易度ボスを討伐するなど不可能なことは誰にでも分かる。


 けれど、私の心の中にあったのは、先輩を守りたいという純粋な愛情だけだった。

 対等に隣に立ちたいという願いだけだった。


『すみません、次こそは避けますから。私が攻撃して、先輩の負担を減らしたいんです』


 必死に打ち込んだ私の言葉に対する返答は、私の心を根元からへし折るほどに鋭利なものだった。


『お願いだから、前に出ないで大人しく回復だけしてて』


 その一文が画面に表示された瞬間、私は呼吸の仕方を忘れてしまった。


 大人しく回復だけしてて。

 それは、私のプレイスタイルの完全な否定だった。


 私が先輩と対等になるために選んだ道。

 傷つく前に敵を倒すために振り上げたメイス。

 その後衛の役割を捨てた覚悟のすべてが、今の彼女にとってはただの足手まといであり、攻略を阻害する迷惑な行為でしかないのだと突きつけられた。


 彼女の言っていることは、ゲームのプレイヤーとしては百パーセント正しい。

 しかし、その正論は、私にとっては先輩の隣に並び立つことを拒絶されたのと同じ意味を持っていた。


『……ごめんなさい』


 震える指でそれだけを打ち込むのが精一杯だった。

 私の言葉に対するザワからの返信はなかった。


 気まずい沈黙が数秒間続いた後、彼女は何も言わずにゲームからログアウトしてしまった。

 パーティが解散され、ボスの攻撃を一人で受けた私のキャラクターは、再びあっけなく戦闘不能となって画面に倒れ伏した。


 暗転したスマートフォンの画面に、自分の力ない顔が反射している。

 窓の外から、いつの間にか降り出した夏の夜の雨音が聞こえてきた。


 あんなに近づけたと思っていた彼女との距離が、たった一つの致命的なすれ違いによって見えないほど遠くまで引き離されてしまった。


 手の中に残された鈍色のメイスが、今はただの無意味な鉄の塊にしか感じられず、私は暗い部屋の中でただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

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