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STR全振り脳筋ヒーラーは恋をする  作者: 白月つむぎ


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11 雨降る夕暮れの相合傘

 昼休み、私はいつもなら絶対に立ち入ることのない二年生の教室がある階へと足を踏み入れていた。

 行き交う上級生たちの視線が気になり、制服のスカートの裾を無意識に強く握り締める。

 私の目的は、廊下の奥にある二年A組の教室だった。


 テニスの大会での優勝。

 私はどうしても今日のうちに、先輩に直接お祝いの言葉を伝えたかったのだ。


 二年A組の教室の前に辿り着くと、栞先輩の姿はすぐに見つかった。

 彼女の周囲には常に何人もの生徒が集まっており、楽しそうな話し声が廊下まで響いてくる。

 華やかな輪の中心で笑う先輩の姿に、気後れして足が止まりそうになる。

 しかし、今日の私には絶対に彼女を喫茶店に誘うという強い目的があった。


 壁際に立って彼女の会話が途切れるのを待っていると、不意に先輩がこちらを振り向いた。

 私と目が合うと、彼女は周囲の友人たちに少しだけ手を上げて断りを入れた後、真っ直ぐに私のもとへ歩み寄ってきた。


「茉莉花ちゃん、どうしたの? 二年生の階まで来るなんて珍しいね」


 不思議そうに首を傾げる先輩を前にして、私は腹の底に力を入れた。


「栞先輩。あの、昨日は本当に、優勝おめでとうございます。直接言いたくて、来てしまいました」


 私の言葉に、先輩は照れくさそうに目尻を下げて微笑んだ。


「ありがとう。茉莉花ちゃんがくれた猫のお守りのおかげだよ。ラケットバッグにつけて試合に出たら、すごく体が軽く感じたんだ」


 先輩の言葉が嬉しくて、私の顔にも自然と熱が集まる。

 そして、私は息を深く吸い込み、今日一番の勇気を振り絞って口を開いた。


「あの、もし今日の放課後、先輩の時間が空いているなら。私に、優勝のお祝いをさせてくれませんか? 駅前の喫茶店で、何かご馳走させてほしいんです」


 声が裏返らなかったのは奇跡に近い。

 先輩は瞬きを繰り返し、それから花が綻ぶような明るい笑顔を見せた。


「ほんと? 嬉しい。それじゃあ、大好物のいちごパフェを奢ってもらっちゃおうかな! 今日の放課後、昇降口で待ち合わせでいい?」


「はい! よろしくお願いします」


 約束を取り付けた私は、逃げるように自分の教室へと戻った。

 心臓がうるさいほど激しく打ち鳴らされ、午後の授業はまったく頭に入ってこなかった。


 放課後、私たちは駅から少し歩いた場所にある純喫茶カトレアというお店にやってきた。

 若者が集まる洗練されたお洒落なカフェとは違う、昔ながらの落ち着いた雰囲気の喫茶店だ。


 えんじ色のベルベットのソファと、木目の美しい重厚なテーブル。

 店内には静かなクラシック音楽が流れており、焙煎された珈琲の深い香りが漂っている。

 私たちの他には数人の常連客らしき姿があるだけだった。


 向かい合って座り、メニューを開く。

 私は先輩へのご馳走の分のお金しか用意していなかったため、自分は一番安い紅茶だけにしようと心の中で決めていた。


 白いエプロンを着けた店員さんが注文を取りに来ると、先輩は迷うことなくいちごパフェを頼んだ。

 私が紅茶を注文しようと口を開きかけた瞬間、先輩が店員さんに向かって明るい声で告げた。


「それと、チョコレートパフェお願いします」


「えっ、先輩、私はいらないですよ。今日は私がお祝いする日ですから」


 私が慌てて制止しようとするが、店員さんは手元の紙に注文を書き留めて奥へと下がってしまった。


「いいの。茉莉花ちゃんがいちごパフェを奢ってくれるなら、あたしが茉莉花ちゃんにチョコレートパフェを奢る。だって、昨日は茉莉花ちゃんも聖職者に転職できた記念日じゃない。これは、二次職のお祝いだよ」


 先輩は悪戯っぽく片目を閉じて笑った。

 ゲームの中での出来事を、こうして現実の世界でお祝いしてもらえるなんて思ってもみなかった。

 胸の奥がじんわりと温かくなり、私は素直にその言葉に甘えることにした。


 運ばれてきた二つのパフェは、背の高い硝子の器の中で色鮮やかな層を作り出していた。

 真っ赤な苺がふんだんに使われた先輩のパフェと、濃厚なチョコレートソースと真っ白な生クリームが乗った私のパフェ。


 私たちは長いスプーンを手に取り、同時に一口目を口に運んだ。

 冷たくて甘いチョコレートの味が、口の中いっぱいに広がる。

 昨日の試合の様子や、ゲームで手に入れた鈍色のメイスの使い心地について、私たちは時間を忘れて語り合った。


 学校の制服を着たまま、放課後に二人きりで甘いものを食べる。

 ただそれだけのことが、私にとっては信じられないほど特別で、幸福な時間に感じられた。


 純喫茶カトレアを出ると、空模様は一変していた。

 朝はあんなに晴れていたというのに、空は厚い鉛色の雲に覆われ冷たい雨がとめどなく降り注いでいる。


 梅雨時特有の、唐突で容赦のない雨だった。

 アスファルトを叩く激しい雨音が、周囲の雑音をすべて遮断していく。


「降ってきちゃった。朝は晴れてたから傘置いてきちゃったよ」


 先輩は軒下で灰色の空を見上げ、困ったように肩をすくめた。

 私は自分の鞄を開け、中から折り畳み傘を取り出した。

 天気予報を見て念のために持ってきていた自分の用意周到さに、今日ほど感謝した日はない。


「先輩、私の傘に入ってください。駅まで一緒に行きましょう」


 私が傘を開いて差し出すと、先輩は申し訳なさそうに眉を下げた。


「悪いね、茉莉花ちゃん。ありがとう」


 一つの傘の下に、二人が並んで入る。

 私の傘は普通の大きさなので、雨に濡れないようにするためには自然と肩を寄せ合う必要があった。

 先輩が傘の内側に入り込むと、彼女の体温と、いつも微かに香る爽やかなシトラスの香水が雨の匂いに混じって私の鼻腔をくすぐった。


 歩幅を合わせて歩くたび、制服の袖越しに先輩の二の腕が私の腕に触れる。その度に行き場のない熱が全身を巡り、私は自分の顔が赤く染まっていくのを感じていた。


 先輩の右肩が濡れてしまわないように、私は無意識のうちに傘の柄を持つ手を少しだけ彼女の方へと傾けていた。

 自分の左肩に冷たい雨粒が当たっていることなど、今の私にはまったく気にならなかった。


 駅へと続く道を半ばほど歩き、水たまりに街灯の光が反射し始めた頃、先輩がふと歩みを遅め、私の顔を覗き込んだ。


「茉莉花ちゃん、左肩が濡れちゃうよ。傘、あたしの方に傾けすぎ」


 そう指摘した直後、先輩は私の右肩に自分の左腕を回し、力を込めて私を彼女の方へと引き寄せた。

 密着するような至近距離。

 先輩の柔らかな体が私の側面に触れ、温かな息遣いが耳元に届くほどの距離になった。


「こうすれば、二人とも濡れないでしょ。傘、あたしが持つよ」


 先輩は私の手から傘の柄を自然な動作で受け取り、二人の中央で真っ直ぐに支え直した。

 彼女の背の高さに合わせて傘が少しだけ上に持ち上がり、私は彼女の腕の中にすっぽりと包み込まれるような形になった。


 胸の鼓動が、自分でも恐ろしいほどの早鐘を打っている。

 この激しい音が雨音に紛れて彼女に聞こえないことを祈りながら、私は硬直したまま小さく頷くことしかできなかった。


 降りしきる雨が作る水の幕は、私たちの歩む道を他者から完全に切り離し、世界に二人きりになったかのような錯覚を与えてくれる。

 ゲームの中では鈍色のメイスを振るって彼女の隣に並び立つと誓ったばかりなのに、現実の世界の私は相合傘の傾きすら彼女に修正され、こうして肩を抱かれて庇われている。


 その事実がもどかしくもあり、同時に、彼女の腕の中に閉じ込められるこの時間が永遠に続いてほしいと願ってしまう自分もいた。


 駅の改札が見えてくるまでの間、私は彼女のシトラスの香りに意識を委ねながら、この甘くて切ない雨の記憶を心に深く刻み込んでいた。

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