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STR全振り脳筋ヒーラーは恋をする  作者: 白月つむぎ


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10/23

10 祝福のファンファーレ

 深い夜の闇が窓の外を包み込む頃、私は自室のベッドに腰を下ろし、手の中のスマートフォンを見つめていた。

 画面には、いつものようにキンドレッド・ソウルズ・オンラインのログイン画面が表示されている。


 今日一日、私の頭の中は常に栞先輩のことでいっぱいだった。

 朝、昇降口で渡した猫のお守り。

 涙を流した後に見せてくれた、あの力強い笑顔。

 彼女は今日、すべての重圧を背負ってテニスの大会に挑んだはずだ。


 結果はどうだったのだろうか。

 学校では学年が違うため様子を知ることはできず、連絡先を知っていても、試合の直後かもしれないと思うと自分からメッセージを送る勇気は出なかった。


 ゲームにログインすれば、きっと彼女に会える。

 そう信じて開始ボタンをタップすると、壮大な音楽と共に初期の街の噴水広場が画面に映し出された。


 見慣れた石畳の景色の中央に、私の分身である白いローブのヒーラー――マリが立っている。

 そしてそのすぐ傍らには、すでにログインしていた銀色の重厚な鎧を纏った騎士――ザワが静かに佇んでいた。


『マリちゃん、こんばんは。今日も早いね』


 チャット欄に表示されたザワの言葉に、私は安堵の息を長く吐き出した。

 無事に帰宅して、こうしてゲームをする余裕があるということは、少なくとも大きな怪我などはなかったということだ。


『こんばんは、ザワさん。今日もよろしくお願いします』


 私は短い挨拶を返し、二人でいつものようにレベル上げのためのフィールドへと向かった。

 街の外れにある薄暗い森の入り口。

 ここは今の私のレベルに最も適した狩り場だった。


 私のレベルは、あと一つ上がれば念願の二次職である聖職者へと転職できるところまで来ている。

 ザワは自分のレベル上げを後回しにして、私の転職を最優先に手伝ってくれていた。


『よし、今日もあたしが前で敵の攻撃を引き受けるから、マリちゃんは後ろから……いや、マリちゃんは自由に殴っていいよ』


『はい、お言葉に甘えて全力で殴らせてもらいます!』


 冗談交じりのやり取りを経て、私たちは森の奥へと足を踏み入れた。

 木々の間から狼の姿をしたモンスターが二匹、こちらへ向かって飛び出してくる。

 ザワが素早く前に出て、巨大な盾を構えて敵の注意を惹きつけた。

 私はその後ろから走り込み、ステータスポイントをすべて筋力に注ぎ込んだ両腕で、手にした樫の木の杖を力任せに振り下ろした。

 鈍い衝撃音が響き渡り、狼のモンスターが光の粒子となって弾け散る。


 間髪入れずもう一匹へと向き直り、再び杖を叩きつける。

 魔法による回復や支援など一切行わない、暴力的な物理攻撃。

 それが私のプレイスタイルとして完全に定着していた。


 戦闘が一段落し、次の敵が現れるまでの短い空白の時間。

 私はずっと気になっていたことを、ついにチャット欄に打ち込んだ。


『あの、ザワさん。今日の現実でのテニスの大会、どうでしたか』


 送信ボタンを押した後、私の心臓は不規則なリズムを刻み始めた。

 もし負けてしまっていたら、不用意に聞いてしまったことで彼女を傷つけてしまうかもしれない。

 けれど、朝の彼女の決意に満ちた背中を思い出すと、どうしても結果を知りたかったのだ。


 画面の向こうのザワは、すぐには返答しなかった。

 キャラクターの頭上にチャット入力中を示す小さなアイコンが点滅を繰り返している。

 私は息を詰めてそのアイコンを見つめ続けた。


 やがて、短い文章が表示された。


『どうだったと思う?』


 私は思わずスマートフォンの画面に顔を近づけた。

 はぐらかすような返答に、焦燥感が募る。


『えっと、私には見当もつきません。もしかして、駄目だったんですか?』


『実はね……』


 ザワの言葉がそこで途切れた。

 続きを促そうと文字を入力しかけたその時、私たちの周囲を囲むように新たなオークの群れが三匹出現した。

 敵の接近を知らせる戦闘用の音楽が流れ出し、強制的に会話が中断される。


『あ、敵が来た。マリちゃん、気をつけて』


『はい!』


 一番いいところで邪魔が入ってしまった。

 早くこのモンスターたちを片付けて、続きを聞かなければならない。


 焦りと結果が知りたいという切実な欲求が、私の指先をかつてないほどの速度で動かさせた。

 私はザワが盾で防御姿勢をとるよりも早く、オークの群れの中心へと単独で突撃した。


 白いローブが風を切り、樫の杖が空気を裂く。

 一撃、また一撃。

 私は無言のまま、的確に敵の急所を狙って重たい一撃を見舞っていく。

 物理攻撃力にすべてを捧げた私の打撃は、同レベル帯の敵の体力をいとも簡単に削り取っていった。


 本来ならタンクであるザワが敵を引きつけ、私が後ろから支援するというのが正しいパーティの姿だ。

 しかし今の私は、先輩を守るためという大義名分すら忘れ、ただ早く結果を教えてほしいという一心で目の前の障害を排除することに没頭していた。


 一体目のオークが倒れ、二体目が私の杖の餌食となる。

 私のあまりの気迫と殲滅速度に、後ろで盾を構えていたザワの頭上にチャットの吹き出しが現れた。


『マリちゃん、ペース早い早い! あたしの出番がまったくないよ!』


『倒します。全部倒しますから、早く続きを教えてください!』


『そんなに急がなくても逃げないよ。オークたちがちょっと可哀想になってきたw』


 笑っているようなザワのチャットを目にしても、私の手は止まらなかった。

 最後の一体となったオークが、鈍重な棍棒を振り上げて抵抗を試みる。

 私はその隙を見逃さず、背後に回り込んで樫の杖を力強く振り抜いた。

 大きな衝撃が森の木々を揺らし、最後のオークが断末魔と共に光の粒子となって消滅していく。


 静寂が戻ったフィールド。

 その瞬間、スマートフォンの画面全体が眩い金色の光に包まれた。

 重厚で華やかな金管楽器の音色が響き渡り、画面の中央にレベルアップを告げる装飾された文字が大きく表示される。


 ついに目標としていたレベルに到達したのだ。

 これで私は、二次職である聖職者への転職資格を得ることができた。


 私がその達成感に大きく息を吐き出した、まったく同じタイミングだった。

 画面の右端に、ザワからの新しいチャットが浮かび上がった。


『試合勝てたし、優勝したよ!』


 金色の祝福の光を背景に表示されたその一文を、私は何度も、何度も読み返した。

 レベルアップのファンファーレが、まるで彼女の優勝を祝福するために鳴り響いているかのように錯覚する。


 優勝。

 その言葉の重みと、彼女が今日まで一人で背負い続けてきたあの手のひらの傷が脳裏をよぎり、私の視界は一瞬で熱い涙によって歪んだ。


 親の期待に応え、周囲の重圧をはねのけ、彼女は自分自身の力で最高の結果を掴み取ったのだ。

 朝、私のお守りを握り締めて見せてくれたあの笑顔が、決して嘘ではなかったことが証明された瞬間だった。


『本当ですか!? 本当に、優勝したんですか!?』


『うん。強敵ばっかりだったけど、なんとか最後まで勝ち切れたよ。朝、マリちゃんがお守りくれたおかげだね。本当にありがとう!』


 スマートフォンの画面に水滴が落ちる。

 私は急いで目元を拭い、喜びの感情をどうやって表現すればいいのか分からず、キャラクターの操作パネルを開いた。

 そして、最近覚えたばかりのアバターの動きを指示するボタンを、無我夢中で連打した。

 画面の中のマリは、両腕を空に向かって高く突き上げ、その場で何度も何度も勢いよく飛び跳ねる。

 それはシステムの機能として用意された喜ぶという名前の動作だったが、今の私の爆発しそうなほどの幸福感を代弁するには、これ以上の方法はなかった。


 白いローブを揺らしながらザワの周囲を飛び回る私のキャラクターを見て、ザワもまた同じように両腕を突き上げて飛び跳ねる動作を返してくれた。

 銀の騎士と白い回復術師が、薄暗い森の中で揃って喜びを表現し合う。

 文字だけのやり取りを超えて、私たちの感情が完全に同期しているような、温かくて幸せな時間が流れていた。


『マリちゃんも、レベルアップおめでとう。これでやっと転職だね!』


『はい。先輩の優勝の報告と一緒に聞けて、本当に最高の気分です。私、今すぐ神殿に行ってきます』


『あたしも一緒に行くよ。見届けたいし』


 私たちは森を抜け、始まりの街の中央にある壮麗な神殿へと向かった。

 大理石で造られた神聖な建物の奥で、転職を司る役割の人物に話しかける。

 いくつかの確認画面を経て、私はついに一次職の回復術師から、二次職の聖職者へと昇格を果たした。


 ステータス画面の職業欄が変化し、新たな称号が刻まれる。

 私が喜びを噛み締めていると、隣に立っていたザワからアイテムの交換を申し出る申請画面が飛び出してきた。

 不思議に思いながら承認ボタンを押すと、私の持ち物袋の中に一つの見慣れない武器が追加された。


 それは、金属で精巧に作られた鈍色の重たい打撃武器。

 聖職者だけが装備することを許される、メイスだった。


『それ、マリちゃんが転職したら渡そうと思って、あたしが作っておいたんだ。市販の武器より少しだけ攻撃力が高くなるように強化してあるから、マリちゃんにぴったりでしょ!』


 チャットの文章から、先輩の得意げな笑顔が透けて見えるようだった。

 彼女はこの日のために、私の極端なプレイスタイルに合わせた武器をわざわざ時間をかけて用意してくれていたのだ。

 自分の大会のことで頭がいっぱいだったはずなのに、ゲームの中の私への気遣いまで忘れない彼女の優しさに、私は再び胸が熱くなるのを止められなかった。


『先輩……ありがとうございます。大切に、敵を殴るのに使わせてもらいます』


『聖職者のセリフじゃないね。でも、マリちゃんらしくていいと思う!』


 私は早速装備画面を開き、今まで使っていた樫の杖から譲り受けたメイスへと持ち替えた。

 画面の中のマリは、細い腕でその重厚な金属の塊をしっかりと握り締めている。


 隣に立つ銀色の聖騎士と、鈍色のメイスを構える白い聖職者。

 現実の世界では、私はまだ彼女の足元にも及ばない冴えない後輩のままだ。


 けれど、この仮想の空間でなら私は彼女の隣に並び立ち、彼女を守るための力を行使することができる。

 画面越しの先輩に向けて、私は心の中で静かに誓った。

 この重たいメイスで、あなたに降りかかるすべての困難を打ち砕いてみせます、と。


 深夜の静寂の中、私の冴えない日常は彼女の存在によってどこまでも鮮やかで、力強い輝きを放ち始めていた。

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