世界とイベント
「ふぅ」
世の中は解からないことだらけだ。引き合わせられて二日目で鎖がぶら下がった犬用の首を持参して、つけてくださいとか言い出す後輩がいるなんて、少なくとも俺は知らなかったし、知りたくなかった。
「……と言うことがあったんだが」
「うん、災難だったっすね。後で注意しておくっす」
ウィゾという後輩と引き合わされてから三日目。労ってくれたプレスとの付き合いもそれなりに慣れてきたと思う。こう、無意識にその大きな胸に視線がいってしまうこともだいぶ減ったはずだ。
「それで、トレーニングの負荷としてはどうっすか?」
「はっきりとは言えないが、体感的には幼馴染と比べると補正はやや控えめだな。まぁ、後輩だし、補正にも個人差はあるだろうからな。想定の範囲内だ」
少なくともトレーニング用の負荷としては問題ないとプレスに俺は告げ。
「とりあえず、これで授業外のパートナーについては問題なくなった訳だ」
授業ではあの不愉快な生き物も俺もパートナーなしの単独だが、急にパートナーをクラス内で見繕う方が無茶なのだ。あの幼馴染は理解していなかったのかもしれないが。
「しかし、怪我の功名と言うか、何と言うか、な」
所行については不愉快生物のマイナス補正としか言いようのない枷が取っ払われたおかげで、一人でもどうにかなっている。逆にあの不愉快生物は俺の補正が消えたことで主に実技面の授業で大苦戦してるが、正直知ったことではない。
「そう言えば昔は座学の授業を教えるとテスト前になると時々喚いてたな」
あの不愉快生き物曰く、実技は補正で助けてるのだから当然のことらしいのだが、昔はこちらとしても魔術剣士科へ入るためにも機嫌を損ねられないと言う部分があって仕方なく教えていたものだ。それもアレが約束を破るまでの話だったが。
「はぁ」
そこで俺が教えなくなってあの不愉快生物の成績が一気に下がれば些少はスカッとしたのだが、学業面ではそこまで愚かではなかったらしく、大幅に成績が下がらなかったことであの不愉快生き物はさらに調子に乗ることとなる。
「遅すぎた、のか」
「先輩?」
「ああ、すまん。ちょっとな」
あの幼馴染が小説に影響されて絶縁してくる前にこっちから絶縁すべきだったかもしれないと考えただけだ、と俺はプレスに明かした。
「それでは確実に『S』には届かなかったと解かっていても……いや、これは身勝手が過ぎるか」
自分に都合よく過去の改変など出来はしない。出来るとすればそれは小説かなにかの中であり、自身の我儘を通すというのも、あの不愉快な生き物と一緒になったようで嫌だった。
◆◇◆
「この世界は、いやこの大陸は大きく三つに分かれている。魔物を駆逐し、追い出し、絶やし、我々人間の為の土地とした『我らが大地』。『我らが大地』への魔物の侵入を妨げるべく作られた『迷宮』、そして『迷宮』より向こうに広がるこれまでの世界そのままの『外界』」
座学の授業で一年の時に習うことだが、少なくとも我らが大地側に住む人間にとっては子供でも知っている常識でもある。
「先人は苦労して魔物を追い出し、最初に浸入を阻む壁を作った。だが、これでは壁が破壊されれば終わりだ。故に先人たちは次に迷宮を作った。壁を壊そうとする魔物が近寄れないように。そして、迷宮の中には比較的温和な魔物の住処も作った」
近くから完全に魔物が居なくなっては魔術を行使するための動物性の触媒の入手が困難となってしまうからだ。故に特殊な施設を除けば実際の魔物を見られる場所で一番近いのは、迷宮となる。
「……はぁ」
幼馴染から離れるのが遅すぎたのではと考えた翌日。こうして一年の時に習うようなことを俺がブツブツ呟いているのは、復習のためではない。
「修学旅行」
と言う名目で魔術士育成学校の学生は年に二回ほど迷宮に赴くのだ。魔物が魔術を使うところを実際に見たり、魔物を解体して触媒を作りだす実習をしたり、魔物と実際に戦ったりと内容は学年によって違うが、旅行なのだから、当然数日間王都を離れることになる。しかもこの旅行は学年ごとであり、プレスと例のマゾ座の人はついてこない。
「何とかなると思った矢先に、これとはな」
毎年の恒例行事だ、当然俺も覚えていた。ただ、あの幼馴染が突然絶縁とか言い出すまでは。
「……拙いことになった」
思わず額に手のひらを当てる。実力面でなら今の俺には何の問題もない。問題はないのだが。
「この行事は班行動――」
そう、俺とあの不愉快生物の絶縁など関係なく、俺はアレへの同行を余儀なくされてしまう。
「まぁ、あっちは鋼鉄の固まりより面の皮が固く厚いだろうし、無神経だろうから問題はなかろうが」
まともな神経と感性の持ち主である俺としては気まずいし、今から憂鬱だった。




