出会い、もしくは
「あ、エレン先輩ここにいたんすか?」
それから数日後、という程経たずに翌日のこと。休み明けの憂鬱気な学生たちをちらほら見かける午前中が終了し、学食に向かう途中で俺はプレスに声をかけられた。たまたま目撃していた下級生がざわめいたりしていたが、そこはもうスルーだ。
「今、ちょっとお時間いただいても?」
「あ、あぁ。昼飯を食べる時間が残るのなら構わないが」
「それなら大丈夫っすよ。ちと引き合わせしたい人がいるだけなんで」
「ほう」
ここで引き合わせたい人とは誰なのかと尋ねなかったのは、俺が覚えていたからだ。トレーニングの負荷としてだが、あの不愉快生き物のかわりとなる魔女座の人間を紹介してくれるという話を。
「しかし、早かったな?」
昨日の今日だ。
「俺としてはもう少し後でも構わなかったんだが」
「先方の希望っすよ。剣聖座だって話したらすぐにでも会いたいって言われて」
「それは……あれだな。お疲れ様だ」
理由がわからないだけに俺にできたのは、おそらくせっつかれたであろうプレスに何とかねぎらいの言葉を絞り出すくらいであり。
「いえ、お気になさらず。それより待ちきれず先方がこっちに来ちゃうとまず間違いなくめんどくさいことになるんで、申し訳ないっすけどこの足でさっさと向かわせてもらうっす」
「そうか。……そうだな」
プレスが声をかけたことで周囲の視線はこちらに集まってる。ここで第三の人物の登場なんて野次馬の好奇心を刺激するだけであろう。まして、件の魔女座の人物をプレスはアレな人と称していた気がする。こう、エキセントリックな人だったりぶっとんだ変人だった場合、野次馬に面白おかしく噂話させるネタを提供することにだってなりかねない。
「おわかりいただけて何よりっす。それで、できればワンクッション置いた方がいいような気もするんで人気がなくなったら、事情を説明させ」
そこまで言って、プレスの言葉が不自然に途切れ。
「プレスちゃん!」
前方からした声に俺は釣られそちらを見る。
「あ」
プレスには悪いが、それで俺は色々なモノを察した。俺が向けた視線の先に居たのは、プレスと同じ紫のバッジを付けた女子学生。おそらくプレスが紹介するつもりであったであろうその人は、他学年の俺ですら知っている有名人だった。
「なるほど、アレと評するわけだ」
魔女座だったとは知らなかったが、それはもういい。
「問題は――」
まだ他学生の目があるこの状況で、どうするか。この一点に尽きるだろう。
「プレスちゃん、この人なのね?」
「あー、えっとー」
周りの目が合っておっぱい、じゃなくてプレスは魔女座の人に答えづらいようだったが、引き合わせるためにとか話してたなら誤魔化すのは難しいと思う、故に。
「プレス、場所を移そう」
校則に触れるようなことはしたくないが、緊急事態だ。
「走れば、あっちの人も追いかけてくるだろ?」
「そ、そうっすね」
俺の言に頷いたプレスは大きすぎる自分の胸を両腕で抑え込む。
「お待たせしたっす」
「ああ」
胸が大きいと走った時に弾んで引っ張られていたくなる。抑え込んだ理由は俺にも理解できたが、言及しないのが紳士というモノだろう。
「では、行くぞ」
そして走り出そうとした俺に向かって。
「踏んでくださいぃぃ」
その人は仰向けに寝転がって滑り込んできた。俺の足が下りる場所に自分の腹が来るように調整しながら。
◆◇◆
「う゛んっ、あぁっ」
苦悶の声にどこか艶っぽい恍惚とした声が続く。
「うん」
どうやら記憶違いではなかったようだ。一学年下にドMの女子学生がいるという噂があったのだ。そして、今俺が踏んでる女子学生はたまたま幼馴染の目がないというか、俺が男子トイレから出てきたところで過去に一度、踏んでほしいと目の前で床に横たわったことがあった。
「俺としたことが」
もっと早く気付くべきだった。プレスがアレだといった時点で相当変人なのはわかっていたのだ。だったら、俺でも知ってるレベルのぎりでぶっちり変人であるかもしれないと。
「あー、ご存じだったんすか。彼女が通称『マゾ座の人』ことウィゾ・マッチスっす」
「マゾ座、か……その通称は初耳だが」
「はふぅ」
知ってたら魔女座と結びつけられただろうか。ともあれ、俺の足の下でマゾ座の人は満足げな吐息を漏らしていて、どうしてこうなったと俺は天井を仰いだのだった。




