第9話 二十ポイント
「澪、入るな」
豪は言った。
滝田が彼女の腕へ手を伸ばした。
澪は後ずさり、木の幹に背中をぶつけた。
「考えすぎだって」
久瀬が言った。
「殺すつもりなら、最初からやってる」
「先にもらった方が、増えるからじゃないんですか」
豪は答えた。
計算が得意なわけではなかった。
それでも、今は分かった。
百四ポイントを受け取る。
そのあと、二十になった豪を殺す。
そうすれば、また初期値を基準にポイントが入る。
最初から殺すより、多く取れる。
久瀬は槍を下げなかった。
「こっちが言ったとおりにすれば――」
「だったら、先に俺を抜けさせてください」
久瀬の唇が止まった。
滝田が澪の腕をつかんだ。
彼女が身体をひねる。
「やめろ!」
豪が動くより早く、槍の柄が胸を押した。
背中が木に当たる。
金属の先端が、作業着へ触れた。
視界の端で数字が減った。
【HP:49/100】
「動くな」
久瀬が言った。
近くで見ると、男の頬も引きつっていた。
豪は槍を見た。
痛みはない。
それなのに、息が浅くなる。
押し込まれれば、減る。
何度でゼロになるのか分からない。
「滝田、乱暴にするな」
「だったら早くさせろよ」
澪が男の手を振りほどこうとしていた。
豪は足元を見た。
棍棒は遠い。
かがんだところで、届かない。
自分の画面だけが、まだ目の前にあった。
【所持ポイント:20】
豪は購入を開いた。
何を買えばいい。
剣か。
ナイフか。
慣れないものを出したところで、この槍より早く動けるのか。
「画面、閉じろ」
久瀬が言った。
豪は顔を上げた。
こちらの画面は見えなくても、視線の動きで分かるらしい。
「買うなよ」
槍が押された。
【HP:45/100】
豪は息を止めた。
開いた一覧の中に、見覚えのある項目があった。
毛布。
八ポイント。
豪はそれを選んだ。
武器を持とうとすれば、手を止められる。
大きなものなら。
「澪、かがめ!」
購入した。
両腕に布の重みが生じた。
【所持ポイント:12】
豪は畳まれた毛布を、槍ごと久瀬へ押しつけた。
「っ、おい!」
穂先に布が引っかかった。
豪は横へ身体をずらした。
槍が作業着を擦る。
HPが減ったかどうかは、見なかった。
久瀬が布を振り払おうとする。
豪はその柄をつかみ、身体ごと押した。
男の足が下がった。
背後で、澪がしゃがんだ。
滝田の腕を両手で抱え、自分の頭を抜くようにして離れる。
男が剣を振った。
澪の肩で光が散った。
彼女は止まらず、地面の棍棒へ手を伸ばした。
「宇田!」
久瀬が叫んだ。
離れた場所にいた痩せた男が、こちらを向いた。
右手が上がる。
指先に、青白いものが灯った。
豪は槍を押したまま、動けなかった。
何だ、あれ。
「どけ、久瀬!」
宇田が叫んだ。
久瀬の身体が、豪との間にあった。
豪は初めて、男から離れずにいてよかったと思った。
根の下で、小さな声がした。
「うしろ」
続いて、鋭い声。
「うしろ!」
澪が顔を上げた。
滝田が、剣を持って彼女へ踏み込もうとしていた。
澪は棍棒を振らなかった。
両手で横に持ち、男の腰へ押しつけた。
滝田の足が根に引っかかった。
身体が傾く。
豪は槍から手を離した。
久瀬が引き戻した勢いで、布の掛かった穂先が上へ跳ねた。
豪は地面へ手を伸ばした。
棍棒をつかむ。
「こっち!」
澪が叫んだ。
大木の反対側へ走っていた。
豪は追った。
根元を回り込む寸前、青白い光が横を通った。
木の幹に当たり、弾けた。
豪は顔を伏せた。
熱いのか、冷たいのかも分からなかった。
ただ、もう一度あれが来れば、今度は当たると思った。
澪が前を走る。
その足元を、小さな茶色い身体が抜けた。
うさぎだった。
「こっち」
倒れた木の下へ潜っていく。
澪が膝をつき、続いた。
豪も身体を低くした。
作業着が枯れ枝に引っかかる。
引きちぎるように抜けた。
背後から男たちの声がした。
「追え!」
「待て、見えない!」
豪は振り向かなかった。
*
うさぎは速かった。
だが、キツネのように二人を置き去りにはしなかった。
茂みを抜けると止まり、耳を立てる。
二人が近づくと、また走る。
豪はその後ろを追った。
澪の息が荒かった。
自分も同じだった。
棍棒が重い。
それでも、捨てられなかった。
「こっち」
うさぎが、地面の裂け目のような場所へ入った。
木の根に沿って土が崩れ、浅い溝になっている。
澪が滑り込んだ。
豪も続き、身体を伏せた。
「しずか」
うさぎが言った。
豪は口を押さえた。
鼻から息を吸う。
うまく入らない。
澪は両手を地面につき、頭を下げていた。
上の方で、枝が折れる音がした。
足音。
豪は棍棒を胸に引き寄せた。
「どっち行った」
滝田の声だった。
「下じゃないのか」
「見てねえのかよ」
返事が聞こえなかった。
うさぎの耳が、ゆっくり向きを変えた。
豪はそれを見つめた。
土の匂いが近かった。
澪の肩が上下していた。
「もういい」
久瀬の声がした。
「ポイントは取った。離れるぞ」
「俺、食らったんだけど」
「回復するだろ」
足音が遠ざかった。
豪は顔を上げかけた。
うさぎが耳を伏せた。
動くな、というように。
豪はまた頭を下げた。
長い時間が過ぎた気がした。
実際は、どれくらいだったのか分からなかった。
やがて、うさぎが言った。
「いない」
豪は地面へ額を近づけたまま、息を吐いた。
*
最初に開いたのは、パーティー画面だった。
久瀬、滝田、宇田、豪。
まだ名前が残っていた。
脱退を選ぶ。
今度は、止める声はなかった。
澪を見た。
「抜けた」
彼女はうなずいた。
豪は新しくパーティーを作り、招待を送った。
【澪がパーティーに加入しました】
二人の名前が並ぶ。
豪はそれを見たまま、しばらく動けなかった。
「ポイント」
澪が言った。
「いくつ残ってますか」
豪は答えた。
「十二」
彼女は口を閉じた。
豪は膝の上の棍棒を見た。
水は作業着のポケットに押し込んである。
毛布は置いてきた。
百四ポイントは、あの男が持っていった。
「悪い」
「どうして豪さんが謝るんですか」
「俺から入れば、先に抜けられると思って」
澪は首を振った。
「私も、分かってませんでした」
うさぎが溝の縁へ前脚を掛けた。
豪は顔を上げた。
「待って」
うさぎが止まる。
「……ありがとう」
耳が片方だけ動いた。
「来てるの、教えてくれて」
うさぎは鼻を動かした。
「大きい。おと」
「俺たちには、聞こえなかった」
うさぎは少しの間、豪を見ていた。
それから、溝の向こうへ顔を向けた。
「ここ、ねない」
豪はうなずいた。
また、寝る場所を探さなければならない。




