第8話 招待
金属の先端は、少しも揺れていなかった。
茂みの中から突き出ているのは、細い槍だった。
豪は棍棒を握ったまま、声のした方を見た。
「何の用ですか」
「それを置いてから話そう」
男が言った。
澪が豪の隣で立ち上がった。
槍の先が、そちらへ動く。
「二人とも」
背後で落ち葉が鳴った。
斜面の上から、人が下りてきていた。
一人は、首に白い布を巻いた男だった。豪より少し年上に見える。右手には短い剣を持っている。
その後ろに、痩せた男がいた。
こちらは手ぶらだった。
「置くだけでいい」
槍の男が言った。
「こっちから取ることはできないんだから」
豪は棍棒を見た。
購入した物は、奪えない。
だが、地面に置けば、すぐには使えなくなる。
白い布の男が、澪の側へ回り込んだ。
豪は棍棒を下げた。
「俺が置くから、その人から離れてくれませんか」
男が笑った。
「彼女?」
「違います」
「じゃあ、いいだろ」
「よくない」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
白い布の男が足を止めた。
茂みから、槍を持った男が姿を現した。
茶色い上着に、黒い手袋。
額に汗が浮いていた。
「揉めたくないんだよ」
男は言った。
豪は槍を見た。
こちらへ向けられていた。
「俺たちもです」
「だったら、簡単だ。パーティーを抜けて、こっちに入ってほしい」
豪は顔を上げた。
「ポイントを渡してもらう。それで帰る」
澪の肩が動いた。
豪は男の顔を見た。
冗談を言っている様子はなかった。
「全部ですか」
「二十ずつ残す」
白い布の男が言った。
「しばらく食えるだろ。俺らだって、殺したくてやってるわけじゃない」
豪は三人を見た。
槍。
剣。
手ぶらの男は、少し離れたところに立っていた。豪たちではなく、森の奥へ目を向けている。
「……二十じゃ、帰れないでしょう」
豪が言うと、槍の男は一度だけ目を伏せた。
「俺たちも帰りたいんだ」
それは、豪も同じだった。
口にしようとして、やめた。
分かっていて来たのだ。
相手にも、帰る場所があることを。
「豪さん」
澪が小さく呼んだ。
視線を向ける。
彼女は棍棒を握ったまま、かすかに首を横へ振った。
戦うな、という意味なのか。
渡すな、という意味なのか。
分からなかった。
「急いでくれ」
白い布の男が言った。
「ずっと話してると、誰か来る」
豪は自分のHPを見た。
五十四。
さっきのキツネに、半分近く削られている。
相手は三人。
見えない能力を持っているかもしれない。
豪は棍棒を地面に置いた。
澪がこちらを見た。
「澪も」
彼女は唇を結んだ。
それから、ゆっくり棍棒を下ろした。
「そう。それでいい」
槍の男が言った。
先端が少しだけ下がった。
「どっちから?」
「俺から」
豪は答えた。
白い布の男が近づいてくる。
豪はパーティー画面を開いた。
【メンバー:豪/澪】
澪が隣で息を吸った。
豪は脱退を選んだ。
【パーティーから脱退しますか】
承諾する。
二人の名前が並んでいた画面が消えた。
思った以上に、嫌な感じがした。
「抜けました」
「こっち見て」
槍の男が言った。
招待が届く。
【パーティーへの招待】
【メンバー:久瀬/滝田/宇田】
豪は承認した。
画面に、自分を含めた四人の名前が並んだ。
「所持ポイントを開いて」
久瀬と表示された槍の男が言った。
「二十残して、俺に渡して」
豪は澪を見た。
彼女は何も言わず、こちらを見ていた。
【所持ポイント:124】
百四を渡せば、二十になる。
食べ物と水、何日分だろう。
強化も、回復もできないまま。
豪は譲渡の欄を開いた。
数字を入れるところで、指が止まった。
「どうした?」
「渡したら、澪を放してくれますか」
「二人ともだって言っただろ」
白い布の男――滝田が答えた。
その手の剣が、澪の方へ傾いた。
豪は数字を入力した。
【104ポイントを久瀬に譲渡しますか】
決定した。
【所持ポイント:20】
久瀬の視線が、何もない空間へ動いた。
受け取った通知を見ているのだろう。
「確認した」
豪はパーティーを抜けようとした。
久瀬が槍を持ち直した。
「そのままで」
「え?」
「まだ抜けないで」
澪が顔を上げた。
滝田が笑った。
「次、あんたね」
*
豪は画面を閉じなかった。
久瀬、滝田、宇田、豪。
四人。
あと一人入れる。
澪を入れれば、五人だ。
「先に俺を抜いてください」
豪は言った。
「あとで抜ければいいだろ」
「ポイントは渡しました」
「聞こえてるよ」
滝田が澪へ近づいた。
豪は一歩動きかけた。
槍の先が上がった。
「動かないで」
久瀬の声だった。
豪は止まった。
足元には棍棒がある。
拾おうとすれば、槍の方が早い。
澪の前に、滝田が立った。
「早く。こっちも暇じゃないんだ」
澪は豪を見た。
それから、自分の目の前へ視線を移した。
脱退するのだろう。
豪は喉を鳴らした。
「殺さないんですよね」
滝田が面倒そうに振り向いた。
「そう言ってるだろ」
「じゃあ、どうして俺が抜けちゃ駄目なんですか」
久瀬が口を開きかけた。
その前に、滝田が言った。
「信用してないからに決まってるだろ」
豪は黙った。
信用していない。
同じだった。
豪はパーティー画面を見た。
自分の名前が、三人と並んでいる。
ポイントを受け取ったあとも、抜けるなと言われた。
殺した相手の所持ポイントが初期値より少なければ、初期値を基準に報酬が入る。
豪は視線を上げた。
久瀬と目が合った。
「……渡したあと、殺すつもりですか」
澪の手が止まった。
久瀬は答えなかった。
滝田が、短く舌打ちした。




