第24話 見えない残り
豪が棍棒を出すと、佐伯は先に周りを見た。
「そこで振ると、後ろを人が通る」
豪は振り返った。
屋根と柵の間を、荷物を抱えた男が歩いていた。
「あ、すみません」
「こっちへ寄ろう」
佐伯が示したのは、資材置き場の横だった。
地面は踏み固められ、片側に低い土の盛り上がりがある。
人の通り道からは外れていた。
豪は移動して、もう一度棍棒を持った。
澪が斜め後ろへ立つ。
ミミは、二人を交互に見ていた。
「打つ前に、どこへ逃げるか言ってみてくれ」
佐伯が言った。
豪は棍棒を下ろした。
正面から来る相手を想像して、横を指す。
「こっちへ」
「澪さんは?」
豪は彼女を見た。
指した先に、澪が立っていた。
*
佐伯は、棒も持たずに近づいてきた。
豪は一歩、後ろへ下がる。
「そこで振ったら」
佐伯が止まった。
豪はゆっくり棍棒を動かし、途中で止めた。
先端が、澪の立っていた場所を通る。
「……当たる」
「俺を見ると、後ろが見えなくなるな」
豪は棍棒を引いた。
キツネのときは、澪が離れたところから石を投げてくれた。
昨夜は、同じ岩の周りにいた。
同じ動きでは、戦えなかった。
「私が、もっと離れた方がいいですか」
澪が聞いた。
「離れればいいとも限らん。ミミもいるしな」
佐伯は足元を見た。
「ミミは、二人が急に動いたら、どっちへ行く?」
「ごう」
返事は早かった。
豪は口を開きかけ、閉じた。
足元へ来てくれれば安心だと、思っていた。
棍棒を振りながら下がる自分の足が、どこへ着くかは考えていなかった。
豪はしゃがんだ。
「じゃあ、こうしよう。俺が『下がる』って言ったら、澪の方へ。俺の足の後ろを、通らない」
「みお?」
「私、呼びます。こっちって」
澪もかがんだ。
ミミの耳が、彼女へ向く。
「一回、ゆっくりやろう」
豪は立ち上がった。
*
一度目は、ミミが豪を追った。
二度目は、澪のところへ着いてから、豪を見て戻りかけた。
三度目に、そこで止まった。
「そのまま。俺も、そっちへ行くから」
豪は棍棒を振らずに下がった。
澪が半歩ずれ、通り道を空ける。
ミミは彼女の横にいた。
豪は息を吐いた。
「できた」
「相手がいたら、これよりずっと慌てる」
佐伯が言った。
「でも、今やったことが一つあれば、何もないよりいい」
豪はうなずいた。
ガロが資材置き場の陰から出てきた。
「俺の後ろへ下がってくるなよ」
「分かってる」
「今、踏むところだった」
豪は足元を見た。
犬のいた場所に、自分の踵が近づいていた。
「……悪い」
ガロが鼻を鳴らす。
「声は出す。だが、お前も見ろ」
*
紗弓が戻ってきたのは、何度か動きを繰り返したあとだった。
手に水を二本持っていた。
「見張り、一回入る。終わったら、もう二本」
佐伯が顔を上げた。
「時間は?」
「夕方までの途中。場所と交代の相手は、あとで見に行く」
紗弓は水を収納した。
「寝床、取るなら早めにって。小さい屋根から埋まるらしい」
豪は棍棒を収納した。
ミミの分も含めれば、水は四本。
澪は自分で払うとして、今持っている数字をまた減らすことになる。
「先に、取ってきます」
豪が言うと、澪もうなずいた。
「一緒に行きます」
*
榎本はハイへ、小さな紙の上を指していた。
豪たちに気づくと、立ち上がる。
「今夜の場所?」
「ああ。俺と、ミミ。それぞれ水二本だったな」
「そう。隣にしたいなら、小さい屋根が空いてる」
榎本が奥を指した。
豪は澪を見てから、うなずいた。
澪も自分の分を頼む。
豪は水を四本買った。
【所持ポイント:54】
渡す前に、屋根の場所を見せてもらった。
布の下には、乾いた地面がある。
周囲が囲われているわけではなかったが、ミミが隠れられる低い隙間が、板の裏にあった。
「夜に外へ出るときは、入口の人へ声を掛けて。戻る人がいるって、見張りに伝えるから」
榎本が言った。
豪はうなずき、水を渡した。
ハイは紙の横で待っていた。
「どうなった」
豪が聞くと、小さな鼻先が上がった。
「明日、明るいとき。見にいく。道、教える」
「仕事か」
「まだ。行けたら、水、もらう」
榎本が付け加えた。
「人が通れないところを、外から確かめたい人がいる。今日は道の話を聞いた分で、食事を渡すことにした」
ハイの前に、小さな包みがあった。
豪はそれを見て、うなずいた。
「よかったな」
ハイは包みへ鼻を寄せた。
「におい、する」
*
昼の食事には、運搬でもらった包みを出した。
澪も自分の分を開く。
ミミは自分で食べ物を買い、澪に手伝ってもらっていた。
豪は食べ終え、収納を確かめた。
棍棒。
小皿。
地図と鉛筆。
今使っていない物にも、一つずつ使い道があった。
次に、購入画面を開いた。
身体を強くする項目を見て、指を止める。
強くなれば、昨夜の爪を弾けただろうか。
もっと速く動ければ、鳥に棍棒が届いただろうか。
答えは、分からなかった。
画面の項目を戻す。
真壁が言っていたものを探した。
【対象HP表示:20ポイント】
説明を開く。
視認した参加者を一体選び、現在のHPと最大HPを表示する。
見えていない相手を探す機能ではない。
ランクも、所持ポイントも分からない。
二十。
石の囲いで増えた分と、同じだった。
「澪、これ、どう思う」
豪は説明を読み上げた。
澪は最後まで聞いた。
「私も見られますか」
「買った人だけ、だと思う」
「だったら、見た数字を言ってほしいです。戦ってるとき、私からは分からないので」
豪は画面を見た。
「買って、何も増やせなかったら、二十減るだけだ」
「はい」
澪はうなずいた。
「でも、相手がもう倒れるって、見た目で決めるよりは」
豪はフクロウの翼を思い出した。
当たったのかも、あと何度来るのかも分からなかった。
真壁の話を聞くまでは、自分が何を分かっていないかも、はっきりしていなかった。
購入を選ぶ。
【所持ポイント:34】
数字が変わった。
棍棒を買ったときのように、手の中へ何かが現れることはなかった。
*
「澪、試してもいいか」
「はい」
豪は彼女を見て、表示したいと念じた。
視界に、小さな文字が出る。
【HP:100/100】
「百。最大も百」
澪が自分の表示を確かめ、うなずいた。
「合ってます」
豪は顔をずらした。
文字へ目を向けると、澪の手元を見落としそうになった。
表示を閉じ、もう一度開く。
誰を選ぶか考えるだけでも、少し時間が掛かった。
「これも、練習が要るな」
「動いてる相手だと、難しそうですね」
澪が言った。
豪は立ち上がった。
資材置き場へ戻る前に、見張りの場所を確かめたいと言うと、澪もついてきた。
ミミは二人の間を歩いていた。
入口の近くで、槍を持った男が外へ声を掛けていた。
「そこで止まって。後ろは、誰か来てるか」
柵の外に、人がいた。
若い男だった。
片手を上げ、もう片方で服の裾を払っている。
「いや。もう来てないと思う」
男は答えた。
息は上がっていたが、立ち方は普通だった。
豪は足を止めた。
さっき買ったものを、使ってみる。
【HP:3/100】
豪は数字を読み直した。
三。
百のうちの、三だった。
男が一歩進んだ。
「歩ける。大丈夫だから、入れてくれ」
豪は入口の男へ顔を向けた。
「待って。その人、HPが三しかない」
槍の先が下がった。
若い男が、自分の身体を見た。
何も変わっていなかった。
豪は走り寄ろうとして、足を止めた。
昨夜も、足元を助けようとしたとき、上が見えなくなった。
「澪、ミミと下がって。上も見ててくれ」
返事を聞いてから、豪は入口へ寄った。
槍を持った男が、柵の内側へ声を飛ばした。
「回復できる人、来てくれ!」
豪は外の斜面を見た。
若い男は、まだ自分の手を見ていた。
普通に動く指を、何度も握り直している。
豪は表示を閉じなかった。
男を囲むように誰かが近づいても、今度は、その三という数字を見失いたくなかった。




