第23話 とどめを刺す役
「話だけ、聞いてもいいか」
豪が言うと、澪は貼り紙から顔を上げた。
「私も行きます」
ミミが二人を見上げる。
「どこ?」
「仕事の説明をするところ。まだ、引き受けるわけじゃない」
豪は言った。
自分へ言い聞かせるような言い方になった。
集合場所は、柵の内側の広場だった。
そこへ行く前に、佐伯と紗弓へ声を掛けた。
佐伯は修理に使う木の長さを見ていた。
豪が紙のことを伝えると、手を止める。
「誰を狩るのか、先に聞け」
豪はうなずいた。
「分かりました」
「あと、話してる途中で招待が来ても、押すなよ」
豪の返事が止まった。
久瀬の顔を思い出す。
佐伯はその様子を見て、それ以上は言わなかった。
*
広場には、木箱が三つ置いてあった。
腰掛けていた男が、豪たちを見て立ち上がる。
灰色の服に、短く刈った髪。
背中には盾があり、腰の片側に剣が下がっていた。
「募集を見た人?」
「ああ」
「俺は真壁。説明を聞くだけなら、座ってくれ」
男は箱を指した。
豪は澪の隣へ座った。
ミミは箱の下へ入らず、豪の靴の横で止まった。
ほかには、細身の男と、茶色の小さな犬がいた。
犬は人間から少し離れて座り、自分で話を聞いているようだった。
「先に言っておくけど、全員を同じ班へ入れるわけじゃない。五人までだからな」
真壁は言った。
「ここでは説明だけ。そのあと、条件が合う人と組む」
「何を狩る」
豪が聞いた。
真壁はすぐに答えた。
「参加者だ。人間も、動物も。種類では決めない」
「襲ってきた相手か」
「向こうが襲うまで待つつもりはない」
豪は箱の縁を握った。
真壁は続けた。
「ただ、ここの柵の中や、出入り口で待ち伏せはしない。榎本にも、それは言ってある」
澪が口を開いた。
「何を見て、相手を決めるんですか」
「倒せるか。逃げ道はあるか。近くに仲間がいないか。見えたものを全部追うわけじゃない」
真壁は、脇の板を持ち上げた。
人の立ち位置らしい丸が、五つ描かれている。
*
「俺が前へ出る。もう一人が、横を塞ぐ。とどめ役は、最初は後ろ」
真壁の指が、丸の間を動いた。
「相手のHPを見るスキルは、俺が持ってる。減っても動きは止まらないから、最後まで押さえる必要がある」
「押さえる?」
茶色の犬が聞いた。
「盾や道具で動く場所を狭くする。低いHPでも、立てるし走れる。殴って弱らせれば、寝て待ってくれると思わないでくれ」
豪はフクロウを思い出した。
澪の棍棒に押されたあとも、すぐに飛び直した。
キツネも、最後まで速かった。
「とどめを刺す人を、わざわざ変えるのは」
細身の男が聞いた。
「補正のためだ」
真壁は答えた。
「同じ相手でも、最後に殺した者の初期ランクで、入る量が変わる。その総額を、範囲内のメンバーで割る」
板の上の、一番後ろの丸を指す。
「弱い種類の参加者にとっても、悪い条件じゃない。自力じゃ倒せない相手から、ポイントを取れる」
ミミが豪の靴へ鼻を当てた。
「ごう、なに?」
豪はすぐに答えられなかった。
澪が、静かに言った。
「戦うとき、誰が何をするか、話してます」
真壁が二人とミミを見た。
「その子も、説明を聞きに?」
「一緒に来た」
豪は答えた。
「引き受けるって、決まったわけじゃない」
「分かってる」
真壁は板を膝へ下ろした。
*
「初期ランクは、ここで見られるのか」
豪が聞いた。
「俺は、相手のランクを確認するスキルも持ってる。組む話になったら、確認させてほしい」
「強化してても、変わらないんだよな」
「ああ。だから、初期ランクが低くても強い奴は、取り合いになる」
真壁は茶色の犬を見た。
「ただ、低ければ誰でもいいわけじゃない。合図を待てること。近づいちゃ駄目なときに、近づかないこと。それができないと、こちらも守れない」
犬の耳が動いた。
「帰れそうか」
「何が?」
「この班に入ったら、帰れそうかって聞いてる」
真壁は少し黙った。
「帰るまで組む約束はしない。一度出て、戻ったら清算。それを続けるかは、その都度決める」
「置いていくことは」
「ある」
真壁は答えた。
「全員が助かるために、一人を追えないことはある。そこまで聞いて、決めてくれ」
犬は視線を落とした。
豪は、その小さな背中を見た。
相手の言葉を理解して、考えている。
ミミは、まだ豪の靴のそばにいた。
*
「分け前を受け取る前に、追い出されたらどうなる」
豪は聞いた。
自分の声が、少し硬かった。
「倒した瞬間に、自動で入る分は入る」
「その前に、外されたら」
真壁は豪を見た。
「それを防ぐ仕組みは、ない」
「だったら」
「だから、信用できない相手とは組まない方がいい」
真壁は板を伏せた。
「俺も、初めての人へ命を預ける。とどめ役だけの話じゃない」
豪は何か言おうとして、口を閉じた。
板を持っていた手の甲に、白い線がいくつかあった。
現実から持ち込んだ古い傷なのか、服の模様が映っているのか、豪には分からなかった。
「ここに来る前、何してた」
真壁が聞いた。
「配達」
「そうか。じゃあ、荷物を落としたことがある人を、全部同じだとは思わないだろ」
豪は眉を寄せた。
「命を取る話と、一緒じゃない」
「そうだな」
真壁はすぐに言った。
「今の例えは、よくなかった」
豪は返事をしなかった。
怒鳴られると思っていたので、次の言葉が出てこなかった。
*
細身の男が、集合する時刻と持ち物を聞いた。
真壁は答え、持っていない物は先に言ってほしいと付け加えた。
茶色の犬は、今日は決めないと言った。
引き止める声はなかった。
豪も立ち上がった。
「俺たちは、今回はやめる」
「分かった」
真壁はうなずいた。
「来るなら、次も説明から聞いてくれ。相手も人数も、その都度変える」
豪は足元へ声を掛けた。
「ミミ、行こう」
耳が上がる。
澪も立ち上がり、箱の間を出た。
広場を離れたところで、豪は一度振り返った。
真壁は細身の男へ、盾の内側を見せていた。
どう持つか、話しているらしかった。
自分が知っている相手とは、違った。
ポイントを出せと脅さなかったし、嘘の説明で招待もしてこなかった。
だから、余計に困った。
あの男が全部間違っていると言えれば、考えずに済んだ。
*
佐伯は、まだ修理の場所にいた。
豪が戻ると、手を止めて顔を上げた。
「聞いたか」
「ああ。今日は、やめました」
「そうか」
それだけだった。
正しいとも、もったいないとも言われなかった。
豪は隣に腰を下ろした。
澪が少し離れた木箱へ座る。
ミミは、二人の間の土を嗅いでいた。
「ミミ」
豪が呼ぶと、耳が向いた。
「さっきの仕事、最後に相手を殺す役を探してたんだ」
ミミは動かなかった。
「ほかの人が戦って、近づけるようにする。そこへ行って、とどめを刺す」
豪は言葉を切った。
うまく説明できないからといって、食べ物をもらう話に変えてはいけないと思った。
「ころす?」
「そうだ」
「きつね?」
豪は息を止めた。
ミミがどこまで、あのキツネのことを知っているかは分からなかった。
「キツネも、人も、鳥も。俺たちと同じ、帰りたい生き物」
ミミは少し下がった。
「みみ、やる?」
「俺が決めることじゃない。でも、分からないまま連れていくのは、嫌だ」
豪は答えた。
「今は、引き受けてない」
ミミは自分の前足を見た。
それから、澪の方へ近づき、靴の横で止まった。
*
「俺、あいつに人を殺すなって、言えなかった」
豪は佐伯へ言った。
「言いたかったのか」
「分からないです。俺も、帰るポイントは欲しい」
五十八。
運搬で受け取った食事は、収納に一つある。
数字と包みを、頭の中で並べた。
食べればなくなる。寝床を借りれば、また水が要る。
「昨夜も、追い返せたからよかっただけで」
豪は両手を見た。
「次も来たら、殺さないと、誰かがやられるかもしれない」
佐伯は木へ目を戻した。
「そうだな」
「それなら、あの人と何が違うんだろう」
答えは、すぐには返らなかった。
澪が口を開いた。
「全部、今決めなくてもいいと思います」
豪は顔を上げた。
「でも、次に来たとき、また上が見えなくなるのは困ります」
彼女は自分の手を、膝の上で揃えていた。
「私、ミミを呼んだあと、どこへ立てばいいか分からなくなりました」
豪は昨夜の岩を思い出した。
自分も棍棒を振ることしか考えられず、澪を呼び寄せかけていた。
佐伯が、作業の終わった木を脇へ置いた。
「なら、離れる前に立つ場所を決めてみるか。振る練習なら、何も殴らなくてもできる」
豪はうなずいた。
「お願いします」
立ち上がり、少し広い地面を見た。
澪とミミが、隣へ来る。
帰るには、まだ遠い。
考えたくないことも、減らなかった。
それでも豪は、棍棒を出す前に、澪とミミがどこに立っているかを確かめた。




