↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇跡の裏側  作者: AKR
PR
22/23

第22話 仕事の値段

 草の先が見えるほど明るくなってから、豪たちは岩を離れた。

 フクロウは戻ってこなかった。

 それでも、豪は何度も空を見た。澪も、ミミが草の陰へ入るたびに声を掛けていた。


 ネズミは佐伯の前を走っていた。

 少し進んでは止まり、人間が追いつくのを待つ。


「そっち、くぼんでる。右」


 言われて回ると、草に隠れていた溝が見えた。

 ネズミには越えにくく、人間ならまたげる幅だった。

 豪はその向こうへ足を置き、後ろの澪へ手で場所を示した。


「名前、あるか」


 止まったとき、豪が聞いた。


「ない」


「じゃあ、何て呼ぼう」


 ネズミは鼻を動かした。


「呼ぶ?」


「呼んだら、こっちを見てもらえるように」


 少し考え、豪は言った。


「ハイ、はどうだ。毛の色からで悪いけど」


「はい」


「返事じゃなくて、名前」


 澪が口元へ手を寄せた。

 豪は頭をかいた。


「嫌なら、別のにする」


「ハイ」


 ネズミがもう一度言った。

 今度は、自分の胸へ鼻先を向けた。


 豪はうなずいた。


「分かった。案内、頼むな」


     *


 低い土地に、屋根が並んでいた。

 家と呼ぶには小さい。

 布を張ったもの、板を立てかけたもの。大きな岩へ屋根を渡した場所もある。

 その周りを、腰ほどの柵が囲んでいた。


 入口には人が二人いた。

 片方は槍を持ち、もう片方は板に何かを書いている。

 柵の内側で、大きな鳥が布の屋根へ止まった。

 豪は棍棒を握り直した。

 鳥は首を傾け、こちらを見ただけだった。


「初めて?」


 板を持った女が聞いた。

 短く結んだ髪に、茶色の上着。豪よりいくつか年上に見えた。


「見るだけでも、払うのか」


 豪が聞くと、女は入口の脇を指した。


「話を聞くところまでは、いらない。私は榎本。泊まる場所と、仕事の取り次ぎをしてる」


 佐伯が前へ出た。


「条件を教えてほしい」


「屋根のある場所は、一晩、水二本。一人ずつ。食事は別」


 女は板へ指を置いた。


「見張りは交代で出してる。ただし、ここに入ったら攻撃できなくなるわけじゃない。揉めたら声を掛けて。外へ出てもらうことはある」


 豪は柵を見た。

 飛べる相手には、意味がなさそうだった。


「鳥は」


「空も見てる。全部を止められるとは言わない」


 榎本は答えた。


「昨夜、何かあった?」


 豪はフクロウのことを話した。

 どちらから来たか、どこまで追ってきたか。暗くて分からなかったところは、そう言った。

 榎本は途中で、槍の男へ顔を向けた。


「屋根の上の人にも、伝えて」


 男がうなずいた。

 鳥が一度羽ばたき、別の屋根へ移る。

 豪はそれを目で追った。


     *


 ハイは、豪の靴のそばへ隠れていた。

 榎本が地面を見た。


「戻ったんだ」


 ハイは答えなかった。


「ここから出たって、聞いた」


 豪が言うと、榎本はうなずいた。


「昨夜は空きがなかった。寝る場所の分を払うか、外で順番を待つかって話をしてた」


「働けば、泊まれるんじゃないのか」


「働いた分は払う。でも、いつでも誰にでも頼める仕事があるわけじゃない」


 榎本は、入口の板を豪へ向けた。

 文字が何行も並んでいる。


 板の運搬。

 柵の修理。

 外周の見張り。

 縫い物。


 そのうち二つには、線が引かれていた。


「いま残ってるのは、これ。できる人を探してる」


 豪はハイを見た。

 小さな前足が、土へ揃っていた。


「道の案内は」


 豪が言った。


「ここまで、こいつが連れてきてくれた。夜に歩いた道を覚えてた」


 榎本はしゃがんだ。


「どこを知ってる?」


 ハイは奥へ引きかけ、止まった。


「斜面。岩。下に、細い穴。人、通れない」


「橋の方?」


「ちがう。こっち」


 小さな鼻先が、豪たちの来た方とは別の丘を向いた。

 榎本はそちらを見た。


「あとで、詳しく聞かせて。ただ、聞いてみないと頼めるか分からない。それでもいい?」


 ハイが豪を見上げた。

 豪は代わりに答えず、待った。


「……話す」


 ハイが言った。


     *


 昼の間、仕事の相談をするだけなら、中へ入っていいと言われた。

 武器は必要なとき以外出さない。

 他人の寝床へ入らない。

 食べ物や道具を渡すときは、持ち主同士で確かめる。


 豪は棍棒を収納した。

 佐伯と紗弓もそれぞれ話を聞き、同じ入口を通った。

 パーティーは、変えなかった。


 柵の内側には、思っていたより生き物がいた。

 布の下で眠る男。

 板へ背を預ける女。

 小さな台の上で、水の容器を前足で押さえている猿。

 その隣には、人間の子どもほどの背丈の、鱗のある生き物が立っていた。


 豪は足を止めた。

 相手が、こちらを見る。

 澪の袖が、豪の腕へ軽く触れた。


 豪は目をそらした。

 案内された場所で、いろいろな世界の参加者がいると聞いていた。

 それでも、近くで顔を見ると、次に何を言えばいいのか分からなかった。


「見たことない?」


 鱗のある相手が聞いた。


「……ああ。悪い」


「こっちも。耳が二つとも横にあるんだな」


 豪は思わず、自分の耳へ触れた。

 相手はそれを見て、喉を小さく鳴らした。

 笑ったのかもしれなかった。


 ミミが豪の足へ鼻先を当てた。


「ごう、いく?」


「ああ。行こう」


 豪はもう一度だけ頭を下げ、歩き出した。


     *


 運搬の仕事は、入口の近くにあった。

 積まれた板を、柵の反対側へ移す。

 榎本が数を示し、受け取る男を紹介した。


「この一山で、食事二つ。昼までに終わればいい。途中でやめるなら、その前に呼んで」


 豪は板を持ち上げた。

 重かった。

 収納しようとはしなかった。自分の物ではないし、運ぶ仕事として受けたばかりだった。


「何枚ずつでも、いいのか」


「落として割らなければ」


 豪は二枚を一枚へ減らした。

 道は狭い。人も通る。

 仕事で荷物を運んでいたときも、急ぐほど周りを見なくなることがあった。


 澪が隣へ来た。


「私も、できます」


「二人でやっても、二食?」


 豪が榎本へ聞くと、彼女はうなずいた。


「一山の値段。手伝いの分は、二人で決めて」


 豪は澪を見た。


「一つずつでいいか」


「はい」


 澪は短い板を選んだ。

 ミミへ、道の端で待つように声を掛ける。

 佐伯は修理の方を見に行き、ガロがついていった。紗弓は見張りの条件を聞いていた。


 全員が離れるのは落ち着かなかった。

 だが、視界の届くところにいた。

 ミミが誰かの足音で下がるたび、豪は次の板を持つ前に待った。


     *


 最後の一枚を渡すころには、背中が汗ばんでいた。

 痛みはなくても、運び続ければ息は上がる。

 男が板を数え、榎本を呼んだ。


 未開封の食事が、二つ渡された。

 豪と澪が一つずつ受け取る。


 豪は所持ポイントを開いた。


【所持ポイント:59】


 数字は変わっていなかった。

 増えたのは、手の中の包みだった。


「終わった?」


 ミミが近づいた。


「ああ。これで飯が一つ買わずに済む」


 豪は包みを収納した。

 帰るための数字は増えていない。

 それでも、今夜まで生きるためのものを、自分の手で運んで手に入れた。


 澪が空いた手を握り、開いていた。


「少し、休みましょうか」


「水、飲もう」


 豪は一本買った。


【所持ポイント:58】


 蓋を開け、一口飲む。

 包みの食事は、まだ出さなかった。


     *


 屋根の端に腰を下ろすと、ハイが榎本と話しているのが見えた。

 板へ描かれた線を、小さな鼻先でたどっている。

 仕事になるかは、まだ分からなかった。

 それでも、話は続いていた。


 豪は水を収納し、地図を出そうとした。

 隣の柱へ貼られた紙に、目が止まる。


『狩猟班 参加者募集』


 その下に、少し小さい文字があった。


『とどめ役、優遇。初期ランクの低い方、相談可』


 豪は紙を見たまま、動かなかった。

 報酬は、相手とのランク差で変わる。

 自分より弱い種類の生き物が最後に殺せば、パーティー全体へ入るポイントが増える場合がある。


 足元で、ミミが耳を掻いていた。

 豪は紙から目を離し、澪を見た。

 彼女も、同じ文字を読んでいた。


「これも、仕事なんですね」


 澪が言った。


 豪は返事を探した。

 少し前、自分はできる仕事がないかと聞いた。

 相手を殺さなくても、飯を手に入れられたところだった。


 紙の端が、風で持ち上がる。

 下には集合場所と、説明をする時刻が書いてあった。


 豪はその二行も読んだ。

 読んでから、目をそらせなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。