第25話 助けた相手
若い男は、入口の前で立ち止まっていた。
「三って、何が」
豪はもう一度表示を見た。
【HP:3/100】
「残りのHPだ。今、見えてる」
男が顔を上げた。
さっきまで上がっていた息が、途中で止まったように見えた。
「でも、普通に」
「動けても、減ってる」
豪は答えた。
槍の男が脇へ寄り、入口を空ける。
「こっちへ。走らなくていい」
若い男が柵をくぐった。
豪は触れずに一緒に下がった。
澪とミミは、言っておいたとおり離れた場所にいた。
彼女が空を見て、それから豪へうなずく。
入口の男は、外へ槍を向け直した。
*
榎本が来た。
男の前へしゃがみ、目線を合わせる。
「自分のHPは見られる?」
「買ってない」
「ポイントは、残ってる?」
男の目が動いた。
何かを開いているらしかった。
「七」
「今、何かで減り続けてる?」
「分からない」
榎本が豪を見た。
豪は表示を確かめた。
「まだ三です。さっきからは、変わってない」
榎本はうなずき、男へ向き直った。
「今すぐ回復する物を使いたい。まず、ここで待って」
「買えるなら、買う」
男は言った。
「何て探せばいい」
榎本が品名を伝える。
豪も同じものを検索した。
【小回復ポーション:10ポイント】
【使用対象のHPを30回復】
十。
男の七では、足りなかった。
「三、足りない」
男が言った。
豪はパーティーの画面を開きかけた。
同じパーティーでなければ、ポイントは渡せない。
加入させれば、渡せる。
だが、そのために説明をして、招待して、承諾してもらう必要があった。
今いる三人のことも、自分一人で決めたくなかった。
購入画面へ戻る。
【所持ポイント:24】
手に、小さな瓶が現れた。
「これ、使っていいか」
豪が聞くと、男は瓶を見た。
「払えないけど」
「今はいい。回復してから話そう」
男がうなずく。
豪は瓶を渡した。
受け取った男が、表示された使い方を読み、蓋を開ける。
飲み終えても、見た目は変わらなかった。
【HP:33/100】
豪はその数字を、声に出して伝えた。
*
男は空になった瓶を見ていた。
何かを確かめるように、肩を回す。
「さっきと、同じだ」
「痛くないからな」
豪は答えた。
自分も、佐伯へ動けると答えたばかりだった。
数字を見なければ分からないと、人へ言えるほど慣れてはいなかった。
榎本が、男へ水を出した。
「少し落ち着いて。追ってくる相手のことを、聞かせてほしい」
男が顔を上げた。
「大きい。四つ足で、黒っぽくて。牙があった」
「何体?」
「見えたのは、一体。でも、草の中にまだいるかもしれない」
「襲われた場所は?」
榎本が入口の向こうを指す。
男はそちらを見た。
「道から、外れたところ。倒せるって、思った」
豪は男の顔を見た。
どこかで見ていた。
灰色の服。細い首。
広場の木箱を思い出す。
「あの説明に、いたよな」
男が豪を見た。
「狩猟班の」
豪が続けると、男はうなずいた。
*
「真壁は」
豪が聞いた。
「一緒じゃない」
「もう、出たんじゃなかったのか」
「明日。今日、道具とか、動き方を見るって言われた」
男は水の容器を握っていた。
「あとで戻れば、間に合うと思って」
榎本が言った。
「一人で行ったの?」
男の返事は、小さかった。
「足りなかったから」
何が、と豪は聞かなかった。
寝床。水。武器。スキル。
足りなくなるものは、さっきからいくつも数えていた。
「寝てるように見えた。近づいても、動かなかったし」
男は言った。
「刺した。そしたら、立ってきた」
入口から、別の見張りがこちらを見た。
榎本が手を上げる。
「話は、ここで聞いてる。外を頼む」
見張りは顔を戻した。
豪は口を閉じた。
眠っていた相手を、男が先に刺した。
その相手が怒って追ってきたのなら、どちらが敵なのか、自分には決められなかった。
男は豪を見た。
「返すから」
瓶を持った手が、少し上がる。
「ちゃんと、返す。だから」
「回復した分は、戻せないよ」
豪は言った。
男の手が止まる。
「今、また外へ出ろって話はしてない」
榎本もうなずいた。
「ただ、何が追ってくるかは知っておきたい。分からないところは、分からないでいいから」
*
男の名前は、亮介といった。
自分がどれだけ強くなったかは、分からなかった。
武器を買い、身体も強化した。
相手のHPを見るものは、あとで買うつもりだった。
「一回倒せば、増えるだろ」
亮介は言った。
「使ってても、百は入るんだから」
豪はうなずいた。
そこは、間違っていなかった。
所持ポイントが少なくなった相手でも、基礎になる値は百を下回らない。
その上で、ランク差による補正が掛かる。
「でも、その前にゼロになったら、終わる」
豪が言うと、亮介は目を伏せた。
「……分かってる」
豪も、それ以上は言わなかった。
分かっていたらしないとは、もう思えなかった。
自分も、妹へ帰るためなら何でもすると言いそうになったことがあった。
その何でもの中に、どこまでが入っているか。
まだ、はっきりしていなかった。
*
真壁は、盾を持って入口へ来た。
亮介を見ると足を止め、榎本へ先に聞いた。
「何があった」
「外で戦って、戻ってきた。HPは回復させた」
榎本が短く説明した。
豪が見た数字も伝える。
真壁は亮介の前へしゃがんだ。
「今日は、まだ一人で出ないって話したよな」
亮介は答えなかった。
「名前も分からない相手に、武器だけ持って近づいたのか」
「寝てたから」
「寝てたら、立たないのか」
亮介の口が閉じた。
真壁は一度、息を吐いた。
「今、説教を続けてもしょうがない。外の話を、俺にも聞かせてくれ」
豪は二人を見ていた。
真壁は亮介を殴らなかった。
ポイントを取られたとも、班の取り分が減ったとも言わなかった。
ただ、外の見張りへ声を掛け、盾を入口の脇へ立てた。
「こいつを追って、こっちまで来るかもしれない。少し、ここにいる」
槍の男がうなずいた。
*
佐伯と紗弓が来たころには、亮介のHPは三十三のままだった。
豪は表示を閉じた。
ずっと数字を見続けていたせいで、目の奥が疲れた気がした。
「使ったか」
佐伯が聞いた。
豪はうなずいた。
「見えるやつを買いました。そのあと、ポーションも」
「残りは?」
「二十四」
口にすると、画面で見たときより少なかった。
澪が隣へ来た。
ミミもついてきて、豪の前で止まる。
「ごう、だいじょうぶ?」
「俺は、減ってない」
言ってから、何を聞かれたのかと思った。
豪はミミへ手を下ろさず、しゃがんだ。
「ポイントは減った。でも、今夜の場所は、もう取ってある」
ミミは豪の顔を見ていた。
「みみ、いる?」
「今は、持っててくれ。ミミの食べ物も要るから」
豪は立ち上がった。
澪へ顔を向ける。
「勝手に十使った。悪い」
「豪さんのポイントです」
澪は答えた。
「でも、次に何を買うかは、一緒に考えたいです。私の分もありますし」
豪はうなずいた。
助かったからよかった、と言ってもらいたい気持ちが、少しあった。
それだけでは明日の食事が出ないことも、分かっていた。
*
亮介が呼んだ。
真壁と話を終え、水を膝へ置いている。
「七だけ、先に渡す」
豪は足を止めた。
「パーティー、入ればできるだろ」
「今は、いい」
豪は答えた。
「あとで、水か食べ物で返してくれればいい。ポイントのためだけに、今、組み替えなくていい」
亮介は豪を見た。
「いつ返せるか、分からない」
「俺も、いつまでここにいるか、まだ決めてない」
豪は少し迷った。
「だから、返すために今すぐ一人で狩りに行くのは、やめてくれ」
亮介が水の容器へ目を落とした。
うなずいたかどうかは、分からなかった。
豪は入口へ顔を向けた。
真壁は盾の横に立ち、外を見ていた。
その向こうの草は、風で動いているだけだった。
自分が助けたのは、誰かを殺そうとして失敗した人だった。
その人を守るために、狩りを仕事にしている男が盾を持っている。
豪は、さっきまで真壁へ何を言いたかったのか、もう一度考えた。
言葉には、まだならなかった。
代わりに、槍を持った見張りへ聞いた。
「俺、HPなら見られる。ここで、手伝えることあるか」




