第17話 誰も消えない報酬
豪は柱へ向けかけた足を戻した。
石の囲いの外で、紗弓が矢を取っていた。
「どっち」
ガロの鼻先が、斜面の下へ向く。
「川からじゃない。別の方だ」
豪は残った二枚の板を見た。
一枚は曲がった線。
もう一枚は枝分かれした線。
行き先は、まだ分かっていなかった。
「豪さん、こっちへ」
澪が呼んだ。
豪は板に触れず、囲いを出た。棍棒を取り出し、近くの幹へ寄る。
佐伯が手を上げた。
「まだ辞退はしなくていい。まず、見る」
紗弓は弓を持ったまま、木の陰へ半歩入った。
豪は斜面を見た。
葉が動いた。
細い枝を持ち上げ、誰かが下をくぐった。
女だった。
短い髪に、灰色の上着。肩から布の鞄を下げている。
女は豪たちに気づくと、その場で止まった。
「使ってる?」
囲いを見て、言った。
佐伯が答えた。
「一人が途中だ」
「そう。終わるまで、入らない」
女は鞄から手を離した。
両手が見えるように、身体の横へ下げる。
豪は武器がないか確かめた。
見えるところにはなかった。
収納していれば、分からない。
「一人か」
佐伯が聞いた。
「今はね」
女は近くの木を指した。
「あそこで待っていい?」
佐伯は豪たちへ顔を向けた。
紗弓が小さくうなずく。
豪も、うなずいた。
女は指した木まで歩き、幹へ背中を預けた。
近づいてはこなかった。
*
「続けますか」
澪が声を落とした。
豪は囲いの中央を見た。
板は、二枚とも残っていた。
「もう少し、見てからにしよう」
自分で言って、少し驚いた。
一枚はできた。
あと二枚なら、急げば終わるかもしれない。
そう思っていたはずだった。
だが、急げば、また線を間違える。
知らない人間へ背を向ける。
豪は棍棒を握り直した。
木の下の女も、こちらを見ていた。
「邪魔になった?」
「いや。ただ、ちょっと待ってる」
「そう」
女は鞄を開いた。
豪の肩が動く。
女の手が止まった。
「紙。出してもいい?」
豪は佐伯を見た。
佐伯は女から目を離さず、うなずいた。
折り畳まれた紙が出てきた。
女はそれを膝の上で広げた。
何本もの線が見えた。
地図のようだった。
「それ、ここを描いたのか」
豪が聞くと、女は顔を上げた。
「歩いたところだけ。まだ、すぐ迷うけど」
女は紙を少し持ち上げた。
「売ってる」
「地図を?」
「写したものを。水二本で」
澪が隣で顔を向けた。
豪は女の紙を見た。
「本当かどうか、分からないだろ」
「うん」
女はすぐに答えた。
「だから、知ってる場所がある人にしか、勧めてない。少しでも合ってるか、見てもらえるから」
豪は川を思い出した。
魚は、課題の場所を知っていた。
嘘を言わなくても、殺す場所へ案内できる。
「今は、買わない」
「分かった」
女は紙を膝へ戻した。
それ以上は勧めなかった。
*
佐伯が女と話す間、豪は澪と相談した。
紗弓が女のいる側へ位置を変え、ガロは斜面へ鼻先を向けている。
ミミの耳も、時々別の方角へ動いた。
「戻るなら、今だと思う」
豪は言った。
「紗弓さんも、見てくれてます」
澪は囲いへ目を向けた。
「私がこっちから道を見ます。豪さんは、一枚ずつ」
「分かった」
豪は棍棒を収納した。
囲いへ入る前に、紗弓を見た。
「もう少し、頼んでいいか」
「誰か動いたら、呼ぶ」
紗弓は答えた。
「途中でも、こっちへ来て」
「ああ」
豪は柱へ戻った。
板を取る前に、四番の石を見た。
一枚目はそこにある。
澪の立つ石を一番として、数え直す。
最初と同じだった。
それだけで、少し落ち着いた。
「曲がってる方、先にしよう」
豪は言った。
澪がうなずく。
柱の根元から、溝を追った。
途中で落ち葉を払う。
曲がっている筋が、二つあった。
一つは左へ。
もう一つは右へ。
板の線は、途中で右へ曲がっていた。
豪は右へ曲がる方を追った。
三番の石へ着く。
戻って、板を取ろうとした。
手を伸ばしたところで、止まる。
さっきは、石から柱へ向かって見ていた。
「……逆だ」
豪は板の説明を開いた。
柱から外へ向かう方向を基準とする。
板を地面の線へ重ねるようにして考える。
さっき右だと思った曲がり方が、逆になった。
「澪、もう一回だけ、たどる」
「はい」
今度は柱から、外へ。
六番の石へ続いていた。
豪は板を運び、窪みへ入れた。
【正位置:2/3】
澪が短く息を吐いた。
豪も同じだった。
急いでいたら、最初の方へ入れていた。
*
最後の線は、途中で二つに分かれていた。
片方が、さらに曲がっている。
豪は地面を見ながら歩き、何度も柱へ戻った。
澪が外から、曲がった場所を覚えてくれた。
「今のところ、その先も左でした」
「こっちは?」
「さっきより分かれるのが早いです」
豪はしゃがみ、指先で溝の土を払った。
線の形だけではなかった。
分かれる場所も、曲がる順も、板と同じでなければならない。
似たものを見つけて終わりにしようとするたび、澪が違う場所を指した。
「……俺一人だったら、終わってないな」
「私も、中にいたら分からなくなりそうです」
澪は言った。
「豪さんが葉っぱを払ってくれたから、こっちから見えます」
豪は足元の線を見た。
途中までしか見えなかった道が、今は石まで続いていた。
最後の板を持ち上げる。
八番の石へ運んだ。
向きを確かめる。
溝を外に見せて、押し込む。
少し引っかかった。
豪は力を緩めた。
まっすぐに直して、もう一度押す。
板が収まった。
【正位置:3/3】
続いて、別の文字が現れた。
【地域課題:石環の測路 完了】
【20ポイントを獲得しました】
【所持ポイント:70】
豪は動かなかった。
文字を一行ずつ見た。
七十。
さっきまで、五十だった。
キツネが消えたときと、同じように数字が増えた。
だが、今は、足元を探さずに済んだ。
「終わった?」
外から澪が聞いた。
豪はうなずいた。
「二十、入った」
澪が笑った。
豪は石から手を離した。
指先に、土がついていた。
*
囲いを出ると、佐伯が道を空けた。
「どうだった」
「向きで、何度も間違えかけました」
「そうか」
「澪が見ててくれたから、できました」
佐伯は澪を見て、うなずいた。
ミミが豪の足元へ寄ってきた。
「できた?」
「ああ。全部」
「ごはん、出る?」
豪は少し笑った。
「しばらくは、出せる」
言ってから、七十ポイントの表示を閉じた。
これだけで帰れるわけではない。
同じ課題は、もう受けられない。
次も見つかるとは限らない。
それでも、今は増えた。
「見ててくれて、ありがとう」
豪は紗弓と佐伯へ言った。
紗弓は矢を筒へ戻した。
「まだ、他の人はやる?」
「やりたいです」
澪が答えた。
豪はうなずいた。
「今度は俺が、外を見る」
澪は囲いへ入る前に、木の下の女を見た。
「待たせても、大丈夫ですか」
「私は、課題をしに来たんじゃない」
女が言った。
紙を畳む。
「ここなら、人が来るから。地図を見せに」
豪は柱を振り返った。
課題のある場所には、人が集まる。
だから、待ち伏せする者がいる。
売り物を持ってくる者もいる。
自分は、ようやく二十ポイントを手に入れた。
「一つ、聞いていいか」
豪が言うと、女はうなずいた。
「この先、何がある」
女は畳んだ紙へ目を落とした。
「何を探してる?」
「課題。あと、休める場所」
「休むだけなら、森の中にもある。でも、もっと人数がいるところを探すなら」
女は木々の向こうを指した。
「道を売ってる人たちがいる」
「道?」
「森を抜ける道。地図じゃなくて、実際に歩けるところ」
豪は顔を上げた。
女は続けた。
「通してもらうのに、ポイントが要る」
手に入れたばかりの二十ポイントが、急に小さく思えた。




