↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇跡の裏側  作者: AKR
PR
16/25

第16話 石に刻まれた道

 川の音が聞こえなくなってからも、佐伯は足を止めなかった。


 道はなかった。


 折れた幹を避け、低い枝をくぐり、時々、木の皮へ手を触れる。


 豪はその背中を見ていた。


 ついていくと決めたのは自分だった。それでも、どこへ連れていかれるのかと思うたび、足が少し遅くなる。


「何か、目印があるんですか」


 豪が聞くと、佐伯は立ち止まった。


 先へ進んでいたガロが、振り向く。


「木の形だ。あとは地面の傾き」


 佐伯が答えた。


「覚えられるんですか」


「仕事で山に入ってた。もっとも、ここじゃ知らん木ばかりだが」


「帰りも、分かるんですか」


 佐伯は少し考えた。


「同じ道を戻るならな。迷わないとは言えん」


 豪は周りを見た。


 どれも初めて見る木だった。


 佐伯の言葉が本当かどうか、自分では確かめられない。


「少し、止まってもらっていいですか」


 澪が言った。


 ミミが、その足元で耳を動かしていた。


「どうした」


 豪がかがむ。


「いし」


 ミミが前方へ鼻先を向けた。


 木々の間に、白いものが見えた。


 佐伯がうなずいた。


「あれだ」


     *


 石は腰ほどの高さだった。


 四角く削られたものが、間隔を空けて立っている。


 その向こうにも、また石があった。


 豪は数えかけたが、木の陰になって見えないものがあるので、途中でやめた。


 並び方は、輪に近かった。


 中央には、胸の高さまである細い柱が立っていた。


 草は生えていない。


 石の囲いの内側だけ、平らな土が露出していた。


「入る前に、周りを見る」


 佐伯が言った。


 ガロはすでに鼻を地面へ近づけていた。


 紗弓は矢を一本、筒から抜いた。


 豪も棍棒を持ち直す。


 澪が木の間を見ながら、豪へ近づいた。


「魚のときみたいに、ならないように」


「ああ」


 二人で囲いの外を歩いた。


 木の裏を確かめる。


 石の陰を見る。


 人はいなかった。


 ミミも足を止めて耳を立てたが、誰かが近づくとは言わなかった。


「匂いはある」


 ガロが言った。


「新しいのか?」


 佐伯が聞く。


「いくつも重なってる。今いるかは、それじゃ分からん」


 佐伯はうなずいた。


 誰も、安全だとは言わなかった。


     *


 最初に柱へ近づいたのは、佐伯だった。


 豪たちは囲いの外で待った。


 佐伯が柱へ触れる。


 男の目が、何もない場所を追い始めた。


「どうですか」


 豪が聞いた。


「前に見たのと同じだ」


「佐伯さんは、受けたんですか」


「いや。読むだけにした」


 佐伯は手を離し、こちらへ戻った。


「説明を読むだけなら、始まらない。受けるかどうかは、そのあとで選べる」


 豪は柱を見た。


 ただの石にしか見えなかった。


「俺が見てきます」


「私も」


 澪が言った。


 二人は石の間を抜けた。


 ミミは外に残った。ガロからは距離を取っているが、豪の後ろへついてこようとはしなかった。


 豪は柱へ手を伸ばした。


 冷たかった。


 画面が開いた。


【地域課題:石環の測路】


【報酬:20ポイント】


【受領回数:各参加者1回】


 豪は下の文字を読んだ。


 囲いの中にある三枚の標識を、対応する石へ取り付ける。


 三枚すべてが正しい位置に置かれれば完了。


 制限時間はない。


 課題を受けた参加者は、標識を最初に取る前であれば辞退できる。


 最初に取ったあとで辞退した場合、その参加者はこの課題を再受領できない。


 豪は報酬の行へ視線を戻した。


 二十。


 十万までには、遠すぎる数字だった。


 それでも、誰かを殴らずに増やせる。


 胸の奥が、少しだけ緩んだ。


「豪さん」


 澪も柱に触れていた。


「分配、読めました?」


「え?」


「下の方です」


 豪は続きを開いた。


【報酬は受領者本人に付与されます。撃破報酬の分配規則は適用されません】


【標識は受領者ごとに生成されます。他の参加者は移動できません】


【課題専用物品は収納できません】


 豪は一度、手を離した。


 画面は残っていた。


「それぞれやるってことか」


「そうみたいです」


 澪はまだ文字を読んでいた。


「先に一人、試した方がよさそうですね」


 豪はうなずき、外へ戻った。


     *


「三枚運ぶだけなら、すぐじゃないか」


 豪が言うと、佐伯は囲いを見た。


「運ぶ場所が分かればな」


「何が書いてあるんですか」


「前に見たときは、標識を取っていない。そこから先は知らん」


 豪は佐伯を見た。


「やらなかったんですか」


「知らんやつらが来たから、離れた」


 佐伯は淡々と言った。


「説明を読んでると、周りが見えなくなる。あの柱のそばじゃ、隠れる場所もない」


 豪は囲いの中央を見た。


 さっきは、報酬の文字しか見ていなかった。


 外から誰かに近づかれても、澪が呼ぶまで気づかなかったかもしれない。


「俺が先にやってもいいですか」


 豪は言った。


「その間、周りを見てもらえるなら」


 佐伯が澪を見る。


 澪は豪へ向き直った。


「途中で、やめた方がいいって思ったら言います」


「ああ」


「一回しかできなくても、無理はしないでください」


 豪はうなずいた。


 紗弓は弓を下げたまま、言った。


「見張るのはいい。でも、誰か来たら逃げる。それは先に決めておきたい」


「分かった」


「課題を終わらせるまで、ここで戦うつもりはないから」


 豪はもう一度うなずいた。


 ミミが足元へ来た。


「ごう、いく?」


「あの真ん中まで。見えるところにいる」


 豪は柱を指した。


「誰か聞こえたら、教えてくれ」


 ミミの耳が柱へ向いた。


「うん」


     *


 豪は棍棒を収納した。


 両手を空けてから、柱へ触れる。


 受領を選んだ。


【課題を受領しました】


 足元に、三枚の板が現れた。


 手のひらより少し大きい。


 灰色の表面に、溝が彫られている。


 一枚は、線がまっすぐ。


 一枚は、途中で曲がっている。


 最後の一枚は、枝分かれしていた。


 豪はまだ触らず、しゃがんで見た。


 柱の画面に、説明が増えていた。


【標識の溝と、石環内の道筋を照合してください】


【柱から外へ向かう方向を基準とします】


 豪は顔を上げた。


 囲いを作る石の足元に、細い溝があった。


 土に隠れ、見えていないところもある。


 中央から、石へ。


 途中でいくつかに分かれ、別の筋と交わっている。


 最初は、ただ踏み固められた地面の跡だと思っていた。


「迷路みたいだな」


 豪はつぶやいた。


 澪が囲いの外から聞いた。


「何が見えます?」


 豪は板と地面を順に説明した。


「板の方、見えますか」


「見えます。持てないだけなんですね」


 澪は少し身体を傾けた。


「取る前に、行き先を決めませんか」


「ああ」


 豪はまっすぐな溝を目で追った。


 途中で落ち葉に隠れていた。


 近づいて払う。


 その先は、左へ曲がっていた。


 戻る。


 別の筋を追う。


 今度は途中で二つに分かれた。


 豪は柱を振り返った。


 まっすぐな線の板を、持ちかけていた。


 手を引いた。


     *


 何度も同じ場所へ戻った。


 外から見ている澪の方が、豪の歩いた順を覚えていた。


「そっちは、さっき左へ曲がったところです」


「ああ、そうだった」


 豪は額を拭った。


 細い線を追うだけなのに、身体を動かしているうちに、どれを見ていたのか分からなくなる。


 菜月の宿題を見ていたときのことが浮かんだ。


 線を指でなぞれば分かるだろ、と言ったことがある。


 線がたくさんあるから分からないのだと、今なら言われなくても分かった。


「場所、分けて覚えよう」


 豪は言った。


「川があった方を、前にして」


「それだと、囲いの中で向きが変わったら迷いませんか」


 澪が答えた。


「私がいる石を、一番にしませんか」


 彼女は近くの石の横へ立った。


「そこから、順番に」


 豪はうなずいた。


 石を数え直す。


 落ち葉を払った場所を確かめ、一つずつ溝をたどる。


 やがて、まっすぐな線が四番の石へ続いていると分かった。


 豪は柱へ戻った。


 まっすぐな溝の板を持ち上げた。


【標識を取得しました】


 軽かった。


 だが、手を離せば終わってしまうような気がして、両手で持った。


 四番の石へ運ぶ。


 表面に、同じ大きさの窪みがあった。


 豪は板を近づけた。


「待って」


 澪の声がした。


 豪は止まった。


「そっち、裏です」


 板を返す。


 裏表まで間違えかけたのかと思うと、笑えなかった。


 溝が外へ見えるようにして、窪みへ押し込む。


 音がした。


【正位置:1/3】


 豪は息を吐いた。


「一個、できた」


 澪の肩が下がった。


 佐伯が木の向こうを見たまま、片手を上げた。


 ミミが石の間から鼻先を出した。


「ごう、できた?」


「一つだけな」


 豪は空になった両手を見た。


 誰も消えていない。


 誰も殴っていない。


 それでも、画面の数字は一つ進んでいた。


 残りは二枚。


 豪が柱へ戻ろうとしたとき、ミミの耳が動いた。


 ガロも同じ方角へ顔を向けた。


 豪は足を止めた。


 ミミは何も言わなかった。


 その代わり、ガロが低く言った。


「人間だ。まだ遠い」


 豪は柱の足元に残る二枚を見た。


 逃げるときは逃げる。


 そう決めてから、始めたはずだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。