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奇跡の裏側  作者: AKR
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第14話 水へ入るな

「次は当てる」


 女が言った。


 鉤の男は、弓と豪たちを交互に見た。


「三人になったのか」


「関係ない。帰って」


「そいつらに、何を話した」


 女は答えなかった。


 豪の左で、澪が小さく息を吐いた。


「豪さん、腕」


 つかんだままだった。


 豪は慌てて手を離した。


「悪い」


「動けます」


 澪は棍棒を身体の前へ戻した。


 手斧の男が、その動きを見ていた。


「待てよ。俺たちは、ただ話を――」


 鉤が飛んできた。


 豪は棍棒で払おうとした。


 木に当たる音がした。


 鉤は棍棒の向こうへ抜け、豪の作業着に引っかかった。


「っ!」


 身体が前へ引かれる。


 靴が湿った土を滑った。


 澪が横から柄を押した。


 男が引き戻す。


 豪は足を開き、近くの木へ肩をぶつけた。


 止まった。


 視界の端でHPが減っていた。


 いくつかを見る余裕はなかった。


 対岸で弦が鳴った。


 鉤の男が呻いた。


 右腕に光が散る。


 豪の身体を引いていた力が、一瞬緩んだ。


 豪は鉤の棒を木の幹へ押しつけた。


 澪も両手で棍棒を押し込む。


 柄が、幹と二本の棒の間に挟まった。


「離せ!」


 男が怒鳴った。


 豪は離さなかった。


 横で、葉が鳴った。


 手斧の男が動いた。


 澪の方へ。


「澪!」


 彼女が顔を向ける。


 豪は鉤の柄を押したまま、身体をずらした。


 間に合わない。


 手斧の男が腕を上げた。


 そこで止まった。


 対岸の女が、男へ狙いをつけていた。


「振ったら射る」


 男の手が、肩の上で止まっている。


 豪はその顔を見た。


 歯を食いしばり、目だけを対岸へ向けていた。


 痛みはなくても、HPは減る。


 当たっても平気なわけではない。


「豪さん、服、外れそうですか」


 澪が言った。


 豪は胸元を見た。


 鉤は作業着の脇に掛かっていた。


 左手で布を引く。


 浅く掛かっているだけなのに、身体を動かすほど引っ張られた。


「押さえてて」


「はい」


 豪は棍棒を片手に持ち替え、左手で鉤の曲がった部分を押した。


 布が引きつる。


 金属が外れた。


 男が柄を引いた。


 豪は今度こそ手を離した。


 鉤が木を擦り、男の方へ戻る。


 豪はすぐ棍棒を構え直した。


 女の声が飛んだ。


「下がって。木を間に」


 豪と澪は幹の裏へ回った。


 男たちが近づけば、対岸から見える。


 だが、豪たちは木に隠れればいい。


 女は、その位置へ動くように言っていたのだ。


 鉤の男が、川の方へ何か叫んだ。


 豪には聞き取れなかった。


 ミミが足元で耳を伏せる。


「みず、うごいた」


 豪は岸を見た。


 近い。


 さっきの鉤で引かれていたら、あと数歩で水だった。


「後ろへ行く」


 豪は澪へ言った。


「合わせて」


 二人で下がった。


 木の幹を間に置いたまま、森の奥へ向かう。


 鉤の男が横へ動いた。


 弦が鳴った。


 今度の矢は、男の足元へ刺さった。


 男が立ち止まる。


 対岸の女が、次の矢を取った。


 豪はその手元を見てしまった。


 残りが、少なかった。


     *


「走れますか」


 澪が聞いた。


 豪はうなずいた。


 さっきから、肩が上下している。


 まだ走ってもいないのに、息が乱れていた。


「ミミ」


 名前を呼ぶと、小さな身体が顔を向けた。


「木の奥へ。水から離れる」


 ミミが先に動いた。


 豪と澪が続く。


 背後で男が何か怒鳴った。


 追ってくる足音がした。


 豪は振り向かなかった。


 枝を棍棒で払い、根を越える。


 少し先でミミが右へ曲がった。


 二人も続いた。


 川の音が、遠くなる。


 もう一度、後ろで足音が鳴った。


 澪が振り返る。


「来てます!」


 豪は足を止めかけた。


 そのとき、男の声がした。


「待て。向こうが見えねえ」


「一人だろ」


「どこから射たれるか分からんだろうが」


 足音が止まった。


 豪たちは止まらなかった。


 女がまだ狙っているかどうか、男たちにも分からない。


 木々が見えなくしてくれていた。


     *


 倒木の陰まで来て、豪は膝に手をついた。


 澪も隣で足を止めた。


「ミミ、聞こえるか」


 耳が立つ。


 少し待つ。


「こない」


 豪は地面へ座り込んだ。


 HPは六十三だった。


 すぐにポーションを買うべきか迷ったが、回復を待てるなら、その方がいい。


 澪は九十まで戻っていた。


「助かりましたね」


「ああ」


 豪は川の方を見た。


 女の姿は、もう見えない。


 助けてもらった。


 名前も聞いていなかった。


 戻ろうと言うのは簡単だった。


 しかし、同じ場所へ戻れば、男たちがいるかもしれない。


 豪は棍棒を地面へ立てた。


「……上に行こう」


 澪が顔を上げた。


「川から離れたまま、上流の方へ。あの人も、上に戻るって言ってた」


「会えるでしょうか」


「分からない。でも」


 豪は言葉を止めた。


 澪はしばらく豪を見ていた。


 それから、ミミへ顔を向けた。


「人の音がしたら、教えてくれる?」


 ミミが鼻を動かした。


「また、くる?」


「来るかもしれない。だから、遠くから確かめたい」


 ミミは川の方へ耳を向けた。


 それから、立ち上がった。


     *


 斜面を上るにつれ、水音が変わった。


 さっきより低く、小さくなった。


 澪が時々木の間から川を探し、そのたびに進む方向を確かめた。


 豪は何度も後ろを見た。


 追ってくるものはいなかった。


 やがて、ミミが止まった。


「いる」


 豪も止まった。


「人?」


「うん」


 豪は近くの幹へ寄った。


 澪も別の木の陰に入る。


 少し先に、川が見えた。


 倒れた大木が、両岸へ渡るように横たわっていた。


 その上に、人影がある。


 緑の服。


 左手に弓。


 女が、ゆっくりこちら側へ渡っていた。


 豪は声をかけようとして、止めた。


 女の背後の岸を、何かが動いた。


 低い、灰色の影。


 犬ほどの大きさだった。


 豪は棍棒を握った。


「後ろ!」


 女が振り向いた。


 倒木の向こうで、灰色の獣が脚を止めた。


 その向こうから、声がした。


「静かにしてくれ。そいつは俺の連れだ」

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