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奇跡の裏側  作者: AKR
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第13話 対岸の弓

 豪は水面へ顔を近づけた。


 石の下に、黒い影が見える。


 さっきまで話していた魚なのか、別のものなのかは分からなかった。


「出てこいよ」


 返事はなかった。


 流れだけが、石の表面を撫でていた。


「そこから離れて」


 対岸の女が言った。


 豪は顔を上げた。


 弓はまだ下を向いている。


 女は豪たちより、下流を気にしていた。


「話すなら、木の方へ。水際にいないで」


「どうして」


「下から来る」


 豪は反射的に一歩下がった。


 澪がミミを呼んだ。


 ミミはすでに岸を離れ、低い草の陰へ入っていた。


 豪も木のそばまで戻った。


 女は対岸を上流へ歩いた。


 数歩ごとに立ち止まり、川を見ている。


 豪たちも距離を合わせて動いた。


 水音が少し遠くなったところで、女が足を止めた。


「その位置なら、しばらく大丈夫」


 豪は周囲を見た。


 太い幹が何本もあり、川からまっすぐには来られない。


「さっき、私たちって言ったよな」


 女の視線が戻った。


「滝に行ったって」


「聞こえてたのね」


「何があった」


 女は弓を握り直した。


 右手の矢は、まだ指の間にあった。


「三人で行った」


 そこで一度、口を閉じた。


「戻ったのは、私だけ」


 澪が隣で息を吸った。


 豪は川を見た。


 魚の姿はない。


「課題は嘘だったのか」


「それは本当」


 豪は女へ向き直った。


「課題はある。でも、岸から近づく道が狭い。途中で後ろを塞がれたら、戻れない」


「誰かいるのか」


「人が二人。私が見たのは」


 女は下流へ目を向けた。


「あの魚もいた。私たちが落ちたとき、下に」


 豪は水面を見た。


 透明な流れだった。


 底が見えるせいで、浅い場所ばかりだと思っていた。


「落とされるのか」


 女はうなずいた。


「岸の上から押された。濡れた石で足を取られて、一人が落ちた。もう一人が助けようとして」


 話しながら、女の右手が少し下がった。


 矢の先が土へ触れた。


「水の中だと、まともに動けなかった」


 豪は自分の棍棒を見た。


 振り回すどころか、つかんでいるだけで邪魔になるかもしれない。


「そっちは、どうやって戻ったんですか」


 澪が聞いた。


 女は彼女を見た。


「根につかまった。流れの外へ出て、よじ登った」


「ほかの二人は」


 澪は途中で言葉を止めた。


 女は答えなかった。


 豪も聞けなかった。


     *


「どうして教えてくれたんだ」


 豪が聞くと、女は矢を持ち上げた。


「同じところへ行こうとしてたから」


「それだけ?」


「ほかに理由が要る?」


 豪は口を閉じた。


 女は少し目を伏せた。


「……今の聞き方は、嫌だった。ごめん」


「いや。俺も」


 豪は棍棒を下げた。


「さっき、人にポイントを取られたから」


 澪が豪を見た。


 言わない方がよかったかもしれない。


 だが、もう口にしていた。


「パーティーに入れって言われて。渡したあとも、帰してもらえなくて」


 女はしばらく豪を見た。


「残ってるの?」


「少しは」


「そう」


 それ以上は聞かなかった。


 ミミが草の間から顔を出した。


 耳が、下流へ向いている。


「くる」


 豪は振り向いた。


「人?」


「うん」


 女の顔が変わった。


 弓へ矢を掛ける。


「何人?」


 対岸から聞かれて、ミミは身体を縮めた。


 豪がかがんだ。


「ミミ、分かるか」


 耳が動いた。


「ふたつ」


 豪は女へ顔を向けた。


「二人らしい」


 女は下流の木々を見た。


 まだ誰も見えなかった。


 豪は棍棒を両手で持った。


 澪も隣へ来た。


「離れませんか」


 彼女が小声で言った。


 豪はうなずいた。


 女が対岸で片手を上げた。


「上へ。川沿いじゃなくて、木の中」


「そっちは?」


「私も戻る」


 女は豪たちより先に、木々の奥へ目を向けた。


「大きな音を出さないで。追いかけられたら、水には入らないこと」


 豪はミミを見た。


「行けるか」


 ミミが草の陰から出た。


 そのとき、下流から声がした。


「おい、いたぞ」


 豪の身体が強張った。


 木々の間から、二人の男が出てきた。


 一人は長い棒を持っている。


 先端に、金属の鉤がついていた。


 もう一人は、手斧だった。


 男たちは豪を見たあと、対岸へ顔を向けた。


「またお前か」


 鉤の男が言った。


 女が弓を持ち上げた。


「近づかないで」


 男は立ち止まった。


 手斧の男が、豪たちの横へ回ろうとした。


 豪は澪を背に寄せた。


「ミミ、後ろへ」


 小さな身体が、豪の踵の向こうへ消えた。


 女の声がした。


「木に寄って!」


 豪は澪の腕を引いた。


 次の瞬間、さっきまで肩があった場所を、細いものが通った。


 背後の土へ、矢が刺さった。


 手斧の男が足を止めた。


 豪は対岸を見た。


 女はすでに、次の矢を取っていた。

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