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奇跡の裏側  作者: AKR
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第11話 声で選ぶ

 皿が触れ合うような、小さな音がした。


 豪は目を開けた。


 何かをつかもうとして右手を動かし、指先を棍棒にぶつける。


「私です」


 澪の声だった。


 葉の隙間から入る光の中で、彼女が水の容器を持っていた。


「ごめんなさい。起こしました?」


 豪は身体を起こした。


 背中に細い根が当たっていた。首を回すと、作業着の襟が頬を擦った。


「いや……大丈夫」


 澪の足元に、白い皿が置かれている。


 ミミがその手前にいた。


 豪が動くと耳を立てたが、逃げはしなかった。


「皿、持ってきてたのか」


「さっき出てきました」


「出てきた?」


「ミミが。私の水を見てたので、飲む? って聞いたら」


 豪は皿を見た。


 根元の窪みに置いたものと、同じ形だった。


 逃げるとき、ミミが何かをくわえているのは見なかった。


「買ったのか?」


 ミミは鼻を動かした。


「これ、あった」


「どこに」


「しまうとこ」


 豪は澪を見た。


 彼女も首をかしげていた。


「所持品、ですかね」


 豪は画面を開いた。


 購入や能力強化と並んでいる項目をたどる。


【所持品】


 選ぶと、棍棒と水の容器が表示された。


 水の横には、残量らしい細い線がある。


 毛布はなかった。


 下の方に、説明が書かれていた。


 所有するアイテムは、手元にある状態で収納できる。


 収納した物は、取り出せる空間があれば再び出せる。


 豪は棍棒を持ち、収納しようと考えた。


 指の間から、重みが消えた。


「消えた」


 澪が言った。


 豪は手を開いた。


 所持品の棍棒を選ぶ。


 右手へ重みが戻った。


 二人で、しばらくそれを見た。


「……もっと早く見とけばよかったな」


「はい」


 澪の返事は、少し苦かった。


 毛布は、久瀬の槍へ押しつけたあと、手を離してしまった。


 自分の物でも、離れた場所から呼び戻すことはできないらしい。


 豪は水の容器を収納した。


 ポケットが軽くなる。


 ミミは皿から水を飲んでいた。


 途中で顔を上げ、豪の右手を見た。


「ぼう、ない」


「収納したんだ。ほら、また出せる」


 豪は棍棒を取り出し、もう一度収納した。


 ミミの鼻が止まった。


 目が、豪の手から顔へ移る。


「できた」


「ミミも、皿はそうやって持ってきたんだろ?」


「うん」


「どうやった?」


 ミミは皿を見た。


「もってく」


 少し間を置いて、言った。


「おもった」


     *


 豪は自分のHPを確かめた。


【HP:72/100】


 眠る前より、三十戻っていた。


「結構、寝た?」


「分からないです。でも、何度か呼吸が変わったので」


「起こしてくれてよかったのに」


「眠れたばっかりみたいだったから」


 澪はそう言って、水の蓋を閉めた。


 目の下が少し暗く見えた。


「次、代わる」


「はい。でも、その前に食べませんか」


 言われて、腹が空いていることに気づいた。


 豪は所持ポイントを開いた。


 五十二。


 眠っている間も減ってはいない。


 だが、これから食べれば減る。


 昨日なのか、まだ同じ日なのかも分からなかった。朝食と呼んでいいのか迷いながら、豪は携帯食を二つ選んだ。


「二人分、俺が買っていいか」


 澪がうなずく。


「お願いします」


 購入する。


【所持ポイント:50】


 一つを澪へ渡した。


 ミミが、包みの音に顔を上げた。


 豪は草食動物用の携帯食を探しかけ、手を止めた。


「ミミも、自分で買ってみるか」


 澪がこちらを見た。


「皿を出せたなら、できるかもしれない」


 ミミは豪の手の包みを見ていた。


「ごはん」


「ああ。食べたい物を考えてみて」


「出る」


「いっぱい出ても、そのままでいいから」


 ミミの目が、少し上へ向いた。


 また何かを見ている。


 豪には見えなかった。


 教えようとすると、そこから先が分からない。


 澪が自分の包みを膝に置いた。


「文字を選ばなくてもいいのかな」


「え?」


「豪さん、水を買うとき、どうしました?」


「水って考えて、出てきたのを選んだ」


「私もです。じゃあ、名前が分からなかったら?」


 豪は画面を見た。


 食べ物の一覧には、写真のない項目もある。


 説明を読んで、何が買えるかを知った。


 ミミには、それができない。


 だが、食べた物なら覚えている。


「さっきの草のやつ」


 豪はミミへ言った。


「俺が渡したやつ。あれを食べたいって、考えられるか」


 鼻が動いた。


「かたい」


「そう。それ」


「におい、あった」


「うん」


 ミミが口元を動かした。


 豪は黙った。


 澪も何も言わなかった。


 葉の外で、風が鳴った。


 ミミが耳をそちらへ向ける。


 それから、また目の前を見た。


「ひとつ」


 豪は身を乗り出しかけた。


「一つになった?」


「うん」


「それ、欲しいって思ってみて」


 ミミの前脚が少し動いた。


 何も出てこなかった。


「……まだ、何か出てる?」


「いる、って」


 澪が顔を上げた。


「購入しますか、かな」


 豪はうなずいた。


「欲しければ、いいよって」


 小さな包みが、ミミの前へ落ちた。


 二人とも動かなかった。


 ミミは包みに鼻を寄せた。


 匂いを嗅ぎ、片方の前脚で押さえる。


「出た」


「ああ」


 豪の口から、息が漏れた。


「買えたな」


 澪が笑った。


 声を出しかけて、口元を押さえる。


 ミミが顔を上げた。


 怒られたと思ったのか、耳が少し伏せられた。


「ごめん。違うの」


 澪は笑ったまま首を振った。


「よかったね」


 ミミは包みを見下ろした。


 端に歯を掛け、引っ張る。


 開かない。


 もう一度引っ張る。


 豪は手を出しかけ、止めた。


「開けようか?」


 ミミは包みを押さえた。


 豪の手を見る。


 少し迷ってから、前脚を離した。


「うん」


     *


 食べ終わったあと、澪が横になった。


 狭いので脚は伸ばせなかったが、根に上着の袖を挟み、頬を預けた。


「次は、ちゃんと起こしてください」


「分かった」


 豪は枝の隙間へ身体を向けた。


 棍棒を出して、膝の上に置く。


 ミミは食べ終わった包みを嗅いでいた。


 豪は声を落とした。


「残り、いくつか分かるか」


 ミミが顔を上げる。


「ポイント」


 鼻が動いた。


 少し間が空く。


「わかんない」


「そっか」


 豪は自分の画面を見た。


 数字を読めなくても、買うことはできた。


 だが、いくら使ったか分からなければ、キツネと同じように使い切ってしまうかもしれない。


「欲しい物があったら、買う前に教えてくれ」


 ミミは豪を見ていた。


「いっぱい買うと、なくなるから」


「ごはん?」


「ごはんを出すための、ポイント。なくなったら、買えない」


 ミミの耳が動いた。


 分かったのか確かめたかったが、同じことを繰り返しそうでやめた。


「一緒にやろう」


 豪は言った。


 ミミは空の包みを前脚で押した。


「あとで」


「ああ。あとでな」


     *


 澪が眠ると、音が少なくなった。


 豪はミミを見た。


 身体は小さい。


 棍棒を一度当てたら、どれくらい減るのだろう。


 考えてしまい、顔をそむけた。


 守るつもりで一緒にいるのに、もう、そんな見方をしている。


 豪は自分の画面を開いた。


 スキルの中に、他者のHPを見るものがある。


 初期ランクを見るものもあった。


 どちらも、今は買わなかった。


 代わりに案内を開き、動物への補正を探した。


 元の身体のままでは著しく不利になる種には、開始時に能力の補助が与えられる。


 個体の持つ能力は、自分のスキル一覧で確認できる。


 豪はミミへ顔を向けた。


「ミミ、耳って、前からそんなによかったのか」


 ミミは片耳を豪へ向けた。


「きこえる」


「ここに来る前も?」


 少し間が空いた。


「ちがう」


 豪は待った。


 ミミが外へ鼻先を向けた。


「とおい」


「遠くまで聞こえる?」


「うん」


 種ごとの補助。


 豪は案内の文字をもう一度読んだ。


 耳のよさが、その一つなのかもしれない。


 ただ、それだけでは分からなかった。


 実際に何が与えられているかは、ミミ自身の画面を見る必要がある。


「自分のできること、知りたくないか」


 ミミの鼻が動いた。


「ごはん、出る」


「それもそうだけど。ほかにも、何かできるかもしれない」


 ミミは片方の耳を伏せた。


「いっぱい?」


「……いっぱい出るかも」


 豪が答えると、ミミは顔を背けた。


「あとで」


 豪は少し笑った。


「分かった。あとで」


 画面を閉じた。


 今は食べ物を買えた。


 それだけで、十分なのかもしれなかった。


     *


 しばらくして、ミミの耳が立った。


 豪は棍棒へ手を掛けた。


「人か」


 ミミはすぐには答えなかった。


 耳が、ゆっくり左右へ動く。


「ちがう」


 豪は葉の隙間を見た。


 何も見えない。


「何が聞こえる?」


「おと」


「歩く音?」


 ミミは鼻を動かした。


 首が、わずかに傾く。


「ずっと」


 豪も耳を澄ませた。


 風が枝を揺らしている。


 葉が擦れる。


 それとは別に、かすかな音がある気がした。


 途切れず、低く続いている。


 豪は膝に手をつき、少しだけ上体を起こした。


 ミミの耳は、斜面の下へ向いていた。


「水か?」


 豪がつぶやくと、ミミはその言葉を繰り返した。


「みず」


 川かもしれない。


 豪は購入画面の飲料水を思い出した。


 自然から水は得られないと、あの男は言っていた。


 では、川があったら、何が流れているのだろう。


 眠っている澪を見る。


 今すぐ出ていくつもりはなかった。


 それでも、起きたら相談してみようと思った。


 ここに留まっていても、ポイントは減っていく。


 誰かを襲う以外に何かできないか、まだ何も確かめていない。


 豪は音のする方角を、枝の形と合わせて覚えた。


 隣でミミが身体を丸めた。


 耳だけは、流れの音へ向いたままだった。

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