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『人生勝ち組になるまで、俺の青春は先に進まない』~間違った選択をすると、また今日が始まる~  作者: ダイヤマ
第3章 正解のない選択

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第50話 変わっていく夏



 夏祭りの翌朝、目を覚ました俺は、枕元のスマホより先に机の上へ目を向けた。


 そこには昨日、林が輪投げで取ってくれた小さな犬のぬいぐるみが置いてある。


 帰宅してからポケットに入れたままなのが何となく嫌で、寝る前に取り出して置いたのだが、朝になって改めて見ると少し恥ずかしい。


「……俺、これ飾るの?」


 高校生男子の部屋に、小さな犬のぬいぐるみ。


 似合うかどうかで言えば、たぶん似合わない。


 それでも引き出しへしまおうとは思わなかった。


『今日の記念』


 昨日の林の声が蘇る。


 それだけじゃない。浴衣姿で少し恥ずかしそうに笑った顔も、繋いだ手の感触も、花火を見ながら交わした来年の約束も、思い出そうとしなくても次々と浮かんでくる。


「……重症だな」


 自分で呟いて、少し笑った。


 スマホを手に取ると、メッセージが何件か届いていた。グループには昨日撮った写真が大量に送られていて、高石が変な顔をしている写真や、浅井と名取が屋台の前で撮った写真が並んでいる。


 その中に、俺と林が写っている写真もあった。


「いつ撮ったんだよ……」


 二人で話しているところを、少し離れた場所から撮られている。


 送ったのは浅井だった。


『昨日のベストショット』


 その直後、高石が反応している。


『完全にデート』


『うるさい』


 俺が返信すると、すぐに既読が増えた。


『起きた!』


 浅井から返ってくる。


『昨日どうだった?』


『何が』


『林さんと』


『普通に祭り回っただけ』


『へえー』


 その文字を見て、俺は一瞬手を止めた。


 何となく顔が浮かぶ。


『その反応やめろ』


『何も言ってないじゃん笑』


 そこへ高石まで入ってきた。


『手くらい繋いだ?』


「……」


 こいつ、何でそこだけ妙に鋭いんだ。


 返信せずにスマホを伏せる。


 数秒後、また震えた。


『無視は肯定とみなします』


「うるせえよ……」


 思わず声が出た。


 その時、別の通知が表示される。


 林からだった。


『昨日ありがとう。楽しかった』


 さっきまで騒がしかったグループの通知が、一瞬どうでもよくなる。


『俺も楽しかった』


 打ち込んでから、少し考える。


 これだけだと何か足りない気がした。


『またどっか行こう』


 送信。


 すぐに既読がついた。


『うん。行きたい』


 たったそれだけなのに、口元が緩む。


「勇真ー! 朝ご飯できてるよー!」


「今行く!」


 母さんに呼ばれ、俺はスマホを置いた。


 立ち上がる直前、机の上のぬいぐるみをもう一度見る。


 やっぱり、ここに置いておこう。


 そう決めた。


     ◇


 夏祭りから数日後、ようやく俺にも本格的に練習へ戻っていい許可が出た。


 とはいえ、いきなり全力で動いていいわけではない。体調を見ながら少しずつ負荷を戻すことになっている。


「矢城」


 体育館へ入った瞬間、芹沢先生に呼び止められた。


「今日から動いていいって聞きました」


「聞いてる。だから先に言っておく」


「何ですか?」


「調子に乗るな」


「まだ何もしてませんよ」


「お前は何かする前に言っといた方がいい」


「俺、先生からどう思われてるんですか?」


「二階から飛ぶ男」


「それ一生言われるやつですか?」


「少なくとも卒業までは使えるな」


「長いな……」


 近くで聞いていた高石が吹き出す。


「有名人じゃん」


「嬉しくないよ」


「じゃあ、火事男」


「もっと嫌だよ」


「高石」


 芹沢先生が呼ぶ。


「はい?」


「矢城が無茶しそうになったら止めろ」


「任せてください」


「何でお前が俺の監視役なんだよ」


「先生公認だぞ」


「絶対ろくなことにならない」


 久しぶりに練習着へ着替え、コートへ入る。


 軽く走ってみると、体は思っていたより動いた。ただ、以前とまったく同じではない。少し息が上がりやすいし、体の奥に鈍い重さが残っている。


 それでも、嬉しかった。


 ボールを受け、床へつく。


 手のひらに返ってくる感触が懐かしい。


「矢城!」


 高石から声が飛ぶ。


 反射的に顔を上げると、空いた場所が見えた。


 パスを出す。


 高石が受け、そのままシュートを決める。


「ナイス!」


「ああ!」


 たった一本のパスだった。


 それだけで、戻ってきたと思えた。


     ◇


「止めろ!」


 芹沢先生の声が体育館に響いた。


 ミニゲームの途中で笛が鳴り、全員の動きが止まる。


「矢城」


「はい」


「今の、何で高石に出した?」


「え?」


 俺はさっきの場面を思い返す。


「右に二人寄ってたんで、左が空くと思って」


「高石が空くのは最初から見えてた?」


「最初からっていうか……成瀬が右に動いた時に相手が一人ついて、その後ろもそっち見たんで、多分空くかなって」


 説明すると、芹沢先生は少し黙った。


「お前、自分がボール持ってない時もずっと周り見てるな」


「そうですか?」


「自覚ないのか?」


「ないです」


「厄介だな」


「何で褒められてる感じしないんですか」


 何人かが笑う。


 芹沢先生は気にせず、コートの位置を指差した。


「もう一回やるぞ。矢城、お前は点取ろうとしなくていい。誰がどこに動いて、どこが空くかだけ考えろ」


「はい」


「高石」


「はい」


「こいつが変なところにパス出しても走れ」


「俺だけ仕事増えてません?」


「嫌なら取るな」


「取ります!」


 再びゲームが始まる。


 言われた通り、自分で点を取ることより周囲を見る。


 誰がどこへ動くのか。


 誰が何を見ているのか。


 一人が動けば、別の場所が空く。


 相手がそちらを警戒すれば、今度は反対側に隙ができる。


 不思議だった。


 考えようとすると難しいのに、実際に人が動き始めると何となく分かる。


 火事の時とはまったく違う。


 でも、どこか似ている気もした。


 状況を見て、次に何が起こるのかを考える。


 その中で、自分にできることを選ぶ。


「矢城!」


 声が聞こえるより先に、俺はボールを出していた。


 成瀬が受け、そのままレイアップを決める。


 笛が鳴った。


「今のだ」


 芹沢先生が言う。


「お前、やっぱりそっち伸ばせ」


「そっち?」


「周りを見る力だよ。自分が点を取ることしか考えてない奴より、よっぽど使える」


「褒めてます?」


「かなりな」


「先生、褒め方下手ですね」


「もう一本走るか?」


「すみませんでした」


 高石が横で笑っていた。


 俺も笑いながら定位置へ戻る。


 勝ち組になる。


 最初は、そのために勉強も運動も全部できるようになろうと思っていた。


 でも、全部で一番になる必要なんてないのかもしれない。


 俺には俺の得意なことがある。


 それを初めて、少しだけ認めてもいい気がした。


     ◇


 練習が終わり、体育館を出る。


「矢城」


 後ろから高石に呼ばれた。


「何?」


「今日結構よかったじゃん」


「そう?」


「パスはな」


「余計な一言いる?」


「シュートは普通」


「お前より入るよ」


「今度勝負する?」


「いいよ」


 言い返しながら靴を履き替えていると、スマホが震えた。


 画面を見る。


 林からだった。


『今日、部活?』


『今終わった』


『もう普通にできるようになった?』


『一応。先生には調子乗るなって言われた』


 少しして返事が来る。


『それは先生が正しいと思う』


「何でだよ」


 思わず呟く。


「誰?」


 高石が覗こうとする。


「見るな」


 俺はすぐスマホを胸元へ寄せた。


 その反応だけで、高石の顔が変わる。


「林?」


「何で分かるんだよ」


「お前、分かりやすすぎ」


「うるさい」


「昨日から付き合った?」


「付き合ってない」


「じゃあ告った?」


「してない」


「手は?」


「何でそこに戻るんだよ!」


 高石が大笑いする。


 近くにいた成瀬までこちらを見て笑っていた。


「お前ら絶対楽しんでるだろ」


「そりゃな」


「矢城がこういう話するの珍しいし」


 成瀬にまで言われ、俺はため息をついた。


 でも、嫌ではなかった。


 前の人生なら、自分の恋愛を友達にからかわれるなんて想像もしなかった。


 そもそも、からかってくれる友達もいなかった。


 今は、それすら少し楽しいと思える。


     ◇


 その日の夕方。


 家へ帰る途中で、林からもう一度連絡が来た。


『今度、暇な日ある?』


 足が止まる。


 俺から「またどっか行こう」と送った。


 でも、具体的に誘ってきたのは林の方だった。


『あるよ』


『どこか行く?』


 送ってから、返信を待つ。


『うん』


 そのあと、少し間が空いた。


『今度は二人で』


「……」


 思わず画面を見直した。


 読み間違いじゃない。


『今度は二人で』


 心臓が急に速くなる。


 祭りでは途中から二人だった。


 でも次は、最初から二人。


 それって――。


 そこまで考えて、俺は笑った。


 前なら、すぐに「これはデートか?」と答えを探していたかもしれない。


 でも今は、それより先に思うことがある。


 林が俺と二人で出かけたいと思ってくれた。


 それが嬉しい。


『行こう』


 送信する。


 すぐに既読がついた。


『楽しみにしてる』


 俺もだ。


 そう返そうとして、少しだけ迷った。


 恥ずかしい。


 でも、もう誤魔化さなくてもいい気がした。


『俺も楽しみにしてる』


 送信。


 スマホをポケットへ戻し、俺は再び歩き出した。


 夏休みは、まだ半分も終わっていない。




 去年までなら長すぎると思っていた休みが、今年は少しだけ短く感じ始めていた。

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