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『人生勝ち組になるまで、俺の青春は先に進まない』~間違った選択をすると、また今日が始まる~  作者: ダイヤマ
第2章 変わり始めた青春

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第22話 これはデートなのか?



【5月4日】


「……早すぎた」


 駅前の時計を見上げながら、矢城勇真は呟いた。


 待ち合わせは午前十時。


 現在時刻は九時三十七分。


 二十三分前である。


「いや、遅れるよりはいいだろ」


 誰に言い訳するでもなく、一人で納得する。


 昨日も同じ駅で待ち合わせをした。


 成瀬、高石、堀井、名取、浅井。


 六人で遊んで、笑って、写真まで撮った。


 あれだけ楽しかったのだから、今日だって普通に楽しめばいい。


 ただ、一つだけ大きな違いがある。


 今日は円花と二人きりだった。


(これって……デートなのか?)


 円花から誘われた。


 休日に男女二人で水族館。


 かなりデートっぽい。


 でも円花本人が「デート」と言ったわけではない。


「変に意識してたらキモいよな……」


「何が?」


「うわっ!」


 真横から声がして、勇真は飛び上がりそうになった。


「ご、ごめん!」


 円花が驚いている。


「そんなにびっくりすると思わなくて」


「考え事してたから」


「何考えてたの?」


「それは言えない」


「なんで?」


「なんでも」


『今日ってデートなのかな』などと本人に聞けるわけがない。


 勇真は気持ちを落ち着かせ、改めて円花を見る。


「…………」


 学校とは雰囲気が違った。


 淡い色のブラウスに、膝下まであるスカート。肩には小さめのバッグをかけている。


 派手ではない。


 けれど、よく似合っていた。


「矢城くん?」


「え?」


「どうしたの?」


「いや……」


 言うべきか迷う。


 こういう時に何と言えばいいのか、勇真には経験がない。


 それでも――。


「今日の服、似合ってるなって」


 円花が固まった。


「…………」


「林?」


「……ありがとう」


 少し俯く。


 耳が赤い。


 言った勇真まで恥ずかしくなってきた。


「じゃ、じゃあ行く?」


「うん」


 二人は並んで歩き始めた。


 ◇


 電車の中は、ゴールデンウィークということもあってそれなりに混んでいた。


 運良く二人分の席が空き、並んで座る。


「林って水族館好きなの?」


「好き」


「よく行く?」


「小さい頃は家族で行ってたけど、最近はあんまり」


「へえ」


「矢城くんは?」


「いつ行ったか覚えてないくらい」


「じゃあ久しぶり?」


「多分」


 会話が止まる。


「…………」


「…………」


(気まずい)


 学校で一緒に帰る時は、ここまで意識しなかった。


 でも今日は違う。


 休日。


 二人きり。


 しかも円花の服が学校と違う。


(何話せばいいんだ?)


 焦れば焦るほど、何も浮かばない。


 すると円花が小さく笑った。


「矢城くん、緊張してる?」


「え?」


「なんか学校と違うから」


「……林も?」


「ちょっと」


「なんだ」


 勇真は笑った。


「俺だけかと思った」


「私も、こういうのあんまりないから」


「こういうの?」


 円花が一瞬止まる。


「……男の子と二人で出かけるの」


「…………」


 心臓が跳ねた。


「俺も」


「そうなの?」


「女子と二人で出かけるとか初めて」


「本当に?」


「本当だよ」


「名取さんとかとありそうなのに」


「ないない。昨日だって六人だったし」


「そっか」


 円花が少し嬉しそうに笑った。


 その表情を見ていると、勇真の緊張も少しだけ解けていった。


 ◇


 水族館へ到着すると、館内は多くの家族連れやカップルで賑わっていた。


「結構いるな」


「やっぱり連休だからかな」


「はぐれそう」


「子どもじゃないんだから」


「林、小さいから見失いそうだけど」


「……矢城くん」


「何?」


「それどういう意味?」


「身長」


「分かってる」


「怒るなよ」


「怒ってない」


「怒ってるじゃん」


 そんなやり取りをしながら入場する。


 最初の大きな水槽の前で、円花が足を止めた。


「わあ……」


 青い光が円花の顔を照らす。


 魚の群れが目の前をゆっくりと横切っていく。


「すごいね」


「うん」


 勇真は返事をしながら、魚ではなく円花の横顔を見ていた。


 本当に楽しそうだ。


 それを見ていると、自分まで嬉しくなる。


「矢城くん?」


「え?」


「見ないの?」


「見てるよ」


「こっちじゃなくて水槽」


「……見てたって」


「今、私見てなかった?」


「気のせい」


「怪しい」


 円花が笑う。


 勇真は誤魔化すように水槽へ目を向けた。


(何やってんだ、俺……)


 ◇


「あ、ペンギン!」


 円花が珍しく大きな声を出した。


「好きなの?」


「好き!」


「めっちゃテンション上がるじゃん」


「だって可愛い」


 水の中を飛ぶように泳ぐペンギンを、円花が夢中で目で追っている。


「あっち行った!」


「水の中だとすげえ速いな」


「矢城くん、見て!」


「見てる見てる」


「今のすごくなかった?」


「すごかった」


 勇真は笑った。


 学校では大人しく、あまり自分から前へ出ない円花が、今日はよく喋る。


 好きなものを見つけるたびに表情が変わる。


(こういう顔するんだな)


 また一つ、円花の知らなかった部分を知った気がした。


「林」


「何?」


「ペンギン、本当に好きなんだな」


「うん。変?」


「全然」


 勇真は少し笑う。


「学校にいる時より楽しそう」


「……学校でも楽しいよ」


「そう?」


「最近は」


「最近?」


「うん」


 円花は少しだけ勇真を見て、それからペンギンへ視線を戻した。


「最近は、学校も前より楽しい」


「そっか」


 それ以上は聞かなかった。


 けれど、なぜかその言葉が嬉しかった。


 ◇


 昼。


 二人は館内のカフェに入った。


「疲れた?」


「ちょっと」


「結構歩いたもんな」


「でも楽しい」


「俺も」


 円花が笑う。


「誘ってよかった」


 その言葉に、勇真は少しだけドキッとした。


「俺も誘ってもらってよかった」


「本当?」


「本当」


「よかった」


 料理が運ばれてくる。


 食べながら、学校の話になった。


「バスケ部どう?」


「きつい」


「やっぱり?」


「でも楽しいよ。成瀬とか高石もいるし」


「矢城くん、バスケしてる時ちょっと違うよね」


「見たことあったっけ?」


「体育館の前通った時に少し」


「マジ?」


「うん」


「恥ずかしいな」


「どうして?」


「なんか見られてると思うと」


「上手だったよ」


「……ありがとう」


 褒められると素直に嬉しい。


「林は部活入らないの?」


「まだ迷ってる」


「何かやりたいのある?」


「特には」


「じゃあ焦らなくてもいいんじゃない?」


「矢城くんに言われると思わなかった」


「なんで?」


「前はすごく焦ってたから」


「…………」


 勇真は苦笑した。


「そうだったな」


 入学直後。


 友達を作らなければ。


 上のグループへ入らなければ。


 恋愛もしなければ。


 何かを手に入れなければ。


 ずっと焦っていた。


「今も変わりたいとは思ってるよ」


「うん」


「でも……何でも急いで手に入れたらいいわけじゃないのかなって」


 円花が頷く。


「私もそう思う」


「林に言われて気づいたこともあるけどな」


「私?」


「やる前から考えすぎても分からないって言っただろ」


「ああ……」


「あれで部活も決めたし」


「覚えてたんだ」


「覚えてるよ」


 円花が少し照れたように笑った。


 ◇


 昼食を終えて、再び館内を回る。


 クラゲの展示。


 暗い空間の中を、淡い光に照らされたクラゲが漂っている。


「綺麗……」


「うん」


 さっきまで賑やかだった円花も、今は静かに水槽を見つめている。


 勇真も隣に立つ。


 何も話さない。


 でも、不思議と気まずくない。


 電車では沈黙が怖かった。


 何か話さなければと思っていた。


 今は違う。


 ただ隣にいるだけでいい。


(昨日とは違うな)


 昨日も楽しかった。


 六人で騒いで、笑って。


 あれはあれで、またやりたい。


 でも今日は別の楽しさがある。


「矢城くん」


「ん?」


「昨日も楽しかった?」


「めっちゃ楽しかった」


「そっか」


「林も来ればよかったのに」


 何気なく言った。


 円花が少し考えてから笑う。


「でも、私は今日の方がいいかも」


「え?」


「…………」


 円花が自分の言葉に気づいたように顔を赤くした。


「いや、その……大人数ちょっと苦手だから」


「ああ」


「そういう意味」


「分かってる」


「本当に?」


「うん」


 勇真も顔が熱い。


(本当にそれだけか?)


 聞けるはずもなかった。


 ◇


 夕方。


 二人は水族館を出た。


「楽しかったな」


「うん」


「ペンギン見てる時の林、すごかったけど」


「もう言わないで」


「めちゃくちゃ喋ってた」


「矢城くんだって楽しそうだった」


「俺は普通」


「嘘」


「なんで?」


「ずっと笑ってたから」


「…………」


 そうだったかもしれない。


 二人で駅へ向かう。


 途中、土産物店の前を通った。


「ちょっと見る?」


「うん」


 店内へ入る。


 円花はすぐにペンギンのグッズが並ぶ棚へ向かった。


「やっぱりそこなんだ」


「可愛い」


「好きだなあ」


 小さなペンギンのキーホルダーを手に取っている。


「買うの?」


「迷う」


「いくら?」


「八百円」


「買えば?」


「でも似たの持ってるし……」


 円花はしばらく迷った末、棚へ戻した。


「やめる」


「いいの?」


「うん」


 勇真はそのキーホルダーを見る。


「…………」


「矢城くん?」


「何でもない」


 そのまま店を出た。


 ◇


 帰りの電車。


 朝ほど緊張しなかった。


 今日見た魚の話。


 学校の話。


 テストの話。


 どうでもいい話が自然に続く。


「次のテスト、一位取るんでしょ?」


「取る」


「名取さん強そう」


「三島も成瀬もいる」


「大変だね」


「でも次は勝つ」


「ふふっ」


「何?」


「矢城くん、負けず嫌いになったね」


「元からかも」


「そうなの?」


「出してなかっただけ」


「どうして?」


「負けるの怖かったから」


 勇真は窓の外を見る。


「本気でやって負けたら、自分には無理なんだって分かるだろ。それが嫌だったんだと思う」


「今は?」


「悔しいけど、次やればいいかなって」


「そっか」


 円花が優しく笑う。


「今の矢城くん、好きだな」


「…………え?」


「あ」


 円花が固まった。


「いや!」


 顔が一気に赤くなる。


「そういう意味じゃなくて!」


「お、おう」


「前よりいいって意味!」


「分かってる!」


「本当に?」


「分かってるって!」


 二人とも前を向く。


「…………」


「…………」


 また沈黙。


 でも今度の沈黙は、昼間とは違った。


 心臓がうるさすぎる。


(『好き』って……)


 そういう意味ではない。


 本人が否定した。


 分かっている。


 それなのに。


 その言葉だけが、いつまでも頭に残った。


 ◇


 駅へ着いた。


「今日はありがとう」


 円花が言う。


「俺の方こそ。誘ってくれてありがとう」


「また行こうね」


「うん」


 勇真は少し迷った。


 そして――。


「今度は俺から誘うよ」


「……本当?」


「うん」


 円花が嬉しそうに笑う。


「待ってる」


「おう」


 円花が帰っていく。


 勇真はその背中を見送った。


「…………」


 楽しかった。


 昨日もそうだった。


 でも今日の楽しさは、やはり少し違った。


 六人で遊んだから楽しかった昨日。


 今日は――。


「林とだったから……か」


 口に出してから恥ずかしくなった。


「帰ろ……」


 勇真も歩き出した。


 ◇


 家へ着き、着替えてから鞄を開ける。


「…………」


 中から、小さな袋を取り出した。


 ペンギンのキーホルダー。


 円花が買うか迷って、結局棚へ戻したものだった。


 帰り際、円花がトイレへ行っている間に買っていた。


「買ったはいいけど……」


 渡せなかった。


 どう考えても恥ずかしい。


 何でもない日に渡すのも変な気がする。


「次会った時でいいか」


 机の引き出しへ入れる。


 その時、スマートフォンが震えた。


【林円花】


『今日はありがとう! 本当に楽しかった』


 勇真は笑った。


『俺も楽しかった』


 少し迷ってから、もう一文。


『また行こう』


 送信。


 すぐに既読がつく。


『うん!』


「…………」


 スマートフォンを置く。


 元の高校生活では、彼女が欲しいと思っていた。


 卒業式の日にも、次の人生では恋愛すると決めた。


 でも今は、少し違う。


 彼女が欲しいから円花と仲良くなりたいわけではない。


 恋愛を経験して「勝ち組」になりたいからでもない。


 もっと話したい。


 また二人で出かけたい。


 円花が笑っているところを、もっと見たい。


「これ……」


 勇真はベッドへ倒れ込んだ。


 枕に顔を埋める。


「俺、林のこと好きになってんのかな……」


 答えは、まだ出なかった。


 ただ。


 今日一日を思い返すたびに、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 ◇


【5月7日】


 ゴールデンウィークが終わった。


「眠い……」


 教室へ向かいながら、勇真は欠伸をする。


 今日からまた学校。


 部活もある。


 円花とも会う。


 少しだけ楽しみにしながら教室へ近づいた、その時だった。


「だから、何回言わせんだよ」


 聞き覚えのある声がした。


 勇真の足が止まる。


 廊下の先。


 数人の生徒がいる。


 その中心にいたのは――真下徹。


 後ろには川井純平と林剛。


 三人の前には、一人の男子生徒が立っていた。


「…………」


 胸の奥に、嫌な感覚が蘇る。


 元の高校生活で。


 何度も自分を笑い、馬鹿にし、学校へ行くことすら嫌になる原因の一つになった三人。


(真下……)


 楽しかったゴールデンウィークから一転して、勇真の表情が強張った。


 そして次の瞬間。


 真下が勇真に気づいた。


「……何見てんだよ、矢城」


 二人の視線がぶつかった。



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