第21話「こんな休日、知らなかった」
【5月3日】
「……早すぎたな」
駅前の時計を見上げながら、矢城勇真は呟いた。
待ち合わせは午前十時。
現在時刻は九時四十分。
二十分も早い。
「まあ、遅れるよりいいか」
今日は成瀬たちと遊びに行く。
メンバーは勇真、成瀬、高石、堀井。
それに名取と浅井。
高校に入ってから知り合った友達と、休日に待ち合わせて遊びに行く。
ただそれだけのことなのに、勇真は朝から妙に落ち着かなかった。
(こういうの……元の高校生活じゃなかったもんな)
学校で話す相手すらほとんどいなかった。
ましてや休日に予定を合わせ、男女混ざったグループで遊ぶなんて経験はない。
卒業式の日に見た光景を思い出す。
楽しそうに写真を撮る同級生たち。
卒業後も遊ぼうと約束する声。
その輪の外にいた自分。
あの時は、こういう連中こそ「勝ち組」なのだと思っていた。
「矢城!」
声がして振り返る。
「おはよう」
成瀬と高石だった。
「早いな」
「お前らもだろ」
「高石が早く来いって」
「遅刻するよりいいだろ」
「それ俺と同じ考え」
そこへ堀井もやってくる。
「おはよ」
「おう」
「俺が最後?」
「女子二人まだ」
「よかった」
「何が?」
「俺だけ遅かったら気まずい」
「まだ集合時間前だぞ」
四人で話していると、少し離れたところから声が飛んできた。
「いた!」
浅井だ。
隣には名取もいる。
「お待たせー!」
「まだ十時前」
高石が時計を見る。
「じゃあセーフ!」
「遅刻してないからな」
「全員揃った?」
名取が一人ずつ確認する。
「成瀬、高石、堀井、矢城……」
そして勇真を見た。
「四位の人もいるね」
「休日まで言うのやめろ!」
「まだ根に持ってるの?」
「次のテストで絶対抜くからな」
「はいはい」
名取が笑う。
浅井が二人を交互に見る。
「朝から仲良いね」
「よくない」
「よくない」
また声が重なる。
「ほら」
「浅井!」
そんなやり取りをしながら、六人は歩き出した。
◇
最初に向かったのはボウリング場だった。
「チーム戦にしようぜ」
高石が言う。
「三対三?」
堀井が聞く。
「そう」
「どう分ける?」
浅井がすぐに手を上げた。
「男女一人ずつ――って男四人じゃん」
「今気づいたの?」
名取が笑う。
「じゃんけんでいいだろ」
成瀬の提案でチームを決める。
結果――。
勇真、名取、高石。
成瀬、浅井、堀井。
「よし」
名取が腕を組む。
「負けないよ」
「ボウリングでも勝負すんの?」
「当然」
「お前、本当に負けず嫌いだな」
「矢城にだけは言われたくない」
「俺は普通」
「テスト四位であんなに悔しがってた人が?」
「なんで知ってんだよ」
「顔に出てた」
「三島と同じこと言うな……」
名取が笑う。
「とりあえず矢城からね」
「俺?」
「実力見せてよ」
「任せろ」
勇真はボールを手に取った。
狙う。
投げる。
ボールは真っすぐ進み――。
ガコン。
右端の溝へ消えた。
「…………」
一瞬の沈黙。
浅井が吹き出した。
「あははは!」
「矢城!」
高石が頭を抱える。
「今のは練習」
「本番始まってるよ」
名取が笑いながら言う。
「うるさい!」
勇真も笑った。
悔しい。
でも、楽しい。
◇
「成瀬うまっ!」
堀井が声を上げる。
成瀬のボールがピンの中央へ入り、ほとんどを倒した。
「なんでお前何でもできんの?」
勇真が言う。
「別に普通だって」
「その『普通』禁止な」
「なんで?」
「腹立つから」
「理不尽」
次は堀井。
「よし……」
妙に真剣な顔で構える。
「堀井、頑張れー!」
浅井が声をかける。
「お、おう!」
堀井が明らかに緊張した。
投げる。
ガター。
「…………」
勇真は堀井の肩へ手を置いた。
「仲間だな」
「矢城……」
「俺たちは一人じゃない」
「うん」
「何の友情?」
名取が呆れている。
全員が笑った。
◇
ゲームが進むにつれて、勇真も少しずつコツを掴んできた。
「よし!」
八本。
「やっとまともになったね」
名取が言う。
「次はストライク出す」
「無理じゃない?」
「言ったな?」
「じゃあ出せたらジュース奢る」
「マジ?」
「出せたらね」
勇真はボールを持つ。
「見てろよ」
「頑張れ、四位」
「その呼び方やめろ!」
投げる。
ボールが中央へ向かう。
ピンが弾け飛ぶ。
一本だけ残った。
「ああっ!」
勇真が頭を抱える。
名取が大笑いした。
「惜しい!」
「今のほぼストライクだろ!」
「一本残ってる」
「実質ストライク!」
「そんなルールない」
「ジュース!」
「なし」
「ケチ!」
また笑いが起こる。
勇真は自分でも驚くほど大きな声で笑っていた。
◇
ボウリングの後は、同じ施設内のゲームセンターへ向かった。
「プリクラ撮ろうよ!」
浅井が言い出した。
「え?」
堀井が固まる。
「六人で?」
「もちろん」
「俺、撮ったことない」
「俺も」
勇真が言う。
「男子だけなら普通じゃない?」
「成瀬は?」
「あるよ」
「ほら勝ち組!」
「何が?」
成瀬が困ったように笑う。
「高石は?」
「ある」
「裏切り者!」
「何の裏切りだよ」
結局、六人で狭い機械の中へ入る。
「もっと詰めて!」
「狭いって!」
「矢城、そっち!」
「押すな高石!」
「堀井、顔見えてない!」
「え、俺!?」
「撮るよ!」
カウントダウン。
三。
二。
一。
パシャッ。
「矢城、顔固い!」
「無理だって!」
「もう一枚!」
パシャッ。
何枚か撮り終え、外へ出る。
「疲れた……」
「プリクラで疲れる人初めて見た」
名取が笑う。
しばらくして、浅井が人数分に分けた写真を渡してきた。
「はい、矢城」
「俺ももらえるの?」
「当たり前じゃん」
勇真は小さな写真を見る。
六人が笑っている。
自分もいる。
「…………」
「どうした?」
名取が覗き込んできた。
「いや」
勇真は写真を見たまま答える。
「こういう写真、あんまり持ってないなって」
「中学の時は?」
「部活の集合写真くらい」
「じゃあ記念にしときなよ」
「うん」
「なくさないようにね」
「分かってる」
勇真は写真を財布へしまった。
なぜか、それだけは大事にしたいと思った。
◇
その後、六人はゲームセンターを回った。
成瀬と高石がバスケットゲームで勝負し、そこへ勇真まで乱入する。
「本物のバスケ部がこれやるのずるくない?」
浅井が言う。
「関係ない!」
高石が必死でシュートする。
「成瀬速っ!」
「矢城も!」
「俺一位!」
「まだ終わってない!」
別のゲームでは名取と浅井がリズムゲームで圧倒的な点数を出し、男子四人が揃って負けた。
「名取、こういうのもできるの?」
「普通」
「成瀬みたいなこと言うな」
堀井がクレーンゲームに千円以上使い始めた時には、全員で止めた。
「あと一回!」
「それ五回前にも言ってたぞ!」
「取れそうなんだよ!」
「店の思うつぼだって!」
勇真が腕を掴む。
「離してくれ矢城!」
「戻ってこい堀井!」
「俺はあいつを取るんだ!」
「ただのぬいぐるみだ!」
「ただのじゃない!」
「何のドラマだよ!」
名取たちが腹を抱えて笑っている。
結局、成瀬が一回だけ挑戦して、そのぬいぐるみを取った。
「…………」
堀井が固まる。
「はい」
成瀬が渡す。
「成瀬……」
「うん」
「俺、お前嫌いになりそう」
「なんで!?」
また全員で笑った。
◇
夕方。
六人は駅近くのファミレスへ入った。
遊び疲れたせいか、最初の頃より全員の距離が近くなっていた。
「今日一番面白かったの、堀井のクレーンゲームだな」
高石が言う。
「忘れろ」
「『俺はあいつを取るんだ!』」
勇真が真似する。
「矢城!」
「似てる!」
浅井が笑う。
「もう二度とお前らとゲーセン行かない」
「絶対また行くじゃん」
名取が言う。
「行くけど」
「行くんだ」
笑い声がテーブルを囲む。
勇真はふと、みんなを見る。
成瀬。
高石。
堀井。
名取。
浅井。
そして自分。
元の高校生活では、ほとんど関わらなかった人もいる。
話すことすらなかった相手もいる。
(俺……この中にいるんだな)
不思議だった。
最初に高校生活をやり直せると知った時、自分は何を考えた?
友達を作る。
彼女を作る。
勉強も頑張る。
人気者になる。
完璧な人生の勝ち組になる。
だから成瀬のような人間と仲良くなりたいと思った。
名取とも仲良くなりたいと思った。
伊藤にまで、いきなり「友達になろう」と言った。
上のグループに入ることが、自分の人生を成功させる方法だと思っていたから。
でも今は――。
「矢城?」
名取がこちらを見る。
「何ぼーっとしてんの?」
「いや」
「疲れた?」
「ちょっとな」
「おじいちゃんじゃん」
「誰がおじいちゃんだ」
「筋肉痛で歩けなかった人」
「もう治ったわ!」
笑う。
それだけで楽しい。
(別にこいつらが人気者だから楽しいんじゃないんだよな)
成瀬だから。
高石だから。
堀井だから。
名取だから。
浅井だから。
今日、一緒に遊んだのがこの五人だったから楽しかった。
今なら、それが分かる。
◇
店を出る頃には、外は少し暗くなり始めていた。
「じゃあ、ここで解散?」
浅井が聞く。
「俺と高石はこっち」
成瀬が駅の方向を指す。
「俺も」
堀井が続く。
「じゃあな、矢城」
「おう。また学校で」
「連休明けな」
「部活では先に会うだろ」
「あ、そうだった」
男子三人が歩いていく。
浅井も別方向だった。
「じゃあ私もここで」
「またねー!」
名取が手を振る。
「矢城もまたね」
「おう」
浅井が去る。
残ったのは勇真と名取だった。
「……方向一緒だっけ?」
「途中までね」
「じゃあ行くか」
「うん」
二人で駅へ向かう。
◇
「今日は楽しかったね」
名取が言う。
「うん」
「矢城、最初ちょっと緊張してた?」
「分かった?」
「分かるよ」
「こういうの慣れてないから」
「そうなんだ」
「中学の部活仲間と遊ぶくらいはあったけど、男女で集まってとかはほとんどない」
「へえ」
「名取は慣れてそうだな」
「まあ、友達と遊ぶのは好きだから」
「やっぱ勝ち組だな」
「またそれ?」
名取が笑う。
「矢城って、本当に勝ち組とか負け組とか好きだよね」
「好きっていうか……」
「高校入ってから、たまに言ってるじゃん」
「まあな」
「今日遊んだ私たちは勝ち組?」
「…………」
勇真は少し考えた。
以前なら即答していた。
友達がいる。
男女で遊べる。
クラスでもそれなりに目立つ。
間違いなく勝ち組だ、と。
「分かんない」
「え?」
「前だったら、そう思ってたかも」
「今は?」
「今日楽しかった。それでいいかなって」
名取が勇真を見る。
「何それ」
「俺にも分からん」
「変なの」
「うるさい」
名取は少しだけ笑った。
「でも、今の矢城の方がいいと思う」
「またそれ言うな」
「本当だから」
「……ありがと」
「素直」
「たまにはな」
駅へ着く。
「じゃあ私こっち」
「おう」
名取が数歩進んでから、振り返った。
「またみんなで行こうね」
「もちろん」
「約束ね」
「おう」
名取が手を振る。
勇真も手を上げた。
◇
帰宅後。
勇真は財布から今日のプリクラを取り出した。
六人。
全員が笑っている。
「……いい写真だな」
机の引き出しへ入れようとして、やめた。
スマートフォンケースの内側へ挟む。
何となく、その方がいいと思った。
その時。
スマートフォンが震えた。
「ん?」
メッセージ。
【林円花】
『明日、10時に駅で大丈夫?』
「…………」
勇真の動きが止まる。
そうだった。
明日は円花と水族館。
二人で。
今日とは違う。
六人ではない。
円花と自分だけ。
『大丈夫』
送る。
すぐに返信が来る。
『楽しみにしてる』
「…………」
勇真はベッドへ座った。
今日も楽しみにしていた。
実際、ものすごく楽しかった。
でも――。
明日の「楽しみ」は、今日とは少し違う気がする。
「何が違うんだろ……」
まだ自分でもよく分からない。
ただ。
円花からのメッセージを見ていると、少しだけ胸が落ち着かなくなる。
勇真はスマートフォンを置いた。
「……明日か」
人生で初めてになるかもしれない、女子との二人きりの外出。
それがデートなのかどうかは、まだ分からない。
でも一つだけ確かなことがある。
明日が来るのが、楽しみだった。




