↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『人生勝ち組になるまで、俺の青春は先に進まない』~間違った選択をすると、また今日が始まる~  作者: ダイヤマ
第2章 変わり始めた青春

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/53

第18話「最初の勝負」



【4月22日】


 目覚ましを止めると、矢城勇真はしばらくベッドの上でぼんやりしていた。


 昨日見えた、あの光景。


 道路。


 小さな後ろ姿。


 そして、自分の声。


『――お願い!』


 結局、あれが何だったのかは思い出せなかった。


 夢だったと言われれば、そうなのかもしれない。


 ただ、勇真にはどうしてもそう思えなかった。


「卒業式の時と同じなんだよな……」


 あの時もそうだった。


 スマートフォン。


 誰かからの連絡。


 自分を呼ぶ女の声。


 光る何か。


 思い出そうとすると、その先だけが霧に包まれたように消えてしまう。


「俺の記憶……絶対なんかおかしいよな」


 けれど、考えても答えは出ない。


 勇真はスマートフォンを見る。


【4月22日】


 今日も日付は進んでいる。


「……学校行くか」


 分からないことばかり考えていても仕方がない。


 少なくとも今は、高校生活をやり直せる機会が自分に与えられている。


 なら、それを無駄にはしたくなかった。


 ◇


 朝のホームルーム。


「来週、入学後最初の確認テストを行う」


 担任の言葉に、教室の空気が少しだけ変わった。


「範囲は中学校までの内容が中心だ。高校の授業内容も一部含める。今後の指導の参考にもするから、各自きちんと復習しておくように」


「テストか……」


 勇真は小さく呟いた。


 忘れていた。


 高校生活には当然、勉強もある。


 元の高校生活でも、成績そのものは極端に悪くなかった。


 むしろ、そこそこ良かった。


 けれど――そこそこだった。


 勉強を頑張って何かを目指したこともなければ、上位に入ろうと本気になったこともない。


「矢城」


 休み時間になった途端、名取が振り返った。


「テスト、勝負しない?」


「なんで?」


「面白そうだから」


「理由軽いな」


「いいじゃん。中学の時、矢城って結構頭よかったでしょ?」


「まあ……普通よりは」


「何その微妙な謙遜」


 名取は中学時代から成績が良かった。


 元の高校生活でも、常に上位にいた記憶がある。


「名取、何位くらい狙ってんの?」


「一位」


 即答だった。


「……マジ?」


「やるなら一番でしょ」


「すげえな」


「矢城は?」


「俺?」


 勇真は少し考える。


 以前なら「平均より上ならいい」と答えていたかもしれない。


 失敗するのが嫌だった。


 本気で上を目指して届かなかった時、自分には才能がないと分かるのが怖かった。


 だから最初から、ほどほどの場所を目指す。


 勉強に限らず、ずっとそうだった気がする。


「……じゃあ俺も、一位」


「え?」


「せっかくやり直――」


 勇真は慌てて口を止めた。


「やり直?」


「いや……せっかく高校入ったんだから、本気でやってみる」


 名取が一瞬驚いたあと、楽しそうに笑った。


「言ったね?」


「言った」


「負けないよ」


「俺も」


「じゃあ勝負ね」


「おう」


 その時だった。


「無謀」


 横から、冷静な声が飛んできた。


「え?」


 勇真が振り向く。


 三島由香がこちらを見ていた。


 長い黒髪が目を引く、落ち着いた雰囲気の女子だ。


 同じクラスになって二週間ほど経つが、勇真は三島とまともに話したことがほとんどない。


 ただ、存在はよく知っていた。


 授業中に教師から突然当てられても淀みなく答え、課題を解き終えるのも早い。すでにクラスの中では、名取と並んで成績上位になりそうな生徒として知られ始めている。


 一方で、愛想がいいタイプではない。


 必要なことははっきり言う。


 時には言い方が鋭すぎて、相手を黙らせてしまうこともある。


 勇真の中でも、「頭がよくて、ちょっと話しかけにくい女子」という印象だった。


「……聞こえてたの?」


「聞こえる声で話してたでしょ」


 三島は手にしていた参考書を閉じる。


「名取に勉強で勝つの、かなり難しいと思うけど」


「いきなり入ってきてそれ?」


「事実を言っただけ」


「三島は何位狙いなんだよ」


「一位」


「お前もかよ」


 名取が楽しそうに笑った。


「じゃあ三人で勝負する?」


「別にいいけど」


 三島は涼しい顔で答える。


「名取も一位狙うなら、最初からそのつもりだったし」


「望むところ」


 名取が笑う。


 勇真は二人を交互に見る。


「……なんか俺だけ場違いじゃない?」


「今気づいた?」


 三島が言う。


「腹立つな……」


「でも自分で一位って言ったんでしょ?」


「言ったよ」


「じゃあ頑張って」


「絶対二人より上行ってやる」


「その意気」


 三島がほんの少しだけ口元を緩める。


 それを見て、勇真は少し意外に思った。


(普通に笑うんだな)


 ほとんど話したことがなかったせいで、もっと近寄りがたい女子だと思っていた。


「何?」


「いや、何でもない」


「変なの」


 三島は再び参考書を開いた。


 完全に乗せられた気もする。


 それでも、不思議と嫌ではなかった。


 ◇


 昼休み。


「というわけで、来週のテストで一位取ることになった」


「なんでそんなことになってんの?」


 堀井が呆れた顔をする。


「流れで」


「一位って名取とか三島いるだろ」


「だから勝負する」


「矢城……変わったな」


「それ最近めっちゃ言われる」


「前なら絶対そんなこと言わなかったじゃん」


「そうだな」


 勇真自身もそう思う。


 前の自分なら、名取や三島と競争しようとは思わなかった。


 負ける可能性が高い勝負なら、最初から避けていた。


 でも今は、少し違う。


 負けてもいい――とまでは思わない。


 やるからには勝ちたい。


 ただ、負けたとしても挑戦したことまで無駄になるわけではないと、今なら少し思える。


「それに……」


「ん?」


「俺、人生の勝ち組になるから」


「まだそれ言ってんの?」


「まだって何だよ」


「たまに矢城が言う謎の目標」


「本気だからな」


「勝ち組って何?」


「…………」


 勇真の箸が止まった。


「何?」


「いや」


 四月十八日にも考えた。


 勝ち組とは何なのか。


 友達が多いこと。


 彼女がいること。


 勉強ができること。


 運動ができること。


 人気者になること。


 全部手に入れれば勝ち組なのか。


「……まだ考え中」


「決まってないのに目指してんの?」


「うるさい」


 堀井が笑う。


 勇真も笑った。


 それでいいのかもしれない。


 最初から答えを知っている必要はない。


 高校生活の中で、自分なりの答えを見つければいい。


 ◇


 放課後。


 部活が始まるまで、少し時間がある。


 勇真は教室に残り、数学の問題集を開いていた。


「……分からん」


 一位への道が早くも怪しい。


「ここ、どうやるんだ?」


 昨日、清水に偉そうに数学を教えていた自分を殴りたい。


 あれは中学範囲だったから分かっただけだ。


 高校に入ってから習った内容になると、途端に怪しくなる。


 教科書を行ったり来たりしながら唸っていると――。


「そこ、公式違うけど」


「うわっ!」


 突然後ろから声をかけられ、勇真は振り返った。


 三島だった。


「……三島?」


「驚きすぎ」


「急に後ろから話しかけるなよ」


「普通に話しかけただけだけど」


「気配消してただろ」


「忍者じゃないんだから」


 三島が呆れたように言う。


 朝に少し話したとはいえ、こうして二人だけで会話するのはほとんど初めてだ。


 勇真は少し身構えた。


「……で、公式が違うって?」


「そこ」


 三島が問題集を指差す。


「それ使ったら解けない」


「マジ?」


「マジ」


「じゃあ何使うの?」


「教科書見れば?」


「教えてくれないの?」


「一位取るんでしょ?」


「取るけど」


「だったら自分で探した方が覚える」


 もっともな話だった。


「……厳しいな」


「普通」


「名取なら教えてくれそう」


「じゃあ名取に聞けば?」


「なんでちょっと怒るんだよ」


「怒ってない」


「怖いって」


「清水にも同じこと言ってそう」


「なんで分かるんだよ」


 三島が少し笑った。


 朝も思ったが、話してみると想像していたほど冷たいわけではないらしい。


 勇真は教科書をめくる。


「これ?」


「違う」


「これ?」


「それ」


「ああ……なるほど」


 式を書き直していく。


「……できた」


「うん。合ってる」


「三島」


「何?」


「意外と優しいな」


「は?」


「もっと『そんなのも分からないの?』とか言うかと思ってた」


「そんなのも分からないの?」


「今言うなよ!」


 三島が笑う。


「矢城が言ってほしそうだったから」


「どこを見たらそうなるんだよ」


「冗談」


「三島って冗談言うんだな」


「私を何だと思ってるの?」


「頭良くて、ちょっと怖い人」


「失礼」


「ごめん」


「まあいいけど」


 そこで勇真は気づく。


 三島とこうして話すのは、思っていたより楽だった。


 毒舌ではある。


 でも、悪意があるわけではない。


 むしろ問題を見てくれた時点で、放っておけない性格なのかもしれない。


「でも、本気なんだ」


 三島が言った。


「何が?」


「一位」


「ああ」


 勇真は問題集へ視線を戻す。


「取れるかどうかは分からないけど、本気でやってみようかなって」


「どうして?」


「どうしてって……」


 少し考える。


 まともに話したこともない相手に言うには、少し恥ずかしい気もした。


 けれど勇真は、そのまま口にした。


「今まで、本気でやって駄目だった時が怖かったんだと思う」


 三島が黙って聞いている。


「だから最初から『そこそこでいい』って思うようにしてた。でも、それだと結局、自分がどこまでできるか分からないままだろ?」


「…………」


「だったら一回くらい、本気でやってみてもいいかなって」


 三島は数秒、勇真を見ていた。


「……そういうこと言う人だったんだ」


「どういう意味?」


「もっと適当な人だと思ってた」


「ほとんど話したことないだろ、俺たち」


「だから今のところの印象」


「ひどくない?」


「入学初日の自己紹介で『彼女欲しい』って言ってた人だし」


「それは忘れてくれ!」


「無理」


 三島が声を出して笑う。


「そんな面白かった?」


「ちょっと」


「最悪だ……」


 勇真は頭を抱えた。


 ◇


「矢城、行くぞ!」


 教室の入口から成瀬が呼ぶ。


「おう!」


 勇真は問題集を閉じた。


「じゃあ三島、ありがとな」


「別に何もしてない」


「公式探すの手伝ってくれた」


「教科書見ろって言っただけ」


「それでも助かった」


「……そう」


 三島は少しだけ視線を逸らした。


「テスト、負けないから」


「俺も」


「その前に部活で疲れて寝ないようにね」


「嫌なこと言うなよ」


「現実的な忠告」


 勇真は苦笑しながら教室を出た。


 廊下へ出てから、成瀬が聞く。


「三島と話すんだな」


「今日初めてまともに話した」


「そうなんだ」


「勉強してたら教えてくれた」


「へえ」


「意外と話しやすかった」


「本人に『意外と』って言うなよ」


「さっき言った」


「言ったの!?」


 成瀬が笑う。


 高石も合流する。


「何の話?」


「矢城が三島に失礼なこと言った話」


「違う」


「何て言った?」


「『意外と優しい』」


「失礼じゃん」


「やっぱり?」


「やっぱりって何だよ」


 三人で笑いながら体育館へ向かう。


「そういえば来週のテスト、一位狙うことになった」


 勇真が言う。


「一位?」


「名取と三島と勝負」


「マジ?」


 成瀬が驚く。


 その横で高石が笑った。


「矢城、無謀だな」


「三島と同じこと言うな」


「だって名取も三島も頭いいぞ」


「知ってる」


「ちなみに成瀬も頭いいからな」


「え?」


 勇真が成瀬を見る。


「どれくらい?」


「普通だよ」


 高石が即座に否定する。


「こいつの普通は信用するな。中学でも上位だったから」


「……敵増えた」


「勝手に敵にするなよ」


 成瀬が笑う。


 勇真も笑った。


 元の高校生活では、成績上位者の名前を聞いても「自分とは違う」と思うだけだった。


 今は違う。


「成瀬」


「何?」


「お前にも勝つ」


「いいよ」


 成瀬があっさり答えた。


「じゃあ勝負な」


「望むところ」


 高石が二人を見る。


「なんか面白くなってきたな」


「高石もやる?」


「俺は見学で」


「逃げた」


「戦略的撤退」


「まだ始まってねえよ」


 三人の笑い声が廊下に響いた。


 ◇


 その日の夜。


 部活を終え、風呂も夕食も済ませた勇真は机へ向かっていた。


「眠い……」


 時刻は午後十時を過ぎている。


 数学。


 英語。


 国語。


 理科。


 社会。


 確認テストとはいえ、一位を狙うなら適当にはできない。


「部活と勉強の両立って……思ってたより大変だな」


 元の自分なら、ここでやめていたかもしれない。


 どうせ一位なんて無理。


 名取や三島には勝てない。


 そう理由をつけて、ほどほどの点数で満足する。


「……あと三十分」


 勇真はシャープペンを握り直した。


 絶対に一位を取れる自信なんてない。


 それでもいい。


 まずは、本気でやってみる。


 その結果がどうなるのか、自分で確かめてみたかった。


 ◇


 それから数日。


 勇真の高校生活は、驚くほど忙しくなった。


 朝は少し早く起きて復習。


 学校では授業。


 昼休みには堀井たちと飯を食い、時には名取と問題を出し合う。


 三島とも、あの日をきっかけに少しずつ話すようになった。


「そこ違う」


「また?」


「また」


「どこ?」


「自分で探して」


「教えてくれよ」


「一位になるんでしょ?」


「厳しすぎるだろ」


 そんなやり取りを何度か繰り返すうちに、勇真も三島の扱いが少し分かってきた。


 口は悪い。


 でも、本当に困っていれば最後にはヒントをくれる。


 放課後はバスケ部。


 帰宅してから、また勉強。


「矢城、最近付き合い悪くない?」


 栗原に言われれば、


「テスト終わったらな」


 と断り、


「これ分かんない」


 と清水に問題集を差し出されれば、


「俺もそこ怪しい」


 と二人で悩む。


 円花からは、


「無理しすぎないでね」


 と心配された。


 成瀬とは部活で競い合い、そのまま勉強でも負けないと軽口を叩き合った。


 忙しい。


 疲れる。


 それでも――。


「……悪くないな」


 勇真はそう思っていた。


 日付を確認する回数も、いつの間にか減っていた。


 明日が来ることを、少しずつ当たり前だと思えるようになっていた。


 ◇


【4月28日】


 確認テスト当日。


 答案用紙が配られる。


「始め」


 教師の声と同時に、教室中で紙をめくる音が響いた。


 勇真は問題を見る。


「…………」


 分かる。


 最初の問題。


 次も。


 その次も。


 勉強したところだ。


(いける)


 胸の奥が熱くなる。


 もちろん分からない問題もある。


 迷う問題もある。


 それでも、以前の自分とは違う。


 考える。


 諦めない。


 最後まで答案を埋めていく。


 ふと顔を上げる。


 少し前の席で、名取が真剣な顔で問題を解いている。


 別の列には三島。


 成瀬もいる。


(勝ちたい)


 素直にそう思った。


 誰かを蹴落としたいわけではない。


 自分の価値を証明したいわけでもない。


 本気でやったからこそ、本気で勝ちたい。


 勇真は再び答案へ目を落とした。


 ◇


「終わったー!」


 すべてのテストが終了した瞬間、教室のあちこちから声が上がった。


 勇真も机に突っ伏す。


「疲れた……」


「矢城」


 顔を上げる。


 名取が立っていた。


「どうだった?」


「そこそこ」


「逃げた」


「何が?」


「一位取るって言ってたじゃん」


「取れてる可能性あるだろ」


「自信は?」


「……五割」


「微妙」


「名取は?」


「八割」


「腹立つな」


「何でよ」


 そこへ三島もやってくる。


「私は九割」


「もっと腹立つ奴来た」


「聞こえたから答えただけ」


「誰も三島には聞いてない」


「じゃあ聞いて」


「めんどくさいな!」


 名取が笑う。


「結果いつだっけ?」


「明後日じゃない?」


 三島が答える。


「じゃあ明後日、決着ね」


「おう」


 勇真は二人を見る。


 不思議と緊張していた。


 たかが学校のテスト。


 人生を左右するものでもない。


 それでも、自分から一位を取ると宣言し、本気で努力した。


 だから結果を知りたい。


「負けても泣かないでね、矢城」


 三島が言う。


「そっちこそ」


「私は泣かない」


「俺も泣かねえよ」


「じゃあ桃香が泣く?」


 三島が名取を見る。


「なんで私なの?」


「一番悔しがりそうだから」


「由香にだけは言われたくない」


「否定はしないんだ」


 勇真が二人を見る。


「……二人って意外と仲いい?」


「普通」


「普通」


 二人の声が重なった。


「息ぴったりじゃん」


「矢城うるさい」


「矢城うるさい」


「ほら!」


 三人で笑う。


 その時の勇真は、まだ知らなかった。


 この小さな勝負の結果が自分の中にあった「勝ち組」という言葉の意味を、また少し変えることになることを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。