第13話 正解探し
【4月18日】
「くそ……」
三度目の四月十八日。
矢城勇真はベッドの上でスマートフォンを睨んでいた。
一度目は、名取たちと駅前へ行った。
二度目は、円花との約束を守って一緒に帰った。
伊藤と本宮への対応も変えた。
それでも日付は進まなかった。
「何が違うんだよ……」
これまでの経験から考えれば、何か原因があるはずだ。
四月八日を抜けた時もそうだった。
四月十四日の出来事で戻された時も、自分には思い当たることがあった。
でも今回は分からない。
「……全部変えてみるか」
勇真はスマートフォンのメモを開いた。
一度目と二度目の四月十八日を思い返し、同じだったことを探す。
朝、名取と話した。
授業を受けた。
堀井と昼飯を食べた。
伊藤と本宮が揉めた。
放課後、円花に誘われた。
「この中のどれか……?」
自分でも、だんだん考え方がおかしくなっている気はした。
それでも、四月十九日へ進みたい。
同じ日を何度も繰り返すのは、やはり気持ちのいいものではなかった。
◇
「おはよう、矢城」
教室へ入るなり、名取が声をかけてくる。
「おはよう」
「今日ちょっと眠そうじゃない?」
「そう?」
「うん」
「寝不足かも」
本当は何度寝ても、同じ朝に戻っているだけなのだが。
「ちゃんと寝なよ」
「分かってる」
名取が自分の席へ戻っていく。
勇真はその背中を見ながら考えた。
今の会話も、前の四月十八日とほとんど同じだ。
「……いや」
そこで思考を止める。
朝の挨拶まで疑い始めたらキリがない。
とはいえ、何かを変えなければ、また同じ結果になるかもしれない。
授業中も勇真の頭からその考えは離れなかった。
◇
昼休み。
「矢城、飯食おうぜ」
堀井が弁当を持ってやってくる。
「ああ」
勇真は返事をしてから、一瞬だけ迷った。
堀井と昼飯を食べる。
これも過去二回、共通していた。
「……なあ堀井」
「ん?」
「今日は成瀬たちも誘わない?」
「いいけど」
「じゃあ行こう」
成瀬と高石にも声をかけ、四人で机を囲む。
「珍しいな。矢城から誘うの」
高石が言う。
「たまにはいいだろ」
「もちろん」
会話は普通に盛り上がった。
部活の話。
授業の話。
高石が数学の小テストで凡ミスした話。
勇真も笑った。
でも心のどこかでは、ずっと考えている。
――これで昨日とは変わった。
――これが正解なのか?
「矢城?」
「え?」
成瀬に呼ばれ、勇真は顔を上げた。
「さっきからボーッとしてるけど大丈夫?」
「ああ。大丈夫」
「ならいいけど」
まただ。
今日はやけに「変だ」と言われる。
当然かもしれない。
自分だけが三度目なのだから。
◇
「おい、本宮!」
少し離れたところから伊藤の声が聞こえた。
勇真の身体が反応する。
来た。
伊藤と本宮。
三度目だ。
だが今回は立ち上がらなかった。
「矢城?」
堀井が見る。
「……いや」
勇真は二人の様子を見つめる。
一度目は仲裁した。
二度目は事情を聞いてから仲裁した。
なら三度目は――何もしない。
それでどうなるのか見てみる。
「だから提出今日までだって言ってるだろ」
「うるせえな。あとでやるって」
「その『あとで』で昨日もやらなかったじゃん」
「お前に関係ねえだろ」
「僕がまとめて出すんだから関係あるよ」
伊藤が立ち上がる。
佐藤がすぐに間へ入った。
「レオ、落ち着けって」
「俺は落ち着いてる」
「その顔で言っても説得力ねえから」
周囲の生徒も二人を見る。
勇真は動かなかった。
前の二回、自分が止めた。
でも今日は――。
「何やってんの?」
女子の声が飛んだ。
清水だった。
「昼休みにギャーギャーうるさい」
「清水には関係ねえだろ」
伊藤が返す。
「うるさいから関係ある」
「何だと?」
「レオ、女子と喧嘩すんなって」
佐藤が呆れたように伊藤の肩を掴む。
本宮も面倒そうに息を吐いた。
結局、佐藤と清水が間に入ったことで、大きな喧嘩にはならなかった。
伊藤は文句を言いながらプリントを書き始める。
「……俺がいなくても収まるのか」
勇真が呟いた。
当たり前だ。
自分が何もしなければ必ず最悪の結果になるわけではない。
周りの人間には、それぞれ意思がある。
なのに勇真は、まるで自分が正しい選択をしなければ世界が先へ進まないような気になっていた。
「矢城」
「え?」
清水がこちらを見ていた。
「何?」
「……あんた、さっきから何見てんの?」
「別に」
「ふーん」
清水は勇真をしばらく見てから、自分の席へ戻った。
◇
放課後。
勇真は迷っていた。
もうすぐ円花が来る。
その後、名取たちが駅前へ誘いに来る。
一度目は名取たちを選んだ。
二度目は円花を選んだ。
「じゃあ今日は……」
どちらも選ばない。
それなら、過去二回とは違う。
「矢城くん」
円花がやってきた。
「今日、部活見に行く?」
「いや」
「じゃあ……」
円花が少しだけ間を置く。
「今日も一緒に帰る?」
「ごめん」
勇真は答えた。
「今日は一人で帰る」
「あ……そっか」
「ちょっと考えたいことがあって」
「うん。分かった」
円花はそれ以上聞かなかった。
「じゃあ、また明日」
「また明日」
円花が離れていく。
その直後。
「矢城!」
予想通り名取たちが来た。
「今日暇?」
「ごめん。今日は帰る」
「え?」
名取が驚く。
「用事?」
「まあ、そんな感じ」
「そっか。じゃあまた今度ね」
「うん」
これでいい。
一度目とも違う。
二度目とも違う。
勇真は一人で教室を出た。
◇
帰り道。
「これで駄目だったら、次は何を変える……?」
朝か。
昼か。
授業中か。
誰かとの会話か。
「名取と喋らないとか……?」
口にしたところで、自分でも変な気分になった。
「堀井とも飯食わない。伊藤たちにも関わらない。林とも……」
そこまで言って、足が止まった。
「……俺、何やってんだ?」
勇真は道路脇に立ったまま、しばらく動かなかった。
名取と話す。
堀井と飯を食う。
円花と帰る。
伊藤たちの喧嘩を止める。
いつから自分は、それらを全部「正解か不正解か」で考えるようになった?
「これじゃ……」
人間関係まで、ゲームの選択肢みたいじゃないか。
けれど、そうしなければ四月十八日から抜け出せない。
「じゃあどうすればいいんだよ……」
答えは出なかった。
◇
その夜。
勇真はベッドへ横になっていた。
今日は、かなり行動を変えた。
伊藤と本宮には関わらなかった。
円花とも帰らなかった。
名取たちとも遊ばなかった。
昨日までと同じ行動を、できるだけ避けた。
「これで進んだら……」
何が正解だったことになる?
自分でも分からない。
スマートフォンを見る。
【4月18日】
「…………」
勇真は画面を伏せた。
「もういい。寝よう」
目を閉じる。
眠るのが、久しぶりに怖かった。
◇
ピピピピピピッ――!
目覚ましが鳴った。
勇真はしばらく目を開けなかった。
「…………」
見たくない。
それでも確認しなければならない。
スマートフォンへ手を伸ばす。
画面を見る。
【4月18日】
「……またか」
不思議と、今度は驚かなかった。
三度やって駄目だった。
一度目は名取たちと遊んだ。
二度目は円花と帰った。
三度目はどちらも断った。
伊藤と本宮への対応も、すべて変えた。
それでも同じだった。
「じゃあ……行動じゃないのか?」
勇真は呟いた。
その言葉が、自分の中に残った。
「俺が何をしたかじゃなくて……」
そこで昨日の帰り道に感じた違和感を思い出す。
名取と話す。
堀井と飯を食う。
円花と帰る。
全部を正解と不正解に分けようとしていた。
全部を、四月十九日へ進むための手段として見ていた。
「…………」
勇真はスマートフォンのメモを開いた。
そこには、自分で書いた四月十八日の行動が並んでいる。
『名取』
『堀井』
『伊藤』
『本宮』
『清水』
『林』
勇真はしばらくそれを見つめた。
「人の名前じゃん……」
当たり前のことだった。
選択肢じゃない。
イベントでもない。
自分と同じように考えて、笑って、怒って、傷つく人間だ。
それなのに、自分はいつの間にか――。
「こいつと喋れば正解」
「こいつを助ければ正解」
「こっちを選べば先に進める」
そんなふうに考えていた。
四月八日に円花を助けた時だって、最初から何かを得ようと思っていたわけではない。
四月九日に堀井を助けた時もそうだった。
卒業式の日に自分へ声をかけてくれたことを思い出して、放っておけなかった。
「……そっか」
少しだけ、分かった気がした。
正解を探すこと自体が間違っているのかもしれない。
でも。
「じゃあ俺は今日、どうすればいい?」
答えは、まだ分からない。
四度目の四月十八日。
今度は攻略するためではなく、自分で選ばなければならない。




