第11話 うまくいったはずなのに
「……明日、雪でも降るんじゃないか?」
「聞こえてる」
「すみません」
即座に清水から返され、矢城勇真は慌てて自分の席へ戻った。
「お前、清水と普通に喋れるようになってきたな」
堀井が笑っている。
「どこがだよ。今も怒られたところだろ」
「でも『前よりマシ』って褒められてたじゃん」
「褒められたのか、あれ?」
「清水基準なら大絶賛じゃない?」
「基準どうなってんだよ」
二人で笑う。
ほんの少し前なら、こんな昼休みを過ごしている自分など想像もできなかった。
堀井と飯を食べ、成瀬や高石とも話す。
名取や浅井とも普通に会話ができるようになり、昨日は円花と二人で帰った。
伊藤や佐藤とも、以前ほど緊張せず話せる。
クラスの中に、自分の居場所ができ始めている。
――順調だ。
少なくとも勇真には、そう思えた。
◇
午後の授業が終わり、帰りのホームルームも終わった。
「矢城くん」
鞄へ教科書を入れていると、円花がやってきた。
「林」
「今日……部活見に行く?」
「今日は行かないつもり」
「そっか」
円花が少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今日も一緒に帰る?」
「ああ、いいよ」
「本当?」
「うん」
昨日も一緒に帰った。
今日も特に予定はない。
「じゃあ、ちょっと待ってて。先生にプリント出してくるから」
「分かった」
円花が教室を出ていく。
勇真は鞄を持ち、そのまま待つことにした。
昨日はほとんど話したことがない状態から、初めて二人で帰った。
最初は沈黙ばかりだったが、途中からは意外と楽しかった。
「今日は何話そうかな……」
そう考えていた時だった。
「矢城!」
「ん?」
振り返る。
名取だった。
その隣には浅井、成瀬、高石がいる。
「今日暇?」
「今日?」
「うん。みんなで駅前寄って帰ろうって話してるんだけど、矢城も来ない?」
「俺も?」
「そう」
浅井が笑いながら口を挟む。
「新しくできたクレープ屋行こうって話になってんの」
「俺、クレープ食うキャラに見える?」
「クレープ食うのにキャラいる?」
「知らんけど」
「堀井も誘おうと思ったんだけど、今日用事あるんだって」
成瀬が続ける。
「せっかくだし行こうぜ」
「…………」
勇真は一瞬、答えに詰まった。
名取。
浅井。
成瀬。
高石。
元の高校生活なら、自分がこの四人から放課後に誘われることなど絶対になかった。
クラスの中心にいるような連中だ。
その中に、自分も誘われている。
胸の奥が少し高鳴った。
「矢城?」
「あ……」
そこで円花のことを思い出した。
ついさっき、一緒に帰ると約束したばかりだ。
「ごめん。俺――」
断ろうとした。
その瞬間。
卒業式の日に自分が決めたことが頭をよぎる。
――完璧な人生の勝ち組になる。
友達を増やす。
クラスの中心に入る。
今までできなかったことを全部やる。
そのためには、こういう誘いを断らない方がいいんじゃないか。
せっかく名取たちが自分を誘ってくれている。
ここで断ったら、次は誘われないかもしれない。
「…………」
「何か予定あった?」
名取に聞かれる。
「いや……」
予定はある。
円花と帰る。
でも、それだけだ。
明日だって一緒に帰れる。
円花なら、きっと分かってくれる。
「行く」
勇真は答えた。
「よし、決まり!」
浅井が笑う。
「じゃあ下で待ってるね」
「おう」
四人が先に教室を出ていく。
勇真はその背中を見送りながら、少しだけ胸に引っかかるものを感じた。
◇
「矢城くん」
数分後、円花が戻ってきた。
「お待たせ」
「あ、林……」
「帰ろっか」
円花が鞄を持つ。
「ごめん」
「え?」
「今日、やっぱり一緒に帰れない」
円花の手が止まった。
「……そうなの?」
「名取たちに駅前誘われて」
「あ……」
「ごめん。急に」
「ううん」
円花はすぐに笑った。
「大丈夫だよ」
「本当?」
「うん。みんなで行ってきて」
「ごめんな」
「謝らなくていいよ」
いつもと同じ、穏やかな声だった。
「また今度、一緒に帰ろ」
「うん」
「じゃあ」
勇真は教室を出ようとする。
扉のところで、一度だけ振り返った。
円花は自分の席で鞄の中を整理している。
別に怒っている様子はない。
「……大丈夫だよな」
勇真は小さく呟き、名取たちのところへ向かった。
◇
「遅い!」
昇降口へ行くと、浅井が腕を組んで待っていた。
「ごめん」
「女子を待たせる男子はモテないよ?」
「お前にモテようとしてないから大丈夫」
「ひどっ!」
「浅井、完全に矢城に扱い慣れられてるじゃん」
名取が笑う。
「桃香ぁ! 矢城がいじめる!」
「知らない」
「親友でしょ!」
「自分で何とかして」
「冷たっ!」
成瀬と高石も笑っている。
勇真も笑った。
楽しい。
五人で駅前へ向かう。
くだらない話をしながら歩き、店へ入る。
「矢城、何にする?」
「普通のでいい」
「普通って何?」
「チョコとか」
「つまんない」
「クレープに面白さ求めんなよ」
名取に笑われる。
「じゃあ矢城これにしなよ」
浅井がメニューを指差す。
「なんだこれ」
「超スペシャルいちご生クリーム増量!」
「名前からして重いわ」
「人生一回しかないんだよ?」
その言葉に、勇真だけが一瞬黙った。
「……まあ、普通はそうだな」
「何その言い方」
「何でもない」
結局、名取おすすめのクレープを買った。
◇
「うまっ」
「でしょ?」
「名取、こういう店詳しいんだな」
「女子を何だと思ってるの?」
「知らん」
「矢城、最近私への扱い雑じゃない?」
「小学校から一緒だからいいだろ」
「よくない!」
名取が笑いながら勇真の腕を軽く叩く。
その様子を見て浅井がニヤニヤする。
「何?」
「いやぁ?」
「その顔やめて」
「桃香と矢城、なんか幼なじみ感出てきたね」
「幼なじみってほどじゃないって」
名取が即座に否定する。
「小学校から知ってるだけ」
「でも仲いいじゃん」
「普通」
「ねえ、矢城?」
「俺に振るなよ」
成瀬と高石も笑っている。
勇真も笑う。
楽しい。
心の底からそう思った。
自分が欲しかったのは、こういう高校生活だった。
放課後に友達と寄り道する。
男子とも女子ともくだらない話をする。
クラスの人気者たちの輪の中で、自分も笑っている。
元の高校生活では、一度もなかった。
「……すげえな」
「何が?」
成瀬が聞く。
「いや」
勇真は笑った。
「楽しいなと思って」
「急にどうした?」
「いいだろ、別に」
「矢城、今日ちょっと変だよ」
名取にも笑われる。
「うるさい」
でも、悪い気はしなかった。
◇
夕方。
「じゃあ明日な!」
「おう」
「またね、矢城」
「また明日」
駅前でみんなと別れた。
一人になった勇真は、歩きながら今日のことを思い返す。
「……めちゃくちゃ楽しかったな」
自然と笑みが浮かぶ。
名取や成瀬たちとの距離も、かなり縮まった気がする。
「これだよな」
自分が欲しかった高校生活。
こうやって少しずつ人間関係を広げて、クラスの中心へ入っていく。
部活にも入る。
勉強も頑張る。
そのうち彼女だって作る。
「順調じゃん、俺」
少し前の自分からは考えられない。
ふと、円花の顔が浮かんだ。
『また今度、一緒に帰ろ』
「……明日謝ればいいか」
怒っている様子もなかった。
円花なら分かってくれる。
「次、一緒に帰ればいいよな」
勇真はそう納得し、家へ向かった。
◇
その夜。
ベッドへ横になった勇真は、スマートフォンを眺めていた。
【4月18日】
「今日はかなり良かったんじゃないか?」
誰かと喧嘩したわけでもない。
困っている人を見て見ぬふりしたわけでもない。
昼には伊藤と本宮の衝突も止めた。
放課後は名取たちと遊び、さらに仲良くなった。
自分の高校生活は、明らかに良い方向へ進んでいる。
「これなら大丈夫だろ」
最近は、眠ることへの恐怖もかなり薄れてきた。
勇真はスマートフォンを置き、目を閉じる。
今日は楽しかった。
明日は何があるだろう。
そんなことを考えながら、意識が沈んでいった。
◇
ピピピピピピッ――!
「……ん」
目覚ましを止める。
勇真は布団の中で大きく伸びをした。
「眠……」
まだぼんやりした頭のまま、スマートフォンを見る。
【4月18日】
「…………」
目を閉じる。
もう一度見る。
【4月18日】
「……は?」
一気に眠気が飛んだ。
身体を起こす。
「なんで?」
昨日は四月十八日だった。
だから今日は四月十九日のはずだ。
なのに。
【4月18日】
「戻ってる……?」
勇真は昨日一日の出来事を思い返す。
伊藤と本宮。
清水。
円花。
名取。
浅井。
成瀬。
高石。
何が駄目だった?
「いや……待てよ」
昨日は上手くいっていた。
むしろ、今までで一番高校生活が充実していたと言ってもいい。
「なんでだよ……」
誰かを傷つけた覚えもない。
何か大きな失敗をした覚えもない。
それなのに、日付は進んでいない。
「昨日……何を間違えた?」
勇真はスマートフォンを握ったまま、しばらく動けなかった。




