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『人生勝ち組になるまで、俺の青春は先に進まない』~間違った選択をすると、また今日が始まる~  作者: ダイヤマ
第1章 明日へ進むために

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第10話 一緒に帰るだけなのに



 校門を出てから数分。


 矢城勇真は林円花と並んで歩いていた。


「…………」


「…………」


 会話がない。


 聞こえるのは、二人の足音と道路を走る車の音だけだった。


「……何か喋った方がいいよな」


「え?」


「あっ」


 思わず口に出ていた。


「いや、今のは……」


 どう誤魔化そうかと考えていると、円花が小さく笑った。


「私も同じこと考えてた」


「マジ?」


「うん」


 その一言で、少しだけ肩の力が抜けた。


「林って、あんまり喋らないよな」


「……うん」


「ごめん。悪い意味じゃなくて」


「分かってる」


 円花は前を向いたまま答える。


「私、大人数で話すの苦手だから」


「ああ……それは分かる」


「矢城くんも?」


「めちゃくちゃ苦手」


「でも最近、みんなと話してるよね」


「頑張ってんだよ」


 勇真が苦笑すると、円花も笑った。


「そうなんだ」


「元々あんな感じじゃないからな。何喋ったらいいか分かんなくなる時もあるし、変なこと言ってないかなとか気になるし」


「分かる」


「家帰ってから思い出して、『あれ言わなきゃよかった』とか」


「分かる」


「寝る前に急に思い出すやつ」


「すごく分かる」


 二人は顔を見合わせた。


「林もなんだ」


「うん」


「なんか意外」


「そう?」


「林って、気にしてなさそうだから」


「気にするよ」


 円花は少し困ったように笑う。


「喋らないから、気にしてないように見えるだけ」


「なるほどな」


 勇真は妙に納得した。


 名取や成瀬と話すのは楽しい。


 けれど、どこかで自分もちゃんと話さなければと思っている。


 円花とは少し違った。


 沈黙しても、それほど気まずくない。


「……楽だな」


「え?」


「いや」


 また声に出ていた。


「今日これ多いな、俺」


「何が楽なの?」


「言わないと駄目?」


「気になる」


 円花が珍しく少し食い下がる。


「林といるの」


「……え?」


 円花の足が少し遅くなった。


「あ、違う!」


 勇真は慌てる。


「変な意味じゃなくて!」


「変な意味って?」


「いや、その……」


 墓穴を掘った。


「名取とか成瀬とかと喋ってると、楽しいんだけどさ。俺、まだちょっと頑張って喋ってるところがあるから」


「うん」


「林はあんまり喋らないだろ?」


「それ褒めてる?」


「最後まで聞けって」


 勇真は笑った。


「だから俺も、無理して喋らなくてもいいのかなって。沈黙してても、そんな気まずくないっていうか」


 円花はしばらく何も言わなかった。


「……私も」


「ん?」


「矢城くんとは、そんな感じする」


「本当?」


「うん」


 円花が小さく笑った。


「じゃあ無理に喋らなくていいな」


「うん」


「…………」


「…………」


 再び沈黙する。


 数秒後。


「いや、これはこれで気まずいな」


「ふふっ」


 円花が笑った。


 勇真もつられて笑う。


 さっきまでより、二人の間の空気が少し柔らかくなった。


 ◇


「矢城くんって、バスケ部入るの?」


 しばらく歩いてから、円花が聞いた。


「まだ迷ってる」


「名取さんもバスケだよね」


「女子バスケな」


「小学校から一緒なんだよね?」


「そう」


「仲いいね」


「そう見える?」


「うん」


 勇真は少し考えた。


「昔から知ってるだけで、中学ではそんなに喋ってなかったけどな」


「そうなんだ」


「名取は昔からあんな感じだったよ。誰とでもすぐ仲良くなるし」


「すごいよね」


「な」


 円花が少しだけ視線を落とす。


「私、ああいう人ちょっと羨ましい」


「林が?」


「うん。名取さんって、どこにいても自然に人が集まるでしょ?」


「確かに」


「私には無理だから」


 その言い方が、勇真には少し引っかかった。


「別にいいんじゃない?」


「え?」


「林は林で」


 円花が勇真を見る。


「無理して名取みたいになる必要なくない?」


「……でも、友達多い方がいいでしょ?」


「それは……」


 勇真は答えようとして、止まった。


 少し前の自分なら即答していた。


 友達は多い方がいい。


 人気者の方がいい。


 上位カーストにいる方がいい。


 その方が人生の勝ち組に決まっている。


 そう考えていた。


「どうだろ」


「え?」


「俺も今、よく分かんなくなってる」


「何が?」


「友達って、多ければ多いほどいいのかなって」


 円花が首を傾げる。


「俺さ、高校では友達いっぱい作ろうって思ってるんだよ」


「うん」


「でも堀井と二人で飯食ってる時も普通に楽しいし、今も別に嫌じゃない」


「……嫌じゃないだけ?」


「楽しいです」


 勇真が言い直すと、円花が笑った。


「ならよかった」


「だから、人数だけじゃないのかなって」


 口にしてから、自分でも少し意外だった。


 高校生活をやり直し始めたばかりの自分なら、こんなことは考えなかったかもしれない。


「矢城くん、変わってるね」


「林に言われたくない」


「ひどい」


「冗談だよ」


 また二人で笑った。


 ◇


「あ、私こっち」


 交差点で円花が足を止めた。


「ここまでか」


「うん」


「じゃあ、また明日」


「うん。また明日」


 円花が歩き出す。


 だが、数歩進んだところで振り返った。


「矢城くん」


「ん?」


「今日はありがとう」


「何が?」


「一緒に帰ってくれて」


「誘ったの林だろ」


「そうだけど」


 円花は少し恥ずかしそうに笑う。


「また……一緒に帰ってもいい?」


「いいよ」


 勇真はほとんど考えずに答えた。


 円花の表情が少し明るくなる。


「じゃあ、またね」


「おう」


 今度こそ円花は歩いていった。


 勇真はその背中を少しだけ見送る。


「……女子と二人で帰ったんだよな、俺」


 今さら実感が湧いてきた。


 しかも、また一緒に帰ろうと言われた。


「これ……結構すごくない?」


 元の高校生活の自分に教えたら、絶対に信じないだろう。


 少し浮かれながら、勇真も家へ向かった。


 ◇


 その夜も、特に変わったことは起こらなかった。


 夕食を食べ、風呂に入り、自分の部屋で少しスマートフォンを触ってからベッドへ入る。


 眠る直前、勇真は日付を確認した。


【4月17日】


 何日も同じ朝を繰り返していた頃は、目を閉じることさえ怖かった。


 眠れば、また戻るかもしれない。


 今日一日がなかったことになるかもしれない。


 そんな不安が常にあった。


 けれど最近は、眠るたびに身構えることも少しずつ減ってきている。


「……今日も大丈夫だよな」


 円花と一緒に帰ったことを思い出しながら、勇真は目を閉じた。


 ◇


 目覚ましの音が鳴る。


「……ん」


 勇真は目を開けると、まだ眠い目を擦りながら枕元のスマートフォンへ手を伸ばした。


【4月18日】


「……よし。今日も進んだ」


 思わず安堵の息が漏れる。


 何事もなく一日が終わり、また新しい一日が始まった。


 それだけのことだ。


 以前なら、日付が一日進んだ程度で何かを感じることなどなかった。


 それでも今の勇真には、この当たり前が少し嬉しい。


 少なくとも昨日の自分の選択は、ここまで積み重ねてきたものを失うようなものではなかったらしい。


「このままずっと普通に進んでくれたらいいんだけどな」


 もっとも、そんな保証はどこにもない。


 また何かを間違えれば、四月十日まで戻される可能性だってある。


 勇真はベッドから起き上がった。


「まあ……今日もやるか」


 昨日までとは違う今日。


 自分がまだ一度も経験したことのない一日が、また始まる。


 ◇


「おはよう、矢城」


「おはよう」


 教室へ入ると、名取がいつものように声をかけてきた。


 その横では浅井がニヤニヤしている。


「……何?」


「いやぁ?」


「その顔やめろって」


「昨日、林さんと一緒に帰ってたんだって?」


「なんで知ってんだよ!」


 勇真は思わず声を上げた。


「見た人がいたらしいよ」


「学校怖っ!」


「で?」


「何が?」


「どうだった?」


「何もないよ。一緒に帰っただけ」


「本当にぃ?」


「本当だって」


 浅井がさらに何か言おうとする。


「由実」


 名取が止めた。


「もういいじゃん」


「えー、気になるじゃん」


「林さん困るでしょ。変に噂になったら」


「それもそうか」


 浅井はあっさり引いた。


「ごめん、矢城」


「切り替え早いな」


 勇真は苦笑する。


「名取、ありがとう」


「別に」


 名取はそう答え、自分の席へ戻ろうとした。


 だが、一度だけ足を止める。


「……矢城」


「ん?」


「林さんと仲いいんだ?」


「最近ちょっと喋るようになったくらい」


「そっか」


「何?」


「何でもない」


 名取はそのまま浅井のところへ戻った。


「…………」


 勇真は少し首を傾げた。


 何か引っかかったが、理由は分からない。


 ◇


 昼休み。


 勇真が堀井と話していると、教室の後ろが騒がしくなった。


「だから返せって!」


「うるせえな」


 声の主は伊藤と本宮だった。


 本宮の手には一枚のプリントがある。


「これ、提出今日までだろ?」


「だから?」


「お前まだ白紙じゃん」


「俺の勝手だろ」


「班で出すんだから僕まで迷惑するんだよ」


「あとでやるって言ってんだろ」


「その『あとで』で昨日もやらなかっただろ」


 伊藤の眉間に皺が寄る。


「本宮、お前さ……」


「レオ」


 佐藤がすぐに近づく。


「落ち着けって」


「まだ何もしてねえよ」


「その台詞前も聞いたわ」


 本宮も引かない。


「殴るなら殴れば? それで自分が正しいと思うなら」


「お前……」


 空気が張りつめる。


 勇真は二人を見ていた。


 以前なら、関わりたくないと思っただろう。


 伊藤は怖い。


 本宮は面倒くさそうだ。


 自分には関係ない。


 だが――。


『怖いのと、見て見ぬふりするのは別でしょ』


 清水の言葉が頭に浮かんだ。


「……行くか」


「え?」


 堀井が勇真を見る。


「ちょっと待ってて」


 勇真は立ち上がった。


 ◇


「伊藤」


「あ?」


「本宮も」


「何?」


 二人が同時に勇真を見る。


 怖い。


 普通に怖い。


 でも今回は、前のように黙って見ているつもりはなかった。


「とりあえずさ」


 勇真は本宮が持っているプリントを見る。


「その課題、伊藤がやれば終わるんだろ?」


「そうだけど」


「伊藤、何分でできる?」


「知らねえよ」


「見せて」


「は?」


「いいから」


 勇真はプリントを受け取る。


 内容を見る。


「……これ十分くらいで終わるだろ」


「だから?」


「じゃあ今やれよ」


「なんでお前まで本宮側なんだよ」


「別に本宮側じゃない」


 勇真は本宮を見る。


「本宮も言い方キツい」


「は?」


「正しいこと言ってても、喧嘩売るみたいに言ったら伊藤もムカつくだろ」


「僕は事実を――」


「それ」


「何?」


「そういうとこ」


 本宮が黙った。


 佐藤が吹き出す。


「矢城、お前すげえな」


「何が?」


「二人とも普通に怒らせてる」


「え?」


 言われて気づく。


 伊藤も本宮も、微妙な顔で自分を見ていた。


「……俺、失敗した?」


「かもな」


 佐藤が笑う。


 その時。


「ふっ」


 伊藤が笑った。


「何だよ、それ」


 勇真を見る。


「お前、前は俺に友達になろうとか言って敬語になってたくせに」


「それは忘れろ!」


「無理」


 伊藤はプリントを勇真から奪い取る。


「十分な?」


「たぶん」


「十分で終わらなかったらお前のせいな」


「なんでだよ」


 伊藤は自分の席へ向かった。


 本宮も何か言いたそうだったが、やがて小さく息を吐く。


「……僕も言い方が悪かったのは認める」


「お、おう」


「でも伊藤が期限を守らないのが一番悪い」


「最後にそれ言わなきゃいいのに」


「事実だから」


 本宮も席へ戻っていった。


「…………」


 勇真はその場に残される。


「なんだったんだ、これ」


「でも喧嘩止まったじゃん」


 佐藤が勇真の肩を叩いた。


「結果オーライ」


「俺、何も考えてなかったけど」


「それでいいんじゃね?」


 佐藤も伊藤のところへ戻る。


 勇真は自分の席へ向かおうとして、ふと視線を感じた。


 清水だった。


 目が合う。


「……何?」


 勇真が聞く。


「別に」


「またそれ?」


「ただ」


 清水は少しだけ口元を緩めた。


「前よりマシになったじゃん」


「……は?」


 それだけ言うと、清水は栗原との会話へ戻った。


 勇真はその場で固まる。


「今……褒められた?」


 あの清水に。


「……明日、雪でも降るんじゃないか?」


「聞こえてる」


「すみません」


 即座に返され、勇真は慌てて自分の席へ戻った。



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