第九章《文化祭⑷吹部の公演》
校庭でクラスのみんなと笑い合っていると、校内放送が流れた。
『まもなく体育館にてステージ発表を開始します。出演団体のみなさんは体育館袖へお集まりください。』
「始まる!」
茜音が立ち上がる。
「行こう。」
月斗が楽器ケースを持つ。
「うん。」
三人はクラスのみんなに手を振った。
「頑張れよー!」
「応援してる!」
「絶対見に行く!」
そんな声に背中を押されながら、体育館へ向かった。
体育館の舞台袖。
客席からは楽しそうな話し声が聞こえてくる。
ステージではダンス部が最後のポーズを決め、大きな拍手が響いていた。
「緊張する……。」
私はフルートケースをぎゅっと握る。
「ひーちゃん、大丈夫!」
茜音は笑顔で肩を軽くたたいた。
「私も緊張してるから!」
「全然そう見えない。」
思わず笑ってしまう。
「実は心臓バクバク。」
「俺も。」
月斗が静かに言う。
「えっ?」
「人前は慣れない。」
「月斗でも?」
「当たり前。」
その一言で少しだけ肩の力が抜けた。
先生が三人の前へ来た。
「今日は技術よりも楽しめ。」
「はい。」
「三人で吹ける時間を大切にな。」
「はい!」
三人は大きく返事をした。
『続いては――元吹奏楽部三名による演奏です。』
体育館に拍手が響く。
「行こう。」
三人はゆっくりステージへ上がった。
眩しいライト。
客席には全校生徒や保護者、先生たちが座っている。
舞園先生も一番前で微笑んでいた。
私は深呼吸をする。
(大丈夫。)
譜面台を立てる。
楽器を構える。
隣を見る。
茜音が笑っている。
月斗が小さくうなずく。
その表情を見て、私は自然と笑顔になれた。
「それでは、お聴きください。」
月斗がマイクの前へ立つ。
「元吹奏楽部三名で、『また、明日』です。」
静かな拍手。
そして――
演奏が始まった。
最初に流れるのは、私のフルート。
優しく、透き通った音が体育館いっぱいに広がる。
続いて茜音のアルトサックス。
明るく温かい音色が重なる。
最後に月斗のバリトンサックス。
低く力強い音が、二人を優しく支える。
三つの音が、一つになって体育館を包み込む。
私は演奏しながら客席を見た。
クラスのみんな。
舞園先生。
お母さん。
みんな笑顔で聴いてくれている。
(嬉しい。)
涙が出そうになる。
でも、まだ終われない。
最後まで吹き切る。
サビに入る。
三人の音が今までで一番きれいに重なった。
放課後の海。
音楽室。
何度もやり直した練習。
全部が頭の中によみがえる。
(この時間が終わらなければいいのに。)
最後の音。
フルートの音色が静かに消えていく。
体育館は静まり返った。
数秒後――
パチパチパチパチ!
大きな拍手が響いた。
立ち上がって拍手を送る人もいる。
「すごかった!」
「感動した!」
「もう一回聴きたい!」
そんな声が聞こえてきた。
私はこらえていた涙が一粒だけこぼれた。
ステージを降りる。
「最高だった!」
茜音が飛びつく。
「うん……!」
「ありがとう。」
月斗も静かに笑う。
朝霧先生が三人のところへ来た。
「本当にいい演奏だった。」
「先生……。」
「お前たちが吹奏楽部でよかった。」
その言葉に三人は目を潤ませた。
体育館を出ると、夕日が校舎を赤く染めていた。
そこで舞園先生がいた。
「文化祭の演奏……本当に良かった。先生は、一生忘れない。」
「ありがとうございます。」
私はカバンから最後の一カ月ノートを取り出す。
⑤ 文化祭で演奏する
その文字に、ゆっくりと丸を付ける。
茜音ものぞき込む。
「叶ったね。」
「うん。」
月斗も小さく笑う。
「また一つ。」
私はページを閉じた。
願いは少しずつ減っていく。
でも、思い出は少しずつ増えていく。
秋風が三人の間を静かに吹き抜けた。
「帰ろうか。」
「うん。」
三人はいつもの帰り道を歩き始めた。
「また、明日」
誰も、その言葉を口にはしなかった。
三人とも、その「また明日」が、あと何回言えるのか知っていたから。
残された時間は、
もう二十日もなかった。




