第八章《文化祭⑶演劇本番》
文化祭当日。
朝、目を覚ますと窓から気持ちのいい青空が見えた。
(晴れた。)
思わず小さく笑う。
制服に着替え、カバンを持って家を出た。
「忘れ物ない?」
母が声をかける。
「うん、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
玄関を出ると、秋の少し冷たい風が吹いた。
いつもの待ち合わせ場所には茜音と月斗がいた。
「おはよー!」
「おはよう。」
「……おはよう。」
三人は顔を見合わせて笑う。
「今日は頑張ろうね!」
「うん。」
学校へ向かう道には、文化祭を楽しみにしている生徒たちがたくさん歩いていた。
校門には大きな看板が立っている。
『文化祭へようこそ!』
校舎の中はいつもと違う。
飾り付けがされ、教室から笑い声が聞こえてくる。
「すごーい!」
茜音は目を輝かせた。
「もう始まるんだね。」
私は少し緊張していた。
教室。
「おはよう!」
クラスのみんなが集まっていた。
舞園先生が教壇に立つ。
「今日は楽しめ。」
「そして最後まで笑顔で終わろう。」
「はい!」
クラス全員の声がそろう。
控え室。
シンデレラの衣装に着替える。
鏡を見る。
(これ……私?)
ノートと同じ淡い水色のドレス。
白い手袋。
少しだけ髪も整えてもらった。
「ひーちゃん!」
茜音は魔法使いの衣装で現れた。
「似合ってる!」
「ありがとう……。」
「月斗も呼んでこよ!」
しばらくすると。
王子の衣装を着た月斗が入ってきた。
「……。」
お互い顔を見た瞬間、少し照れてしまう。
「おー!」
茜音が笑う。
「二人とも本当に王子とシンデレラじゃん!」
「からかうな。」
月斗は少し赤くなる。
私はもっと赤くなってしまった。
「五分前です!」
放送が流れる。
体育館の幕の向こうからお客さんの声が聞こえる。
私は緊張で手が震えていた。
「大丈夫?」
茜音が聞く。
「う、うん……。」
その時。
「ヒサ。」
月斗がそっと手を差し出した。
「本番は練習どおりでいい。」
「……うん。」
「失敗しても俺がいる。」
その一言で、不思議と緊張が少しだけ消えた。
「ありがとう。」
「それでは二年一組による『シンデレラ』です!」
大きな拍手が響く。
ゆっくり幕が開いた。
私は一歩前へ踏み出した。
(頑張ろう。)
シンデレラは順調に進んでいく。
継母役の迫真の演技。
茜音の魔法使いは元気いっぱいで会場から笑いが起きる。
「ビビディ・バビディ・ブー!」
「茜音らしいね。」
客席から小さく笑い声が聞こえた。
そして最後。
王子との舞踏会の場面。
月斗が静かに手を差し出す。
「一緒に踊っていただけますか?」
私は少し照れながら手を重ねた。
「……はい。」
その瞬間だけ。
花火大会で聞いた言葉が頭をよぎる。
『俺さ……ヒサのこと、好きだ。』
一瞬だけ胸が苦しくなる。
でも私は笑った。
劇は劇。
今はシンデレラだから。
ゆっくり音楽が流れる。
二人は舞台の中央まで歩く。
客席は静まり返っていた。
「シンデレラは王子と幸せに暮らしました。」
ナレーターの声。
幕が閉じる。
一秒。
二秒。
そして——
パチパチパチパチ!!
体育館いっぱいの拍手が響いた。
「すごかった!」
「感動した!」
「王子似合ってた!」
「シンデレラかわいかった!」
そんな声が聞こえてくる。
私は思わず涙ぐんでしまった。
「成功だね。」
茜音が笑う。
「……うん。」
月斗も小さく笑った。
「お疲れ。」
三人は自然と笑い合った。
劇が終わり、衣装を着替えて教室へ戻る。
「お疲れー!」
「シンデレラ最高だった!」
「王子かっこよかったぞ!」
「魔法使い面白すぎ!」
教室は笑い声でいっぱいだった。
舞園先生も笑いながら言う。
「まだ文化祭は終わってないぞ。自由時間を楽しんでこい。」
「はーい!」
クラスのみんなは一斉に教室を飛び出した。
茜音が振り返る。
「ひーちゃん!みんなで回ろ!」
「うん。」
月斗も自然と後ろについてくる。
校庭にはたくさんの模擬店が並んでいた。
焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、チョコバナナ、クレープ。
甘い匂いやソースの香りが風に乗って流れてくる。
「どこから行く?」
茜音がパンフレットを広げる。
「まずは焼きそば!」
「食べることしか考えてないな。」
月斗が笑う。
「だってお腹すいたもん!」
「私も……。」
氷雨が小さく言う。
「じゃあ決まり!」
焼きそばを買うために並んでいると、クラスメイトの一人が声をかけた。
「豊咲!」
「えっ?」
「劇、本当に良かった!」
「ありがとう……。」
「八神も王子似合ってた!」
「そうか?」
「絶対モテるよな!」
「やめろ。」
月斗は少し照れながら顔をそらした。
その様子を見てみんなが笑う。
焼きそばを受け取り、ベンチへ座る。
「いただきます!」
「熱っ!」
クラスメイトが慌てる。
「猫舌じゃん!」
「あっはは!」
笑い声が響いた。
氷雨も思わず笑う。
「ひーちゃん笑ってる!」
茜音が嬉しそうに言う。
「えっ……。」
「最近よく笑うようになったね。」
その言葉に氷雨は少し照れた。
「……二人のおかげ、かな。」
茜音と月斗は顔を見合わせて笑った。
「次は射的行こう!」
クラスのみんなで射的へ向かう。
「先生もやりますか?」
誰かが舞園先生に聞く。
「いやいや、先生はいい。」
「えー!」
「一回だけ!」
押し切られた先生は苦笑いしながら銃を持つ。
パンッ。
景品が一つ落ちる。
「おぉーーー!」
「先生うまい!」
先生は少し照れくさそうに笑った。
「昔はよく祭りに行ってたからな。」
その後も、
輪投げをしたり、
綿あめを食べたり、
写真を撮ったり、
笑い声は途切れることがなかった。
茜音がスマホを持ち上げる。
「みんな集まってー!」
クラス全員が集まる。
「先生も!」
「また私か。」
舞園先生も中央へ。
「いくよー!」
「せーの!」
「文化祭最高ー!」
カシャ。
写真にはみんなの笑顔が映っていた。
私はその写真を見ながら思う。
(あと一カ月しかない。)
(でも今日だけは、そのことを忘れられた。)
今、この瞬間だけは、
ただ楽しくて、
ただ笑っていた。
その時、校内放送が流れた。
「まもなく体育館でステージ発表を開始します。」
私たちは顔を見合わせて、小さく笑った。
「行こう。」
ノートの⑤を叶えるために。?




