第二十三章《最後の学校》
今日は2026年9月29日火曜日。
地球が終わるまで一週間を切った。
そして、学校は今日で終わりだ。
「はー、今日で終わりかー。」
「だねー。」
「家に帰ってないからタイムカプセル持ってないじゃん。」
「確かに。」
「えー、じゃあ、明日埋める?」
「うん。」
明日という言葉も重くなってきた。
「じゃあ、後でねー。」
放課後までの時間は昨日よりも早く感じた。
そして、六時間目。
本当は数学の時間だったけど、急遽ホームルームの時間に変わった。
「規律、気をつけ、礼!」
この号令も最後。
舞園先生は静かに話した。
「今日で学校は終わりだ。なので、最後はみんなで遊ぼう。」
「はい。」
「では、校庭に集合してくれ。」
「はい!」
みんなで校庭へ向かう。
この校庭ももうすぐで行けなくなる。
当たり前が少しずつ終わっていった。
「じゃあ、ドッチボール対決だ!」
「イェーイ!」
「偶数は右のコート、奇数は左のコートだ。」
「はい。」
「ひーちゃん奇数?偶数?」
「えーと、十四番だから……。」
「偶数だね!」
「茜音は?」
「私は……二十三番だから敵だね。」
「あおちゃんと月斗は?」
「私は九番だから茜音と一緒だ。」
「俺は二十八番だからヒサと一緒だ。」
「これは、あついね。」
「えっ?何が?」
「わかってないねー、あおちゃん。ちょうど二人と二人に分かれたし、ひーちゃんと月斗が一緒なんだよ。」
「はっ!」
「そうそう、気付いたようだね。」
「この尊いカップルが一緒に!」
「その通りだよ、あおちゃん。もしかしたら、月斗がひーちゃんを守っている姿を見ることができるかもしれないよ。」
「ほほー。」
「ちょっと、茜音!探偵みたいな真似してないで!」
「ごめんごめん。」
「もー、あおちゃんまで、茜音の謎のノリに乗らないでよー。」
「ごめんね。でも、尊いのは本当だから。」
「そうそう、それに謎のノリってなんだよー!」
「だって謎じゃん。」
「ひどっ!」
「ほら、お前ら始まるぞ。」
「あ、うん。」
「ひーちゃん、楽しみにしてるからねー。」
「ねー。」
「もう、うるさい!」
茜音と葵はニヤニヤしながら去っていった。
「では、始める。このクラスは奇数なので足りない方に副担任の朝霧先生が入るぞ。」
「えっ?私はですか?聞いてないんですが……。」
「お願いします。」
「わかったよ。」
「スタート。」
ボールが行き交っている中一際目立っている人がいた。
「やばー!」
「夜桜さん、すご!」
「あの人、運動できたんだね。」
「すごい、軽快なステップで交わしてる。」
「しーちゃん!頑張れー!」
「ねぇ、月斗。」
「なんだ?」
「夜桜さんって人気者?」
「そうだな。ファンクラブあるらしいぞ。」
「えー!」
「すごいよな。」
その時!
「ヒサ!危ない!」
「えっ?」
豪速球の球が私の顔を目掛けて飛んできた。
……ぶつかる!
「フー、危なかった。」
「月斗、ありがと。」
「礼には及ばない。」
月斗が守ってくれた。
「ヒューヒュー、あついね。お二人さん。」
「すげー、月斗。あんな豪速球から彼女を守り抜くなんて。」
「尊い。」
クラスの人が騒いでいた。
「あ、はは、なんか照れるね。」
「そ、そうだな。」
そして。
「はい!そこまで、勝ったのは……偶数チーム!」
「やったー!」
「ガーン。」
いろんな声が聞こえてきた。
「ヒサ、やったな!」
「うん。」
「えー、勝ちたかった。」
「ねー。」
「まぁ、でもいいもの見れたからいっか。」
「だねー、尊すぎる。」
「てか、どんだけ広まってんの?」
「たぶん、うちらの学年の人はみんな知ってるよ。」
「まじか。」
「だって、一クラスしかないじゃん。」
「あっ。」
「確かにそうだな。」
「よし、次は鬼ごっこをするぞ。」
舞園先生がそう言った。
「えー! まだやるの?」
「最後なんだから、いっぱい遊ぼう。」
「やったー!」
「鬼ごっこ楽しそう!」
みんな一気に盛り上がった。
「じゃあ、最初の鬼はじゃんけんで決めるぞ。」
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
「……。」
「茜音が鬼だね。」
「よーし! 全員捕まえてやる!」
「茜音、足速いから嫌なんだけど……。」
「ひーちゃん、覚悟してね!」
「えっ?」
「ほら、始めるぞ。」
「はい!」
「よーい……スタート!」
みんな一斉に走り出した。
「待てー!」
「逃げろー!」
「こっちこっち!」
「ヒサ、こっち!」
「えっ?」
月斗に呼ばれて、私は急いで走る。
「月斗、どこ行くの?」
「校舎の裏に行く。」
「うん。」
「二人とも待てー!」
後ろから茜音の声が聞こえてくる。
「速い!」
「もっと急げ、ヒサ!」
「わ、わかってる!」
私たちは必死に走った。
「はぁ……はぁ……。」
「大丈夫か?」
「うん……。」
「月斗ー! ひーちゃんを逃がしたなー!」
「そうだけど?」
「このー!」
「だって敵じゃん。」
「ふふっ。」
思わず笑ってしまった。
「ひーちゃん、笑ってる場合じゃないよ!」
「えっ?」
「そこにいるなー!」
「わー!」
また走り出す。
「待てー!」
「来るなー!」
校庭中をみんなで走り回る。
普段なら授業が終われば帰る時間。
でも今日は違う。
みんなで走って、笑って、叫んでいた。
「あおちゃん、どこー?」
「……。」
「いないなぁ。」
茜音が校舎の裏を探している。
その少し離れたところから、
「……ふぅ。」
葵が顔を出した。
「あおちゃん、すごい。」
「えへへ。こういうの、意外と得意なんだよ。」
「知らなかった。」
「俺も知らなかった。」
「ひーちゃん!あおちゃん!月斗!」
「やばっ!」
「逃げよう!」
「うん!」
私たちはまた走り出した。
そしてしばらくして――。
「残りは三人だぞ!」
舞園先生の声が響く。
残っているのは、私、月斗、葵。
「あと三人だよ!」
「絶対最後まで残る!」
「私も!」
「負けないからねー!」
「みんな、元気だな。」
月斗が少し笑った。
「月斗も楽しそう。」
「……そうか?」
「うん。」
「まあ、楽しいからな。」
「そっか。」
「そこー!」
「わっ!」
茜音が追いかけてくる。
「待てー!」
「嫌ー!」
「ひーちゃん、こっち!」
「うん!」
私は月斗の後ろを走った。
「はぁ……はぁ……。」
「大丈夫か?」
「ちょっと疲れた……。」
「じゃあ、少し休むか?」
「でも、茜音が……。」
「見つけたー!」
「やばっ!」
私たちは再び走り出した。
「待ってー!」
「茜音、速すぎ!」
「まだまだー!」
「あおちゃんも逃げて!」
「わかってる!」
四人で校庭を走り回る。
気がつけば、みんな笑っていた。
地球が終わるまで、あと一週間もない。
それでも今だけは、そんなことを忘れていた。
「ひーちゃん!」
「えっ?」
茜音がすぐ後ろまで迫っていた。
「捕まえた!」
「わっ!」
茜音が私の肩に触れた。
「ひーちゃん、確保!」
「捕まっちゃった……。」
「これで残りは二人!」
「茜音、ずるい。」
「えへへ。」
「じゃあ、次は月斗!」
「俺?」
「逃げろー!」
「おい!」
月斗も走り出す。
「待てー!」
「無理だろ。」
「速い!」
「月斗、逃げるの上手すぎ!」
「昔からこういうのは得意なんだよ。」
「へぇー。」
「ほら、葵も逃げろ!」
「うん!」
最後まで残った月斗と葵を、みんなで追いかける。
「もう少し!」
「捕まえた!」
「うわっ!」
葵が茜音に捕まった。
「よし!」
「あと月斗だけ!」
「頑張れ、月斗!」
「頑張れー!」
「みんな敵になったのか……。」
月斗が苦笑する。
そして――。
「はい、そこまで!」
舞園先生の声が響いた。
「え?」
「時間切れだ。」
「やったー!」
「逃げ切った!」
月斗が少し息を切らしながら戻ってくる。
「お疲れ。」
「ヒサもな。」
「楽しかったね。」
「ああ。」
みんなで笑った。
「……楽しかったな。」
舞園先生が校庭を見渡す。
「この校庭で、こうやってみんなで遊ぶのも今日で最後だ。」
その言葉に、みんな少し黙った。
「……。」
「そっか。」
「今日で最後なんだね。」
「うん。」
さっきまであんなに騒がしかった校庭が、少しだけ静かになった。
でも――。
「じゃあ、最後にもう一回やろう!」
茜音が突然言った。
「えっ?」
「もう一回!」
「まだやるの!?」
「だって楽しいじゃん!」
「もう、茜音ったら。」
「ふふっ。」
「じゃあ、最後の一回だけだぞ。」
舞園先生が笑った。
「やったー!」
そして、私たちはもう一度、校庭を走り回った。
最後の学校。
最後の校庭。
そして、最後の鬼ごっこ。
私たちは、最後の日まで笑っていた。
「じゃあ、教室に戻って帰りのホームルームやるぞ。」
「はーい。」
そして、教室に帰った。
「最後にちょっといいか?」
「はい!」
「私はこのクラスで良かったと思っている。」
「……。」
教室が静かになる。
「みんな個性があって、毎日騒がしくて、大変なこともあった。」
「……。」
「でも、そんな毎日が私は好きだった。」
舞園先生は、ゆっくり教室を見渡した。
「今日で学校は終わる。」
「……はい。」
「明日からは、ここに来る必要はない。」
その言葉を聞いて、胸が少し苦しくなった。
「だから、これが最後のホームルームになる。」
「……。」
誰も喋らなかった。
いつもなら、誰かがふざけたり、茜音が何か言ったりする。
でも、今は誰も声を出さなかった。
「先生……。」
誰かが小さな声で言った。
「なんだ?」
「また……学校に来ることはできないんですか?」
「……。」
舞園先生は少しだけ黙った。
「……残念だが、難しいだろうな。」
「そっか……。」
「でもな。」
舞園先生が笑った。
「学校がなくなっても、今日まで過ごした時間までなくなるわけじゃない。」
「……。」
「みんなで笑ったこと。」
「一緒に勉強したこと。」
「喧嘩したこと。」
「今日みたいに、みんなで遊んだこと。」
「全部、みんなの中に残る。」
私はその言葉を聞いて、少しだけ前を向いた。
「だから、最後までこのクラスらしくいよう。」
「はい!」
茜音が大きな声で返事をした。
「おう!」
月斗も続く。
「うん。」
葵も頷いた。
私も。
「……はい。」
舞園先生は満足そうに笑った。
舞園先生が席に戻る。
すると、朝霧先生が前に出てきた。
「じゃあ、私からも少しだけ。」
「はい。」
「私はこのクラスの副担任になって、まだそんなに長くない。」
「でも、みんなと一緒に授業をしたり、行事をやったりして……。」
朝霧先生が少し笑う。
「すごく楽しかったよ。」
「……。」
「最初は、みんな元気すぎて大変だなーって思ったけどね。」
「えー!」
教室から笑い声が起こる。
「でも、今となっては、その騒がしさも大切な思い出だと思ってる。」
「朝霧先生……。」
「それに、今日みんなが楽しそうに遊んでいるのを見て、改めて思った。」
朝霧先生は窓の外を見る。
「みんな、本当に仲が良いんだね。」
「……。」
「だから、最後の日まで笑っていられるみんなを、私はすごいと思うよ。」
「……はい。」
「これから先、怖いことや不安なこともあると思う。」
教室が静かになる。
「でも、今日みたいにみんなで笑ったことを忘れないで。」
「一人じゃないってことも、忘れないでね。」
「……。」
「私からはそれだけ。」
朝霧先生が優しく笑った。
「ありがとうございました!」
みんなが一斉に頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとう。」
舞園先生が前に立つ。
「では、最後の号令だ。」
「起立。」
みんなが立ち上がる。
「気をつけ。」
教室を静寂が包む。
「礼。」
「ありがとうございました!」
最後の号令が、教室いっぱいに響いた。
「……。」
誰もすぐには席を立たなかった。
今日で、この教室ともお別れだから。
「じゃあ、帰るか。」
舞園先生が静かに言った。
「はい。」
みんなが荷物を持って、教室を出ていく。
私も最後に一度だけ、自分の席を見た。
ここで、たくさん笑った。
たくさん話した。
そして――。
「ひーちゃん、行こ!」
「あ、うん。」
茜音の声で我に返る。
「葵、月斗も行こう。」
「うん。」
「ああ。」
四人で廊下を歩く。
昇降口で靴を履き替え、校門へ向かう。
「……。」
校門の前で、みんなが立ち止まった。
「なんか……変な感じだね。」
葵が呟く。
「うん。」
「明日も学校がある気がする。」
「……そうだな。」
月斗が校舎を見る。
私も振り返った。
教室。
廊下。
校庭。
今まで当たり前だった場所。
もう、明日は来ない。
「じゃあ……帰ろうか。」
「うん。」
私たちは歩き始めた。
いつもなら、
「また明日。」
そう言うところだけど――。
今日は、誰もその言葉を口にしなかった。




