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「いいかーお前ら。くれぐれも、隣街には近づかないようにするんだぞ」


帰りの会での担任の先生の注意喚起に、クラスの生徒は軽い返事をする。先生も口酸っぱく言う気はないようだ。気持ちはわかる。殺人事件が起きた街にわざわざ行くような死に急ぎ野郎は、少なくともうちのクラスにはいない。きっと1ヶ月も過ぎれば、この話題は煙のように消えてなくなるのだろう。


柳田義一と改めて手を取り合ってから3日が経った。その間に度肝を抜かれる出来事があった。


ニュースにも報じられ、クラスどころか学校中でも、現在進行形で話題一色に染まっている。その内容は、隣街で起きた無差別殺人事件だった。


容疑者は合計10名の人間を殺害。既に容疑者は拘束され、警察から取り調べを受けているらしい。通り魔殺人かと最初は思っていたが、なんと被害者のうち5名が、獄冥高校の生徒だと判明した。大智たちと連絡も取り合い、安否確認を行ったが、全員無事だった。


それだけでは終わらない。なんと山内が言うには、殺された生徒全員が贄羅畏禍亡威ニライカナイのメンバーだったらしいのだ。こんな偶然あるのかと全員が思い、山内が真実を確かめるべく2年の川崎という男を問い詰めた。川崎は同じく贄羅畏禍亡威のメンバーで、容疑者に襲われ唯一生存できた人物だった。彼は血の気が引いた表情で話してくれたという。


「急にだよ。本当に急にだった。背後からドタドタ走ってくる音がすると思ったら、ナイフを持って俺を刺しに来る奴がいて、奇跡的に回避できた。それでもあいつはナイフをぶんぶん振り回してきたんだよ! 確実に俺を殺すためだってわかった。だから抵抗した。幸い力の差はそこまでなかったから、とりあえず足止めして逃げようと思ったんだよ。でも無理だった。絶対にあいつは正気じゃなかった(・・・・・・・・)!」


川崎の顔面は、語り進める度に蒼白になっていった。


「目に光がなかった(・・・・・・)んだよ! なんつうか、目の白い部分が消えて黒目になってた。夜だったからよく見えなかったけどよ、とにかくそれが不気味で不気味で仕方なかった。それだけじゃない。殴っても殴ってもあいつは全くひるまなかった。顔を蹴り上げて壁にぶつけても顔色一つ変えなかった。痛みに慣れてるってレベルじゃない。痛みを感じてなかった(・・・・・・・)。鼻血垂れ流しても気づいてないみたいだった。ゾンビみたいに何度も何度も這い上がってくるんだよ。大通りにまで逃げられなかったら……多分……俺は……」


もうこれ以上訊ける精神状態じゃなかった。山内の去り際に、川崎は独り言のように呟いた。


「もう贄羅畏禍亡威ニライカナイは終わりだ」

「は?」

「当たり前だろ。この高校だけじゃない。襲われた奴は全員贄羅畏禍亡威(ニライカナイ)のメンバーだ。これからまた狙われる可能性がないとは限らない。命を捨ててまでいる意味はない。犯人がその組織のトップだったんだ。贄羅畏禍亡威は、蛭田翔が虐殺計画を企てるために作った組織なんて言ってる奴もいる始末だしな」


事件の首謀者は蛭田翔──贄羅畏禍亡威ニライカナイの頭取の男だった。俺の推察は当たっていた。そして俺たちが動くまでもなく、主犯格は謎の自壊を遂げた。


理解不能な事態に、全員が頭を抱えることしかできなかった。


「蛭田は……操られてた」


意味もなく言葉を溢す。それは事の始末を聞いたグウェンが言った言葉だ。


「そのカワサキとかいう奴の言葉が本当なら、その加害者はクグツに操られていた可能性がある。目の光が無くなったというのは、奴が創り出す奴隷(スレイヴ)に共通する点だ。痛みを感じることなく何度も立ち向かってきたと言うのも、クグツに意識や痛覚を遮断されていたと考えられる。断定はできないけど……私は胸騒ぎがしてきた」


それ以来、グウェンは桜楽の家でずっと考え事をしているらしい。俺は少し心配だったが、俺が解決できる様子ではなかった。


「春喜」


呼びかけに肩が震えた。隣を見ると、帰り支度を終えていた桜楽がいた。周りのクラスメイトの姿はなく、俺たち2人だけになっていた。


「帰ろ」

「……ああ」


俺も支度を整え、教室を一緒に出た。


「なーんか予想外のことになっちゃったね」


桜楽はわざと声のトーンを上げて喋っている。暗い空気を紛らわすためだとわかった。


「そうだな。まさか……人が死ぬなんて思ってなかった」


気分が重たい原因だった。


死んだのは贄羅畏禍亡威の連中だけ。話を聞く限りなら、連中は街に仇なす凶悪だ。罪を幾つも犯している。断罪されるべき対象なのはわかってるけど、死に対して素直に喜べるほどイカれてはいない。それに連中の中には、山内のように脅されて仕方なくという奴も何人かいるらしい。


蛭田が操られていたかはともかく、ターゲットが絞られていたのは確かだろう。そしてその中で起こした無差別殺人。山内が狙われる可能性も十分にあった。もし狙われて殺されていたとしたら……考えるだけで恐ろしかった。


「もしクグツの仕業だとしたら、一体何がしたかったんだ? 何もしてこないことはもちろんだけど、今回は明らかにおかしい。クグツは快楽殺人鬼なのか?」

「そうだとしたら、操らずに自分で手を下すんじゃない? 自分の手は汚さないって外道のスタイルだとしても、殺された人が全員不良チームの人ってのは流石に違和感がある。私はどうにも私情(・・)があるように思えるよ」


「あくまでクグツの仕業の前提だけどね」と、桜楽は付け加える。クグツは任務に私情を持ち込むのか? どんな私情だ? 考えても考えても、頭がパンクになりそうなだけだった。


「まあ悲しいことが起きちゃったけどさ、良いこともあるでしょ?」

「良いこと?」

「贄羅畏禍亡威が解体されたこと。蛇天愚隷羅シャングリラの時みたいに、ぶっ飛ばすぞー! とはならなくて、歪な方向だったけど、一応山内を助けることができた。感謝って言ったら縁起悪いけど、それは喜んでも良いんじゃない?」


今回の騒動で唯一好転したことと言えば、確かにそれだけだった。贄羅畏禍亡威はトップが逮捕され、ただの烏合の衆と化した。さらに瓦解の原因がそのトップにある。


俺も殺されるのではないか? そう考えた奴は、真っ先に贄羅畏禍亡威を抜けてしまう。実質的に、もう贄羅畏禍亡威の存続はありえない物となった。弱みを握られていた山内は必然的に抜け出すことに成功する。桜楽の言う通り、当初の目的は果たされた。


「これで彼女さんとも会えるでしょー。何かお礼を弾んでもらわねばなりませんなー」

「お礼目当てかよ」

「柳田もこれで『唯』の人たちと会えるだろうし。うん、よし、何も問題ない! あるけど問題ない!」

「どっちだよ」


無理矢理雰囲気を盛り上げようとする桜楽に苦笑しつつ、俺も切り替えねばと思う。もやもやする気持ちはありつつも、俺には向き合わねばならないことがある。


「でも考えなきゃならないことがある。まず今回の事件の黒幕がクグツだったと仮定すると、そろそろ来る気がする」

「来るって?」

「敵が姿を現すってこと」


今まで何もしてこなかった魔王軍てき。正確には処刑人がいたけど、複数人で動いているなら最初からどうとでもなったはず。グウェンを脅威として認識しているからとは思えない。ただ、事件を起こすほど目立った行動をしてきたということは、こちらに何か意志表示を向けている。


もしくは、もう隠れる必要はなくな(・・・・・・・・・)ったか(・・・)


「アイアンマン3のトニーの家襲撃みたいに来ると?」

「そこまでは言わないけど……最近何か……感じるんだ」

「感じる? 魔力とか?」

「いや、違う」


魔力なら桜楽も感じ取れる。いや、もしかしたら桜楽も何か感じているかもしれない。


「桜楽も何か感じないか? こう、なんというか、地面を歩いてると足がビリビリするとか、似たような感覚を生活の中で感じるとか?」

「う~~~~~ん」


頭を左右に傾けながら唸る桜楽。わからないかと思った時、「あっ!」と桜楽が返事をした。


「わかったかも!」

「本当か?」

「ホントホント。確かここ数日だったかな? 違和感にも思わなかったから言わなかったけど、なーんか最近、家にいる時とか道を歩いてる時に妙な感覚があったんだよね。そうそう、あの感覚に近いかも」

「なんだ?」


桜楽が、りと発音しようとした時、


天位魔術(リーサルウエポン)ですか?」


答えは思わぬ方向から飛んできた。少女の声ではない、張りのある声が上から聞こえた。


俺と桜楽は、丁度2階から1階への階段を降り終えた所だった。その途中にある踊り場に、人が立っていた。気配は全く感じなかった。


「こんな話があるのを知ってますか? 同じ特性の魔術が得意な魔術師(ソーサラー)同士は、手の内がわかってしまう。例えば、燃火(フレア)が得意な魔術師が2人戦場にいたとして、正面から対峙した時、察するんです。ああ、この人は自分と同じなんだなって。共鳴って言うらしいですよ。魔術を覚えたばかりでそれを感じ取ることができたお2人は、魔術の才能があるかもしれません」


晴れやか過ぎる笑みだった。いや、それよりもこいつは誰だ?


靴は外履きの物を履いており、明善高校の制服を着ていない男。黒曜石のような黒髪に、歳は大学生くらいか? 学校関係者には見えない。学校に許可なく無断で侵入してきた不審者と、誰でもそう判断するだろう。


でも俺は違う。桜楽もわかったはず。目の前にいる男は、魔術、魔術師と口にした。そして、天位魔術。独自の世界観に浸っている中二病ではない限り、こんな単語を口にするわけがない。


まただ。名無しの傭兵(あのとき)と同じだ。男は階段を一段一段丁寧に降りていく。反射的に桜楽の前に出てしまう。


「そんなに警戒しないでください。手を出す気はありません。少しお話しませんか?」

「……あんた……誰だ?」


なんとなく、もうわかっていた。名前を訊くまでもなく、この男は──



「初めまして。僕は魔王軍の中枢である残虐の撃剱(ソードオブギャング)の1人──『人形遣い』のクグツと申します。以後、お見知りおきを」



かの少女が巨悪と称した怪物が、ついに姿を現した。




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