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八つ当たり



春喜たちが柳田と会う数十分前。



「申し訳ありませんクグツ様。お手を煩わせるような厄介事を持ち込んでしまって」


エレーナの誠実な謝罪に、前を歩くクグツは振り向いて笑顔を向ける。


「別に構わないよ。出かける用は昨日で済んだし」

「そう言えばクグツ様、昨日どこか行ってましたよね。どこ行ってたんです?」


ルミナスの純粋な疑問に、クグツはさらりと答えた。


「ただファミレスに寄ってただけだよ。ちょっと小腹が空いてね」

「それどこですか? 何か美味しい物ありました?」

「ルミちゃん食べ物の話ばっかり。太るよ?」

「こっち来て1番食べてるのあんたでしょ!」


ルミナスの怒鳴りに耳を塞ぐホープ。言葉争いと歩行を同時並行で行う2人を他所に、クグツはエレーナとシャインと話を進める。


「それで、今から行く場所にグローリがいるんだね?」

「はい。サンもグローリから離れようとしなかったので、側にいます。グローリが事前に対象を連れてきています(・・・・・・・・)。グローリの情報網がまだ生き残っていて楽にできました。彼に感謝です」


クグツ、そしてグローリとサンを除いた直属配下(サーバント)の一味は、ある場所へ向かっていた。それは決して任務には関係のない、ただの私情での行動だった。


「それで、後は僕の能力を使いたいってことだね」

「はい。クグツ様の力であれば、事が早く済むと思いまして……」

「本当に申し訳ありません。配下の都合を主に押し付けるなど、本来あってはならないことですのに」

「そんなに遠慮しないで大丈夫だよ。手は空いてるし。逆にみんな方こそ大丈夫? 醜い物は見たくないだろ?」


重苦しい空気が立ち込む。そうだ、今日は前みたいに全員で仲良く昼飯を食べに行くのではない。これから行うことは制裁(・・)だ。平和に浸っていた自分たちに野次を飛ばして来た者たちへの。それは必然と、人間の醜い側面を目の当たりにするのと同じだった。


そんな物を好んで見るサイコパスはここにはいない。今から引き返してもいいと、クグツが口にしようとしたが、それより先にエレーナの言葉が早かった。


「クグツ様お1人に押し付けるなど、私が私を許せません。持ち込んできたのは私とシャインです。私たちの心配は無用でございます」

「お気遣い感謝しますクグツ様。ですが、元の世界に比べれば、今回のは隅に溜まった埃を取り除く程度。何ら問題はありません」

「私も同じくです。最近は少し怠けすぎてたこともあるので丁度いいです」

「私はー今日何やるのかいまいちわかってないけど、みんなが一緒なら大丈夫ですよ!」


それぞれ思いは変わらなかった。この場にいないグローリとサンも、同じようなことを言うだろう。直属配下(サーバント)たちは強くなった。クグツと出会った時からは想像できないほどに成長していた。彼らをずっと見てきたクグツは、自転車に乗れた子を見守るような気分だった。


しかし彼はまだ気づいていない。彼らが前向きでいられるのは、とある支え(・・・・・)が近くにあるからだということを。


「そう……なら、さっさと終わらせようか」


全員の意向が合致した時、目的地に到着した。そこは何の変哲もない木造住宅の一軒家だった。ガラスでできた表札には、蛭田(・・)と書かれていた。一応言っておくが、この家の住人とクグツたちに関しては、全くの面識がない。


玄関ドアはすんなりと開いた。鍵がかかっていなかった。クグツを先頭に廊下を渡っていくと、リビングの扉が見えた。それも開けると、広い空間を持つリビングに3人の人物がいた。


「クグツ様! 待ってましたよ!」

「お疲れ様グローリ。サンもね」

「はい……」


グローリは膝の上にサンを乗せながらソファに座っていた。春喜と桜楽にやられてできた傷たちも癒え始めていて、もう既にふらつかないで歩けるくらいには回復したのだが、サンはグローリの側を離れようとしなかった。


グローリはサンを膝の上からどかして立ち上がる。


「改めて助かったよグローリ」

「おおシャイン。急に頼まれた時は何事かと思ったぜ」

「よく探せたね」

「俺の手腕は無駄じゃなかっただろ? グウェン=ロザリーを探してる時にできたカス共の連絡網がまだ残ってたからな。そこからちょちょいと辿っていけば後は楽勝。多額の支援金を騎士団に流す代わりに汚職を見逃してもらってた悪徳貴族潰す方が難しかったよ」


グローリが親指で左の方を指し示す。その方向に鎮座していた3人目は、紙袋を頭の上から被せられた状態で、さらに背もたれがある椅子にロープで縛りつけられていた。


「彼は一体?」

「えっとですね、要はチンピラの親玉って奴です。なんつったかなあ……確かニライカナイとかいうギャングの下位互換みたいな連中がいて、多分シャインとエレーナ姉さんが助けた親子襲ったのもその連中だな。殺しとか以外は大体やってる。聞いた話だと、そのニラなんとかは前に存在してた暴力団を乗っ取ってできたみたいです。その前の奴らは比較的落ち着いた奴らみたいで、暴力団というより自警団みたいな感じで街の人たちには親しまれてたみたいです。俺が手に入れた情報はこのくらいです」

「ありがとうグローリ。それじゃあ後は本人から直接聞こうか」


クグツは手を伸ばし、被さっていた紙袋を剝ぎ取った。その中には、顔がパンパンに腫れ上がって無様な姿に成り果てた贄羅畏禍亡威ニライカナイのボス──蛭田翔がいた。


彼は瞼を閉じて寝ている、というか気絶していた。


「随分とまあ、派手にやったね」

「いや、こいつが言う事聞かなくて。シバき上げるしかなかったんすよ。おい、起きろ!」


グローリが蛭田の頬を数度叩くと、「うぅ……」と産声を上げながら腫れた瞼を押し開けた。


「おはようございます」

「ぁ……え、ああ、ああああっ! だ、誰か助け」

「うるせえぞ!」


グローリが椅子の脚を蹴り慌てふためく蛭田を黙らせる。「クグツ様の許可なく喋るんじゃねえ」と、グローリの言葉を飲み込める意識はあったようだ。


「さてと。確認なのですが、あなたは蛭田翔さんで合ってますか?」

「え……あ……」

「おい、さっさと答えろ」

「は、はい!」

「ありがとうございます。それではこれから幾つか質問をしますので、それに正直に答えてください。いいですね?」


蛭田は黙って頷いた。


「それでは1つ目です。人を殴るのは楽しいですか?」

「……え?」

「人を蹴るのは楽しいですか?」

「あの」

「人を貶すのは楽しいですか?」

「ちょっと」

「お金を奪うと心地良いですか?」

「あの!」


グローリが首根っこを掴む。蛭田の呼吸が止まる。


「あっ……がぁ……」

「クグツ様の質問に割り込むんじゃねえよ」

「人を見下すと優越感に浸れますか?」


グローリが罰を与えている間にも、クグツは粛々と質問を続ける。その表情は、無に等しかった。


「どんな悪事が1番楽しかったですか? 被害を受けた相手のことを考えたことはありますか? 罪悪感を感じたことはありますか? 無理矢理女性を犯したことはありますか? 弱者の顔を踏みつけると興奮しますか? 車椅子ユーザーを邪魔だと思ったことはありますか? 仲間を都合の良い駒としか考えていませんか? さあ、答えてください」


静寂が1秒、2秒、3秒と経った。グローリが手を下そうとするが、クグツが左手を挙げて静止した。


「え……あ……あの……な、何から……答えれば」

「うるさい答えろ」


低い声だった。


そして蛭田の喉仏を洋刀(サーベル)が貫いた。外傷も出血も無し。クグツが持つ今の刃に殺傷能力は皆無だった、ただその代わり、蛭田は今この時から、クグツの操り人形(・・・・)と化した。


「僕の質問を順番通りに答えろ」

「はい」


蛭田の瞳から光が消え、ただ言われた命令を実行した。


その口から出てきた言葉は全て────性根が腐っていた。文字にすることも躊躇う悪意の塊。蛭田翔は、自分のやってきた犯罪に対してこれっぽちの罪悪感も抱いていなかった。


彼は蛇天愚隷羅シャングリラの時代からそうだった。『独』に所属したのも好き勝手に暴れられると思ったから。当時悪仲間としてつるんでいた石崎悟と遊び尽くし、ボスの山上蓮司の恋人である丸山明日香に取り入り地位を確立。春喜たちが柳田を新生蛇天愚隷羅のトップに据えたとしても、蛭田はまだ諦めなかった。


柳田に近づき服従するフリをした。信頼を得つつ、裏では新たなチームを創設するべく暗躍し、柳田から直々に後継者に選ばれた。自分に反発する奴らを排除し、自分についていく者たちには好き勝手にやらせた。


気分が良かった。『独』にいた時も弱者を虐げてきた蛭田だったが、上の立場に立つと今まで味わったことのない感覚を味わった。自分に対して媚び諂う輩を見るのが楽しかった。軽く脅すだけで金を置き去りにして逃げていく奴を見て優越感に浸れた。泣きながら裸を見せる女を犯すのは最高だった。


蛭田翔は正真正銘の屑。語り終えるまでに、彼には蔑如の眼差しが注がれていた。


パチンッ。クグツが指を鳴らすと、蛭田の瞳に光が戻った。


「あ、あれ? 俺なんで……?」


蛭田には数分間意識がなかった。クグツの指パッチン(しげき)により取り戻したが、操り人形となっていた時の意識は脳に残り続けていた。


「何が起こって……い、意味わかんねえ。あんたら一体なんなんだよ!」

「……」


ガサガサ。クグツが髪を搔きむしる。クグツだけは下を向いていた。ガサガサガサと、皮膚を振動させるスピードが上がる。


「なあおい、帰らせてくれよ! 金か、金なんだろ? だったらやるよ! いくら欲しい? 違うのか? もしかしてお友達の報復とかか? だったらやめとけ! 俺は贄羅畏禍亡威のトップだ! お前ら潰すなんてわけねえぞ! 全員の顔覚えたからな! 俺がその気になりゃあ──」

「せっかく逃げてきたのに」

「……あ?」

「少しくらい……楽しくいさせてくれよ」


クグツが顔を上げる。


その場にいる全員が絶句した。人が好む柔らかな笑みを浮かべてなければ、世界に絶望した沈んだ表情をしているわけでもない。



ただ、憎悪に満ちていた(・・・・・・・・)



世界を憎む、人を憎む、社会を憎む、環境を憎む。どうとでも取れる憎悪(それ)は、直属配下(かぞく)に向ける顔では到底ない。例えるなら何であろう? そうそれは、真人間がヴィランに代わるきっかけ(・・・・)のような表情。


クグツがこんな表情をするのは、初めてではない(・・・・・・・)


「僕はあなたに一切の興味がない。あなたが悪事を働こうが何をしようが好きにすればいいと思ってる。僕も任務以外のことに首を突っ込むことはしたくなかった。でも駄目だ。もう駄目だ。あなたは僕と僕の家族に不快な思いをさせた。だから、あなたを殺します」

「は?」


冗談を言っている顔ではないと、雰囲気を感じ取れない鈍感野郎ではなかった。


「理不尽に思うでしょう。でもこう考えればいい。あなたのせいで不幸に見舞われた人の友人が復讐であなたを殺そうとする。遅かれ早かれその時が今来た。そうすれば余計なことは考えなくていい」

「ま、待てよ! そんなの」

「でもチャンスをあげます。抵抗する意思をあげることがせめてもの情けです」


ブチッと、蛭田を締め上げていたロープが切れた。クグツが有する洋刀が目に見えぬ速さで斬り落としたのだ。殺傷能力なんて欠片もなかったその剣で一体どうやって、などと蛭田は疑問にすら浮かばなかった。


「みんな下がって」


クグツの一言で直属配下は距離を取る。誰も止めようとしない。配下たちはただ、主の行く末を見守るのみ。


「さあ、どうぞ」

「な……あ……」


解放された蛭田だが、全く動こうとしなかった。この意味不明過ぎる状況を呑みこめていない。しかし、それを待ってやる思いやりはクグツにはなかった。


「早くしないと殺すよ?」

「っ!?」


もう本能だった。ダッシュでは逃げられない。この男が立ちはだかる。だから殺るしかない。


「うああああああああああぶふっ!!」


殴りかかろうとした。だが無理だった。1秒にも満たない時間、クグツは左手で彼の横顔を鷲掴み、そのまま勢いを殺さずにテーブルに叩きつけた。


「あぁ」

「ごめんね。チャンスは嘘。ただ僕が八つ当たりしたかっただけ」


蛭田はテーブルの上でカーリングのように滑り投げられた。元からグローリのせいで体力を奪われていた身。今の一連の動作で彼は満身創痍だった。


「……ッ!? ぶはっ……はあ……」

「善悪を問うつもりはないよ。僕も既に人の道からは外れてる。ただどうにも気に喰わなくてね」

「あ……あ?」

「どうしたの? 最後の言葉でも見つかった?」

「お……前──」




「どっかで見たか?」




今まで主の働きをただ黙って見守っていた直属配下たちだったが、今の一言で微かな動揺が生まれた。特にエレーナとシャインは、互いに目を合わせてしまった。


「もしかして、お前あの、さ──」


パチンッ。また指が鳴る音が響くと、蛭田は充電が切れたように動きを停止した。クグツの隷属が発動し、彼の意識は再度闇に覆われてしまった。


「あぁ……疲れた」


天井を仰ぐ主人の顔は、酷くやつれていた。電気も付いていない部屋の薄暗さだけが、唯一の救いだった。


「クグツ様。後は我々が処理をします。どうかお休みになってください」

「いや、いいよ。まだ殺しちゃ駄目だ。街にいる汚濁をまとめて排除するために使う」

「……承知しました」


エレーナは潔く引き下がる。


「あんまり消えた少女に悟られるようなことはしたくないけど、もう準備は終わったから問題はない」

「え?」

「クグツ様、それってもしかして」

「今日の夜に言おうと思ったんだけど、まあいいか」


クグツは彼らを一瞥し言う。




「名残惜しいけど、消えた少女の抹殺を実行に移す」




停滞の静寂は終わりを告げた。




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